第二話:揃った三人組
笠縫颯真は、待ち合わせ場所に十五分早く来る。
祝迫圭吾は、待ち合わせ場所そのものを変える。
蔀千景は、待ち合わせ時刻を忘れる。
三人で集まると、だいたいそうなる。
翌日、千景は自分の仕事場の窓から下を見て、黒いワゴン車が路肩に停まっていることに気づいた。
「あ......」
スマートフォンを見る。
颯真からのメッセージが七件。
《着いた》
《駐車場入れない》
《裏のコインパーキング入れた》
《今上がる》
《コンビニ寄るけど何かいる》
《既読つけろ》
最後に、
《生きてるか?》
千景はそのLINEから一時間以上遅れて、《生きてるよー》とだけ返した。
即座に既読が付く。
《知ってる。窓にいる》
千景は顔を上げた。
道路の向こうで、背の高い男がこちらを見上げていた。
黒いジャケット。
黒いパンツ。
黒いスニーカー。
黒いショルダーバッグ。
今日も見事に色がない。
千景は窓を少し開けた。
「おーい、葬式?」
颯真は呆れた顔で窓を凝視めていた。
笠縫颯真、三十四歳。
元測量会社勤務。
千景より二つ年上だが、本人は年齢差というものをほぼ意識していない。
身長は百八十センチを少し超える。細身で、短く整えた黒髪。縁の細い眼鏡を掛けている。知的というより「余計なものを視界に入れたくない人間」に見える。
実際その通りだった。
服は黒、紺、灰色のどれか。
鞄の中身も必要最低限。
普段必要無いであろうはずの距離計も常備している。
なぜ食事に来るだけで距離計を持ち歩くのかと千景が聞いたことがある。
颯真は、「距離って、気になった時に測れないと困るだろ」と答えた。
何が困るのかはいまだに分からない。
だが地図、地形、位置情報、道路構造を調べさせれば異常に強い。
千景が「この写真どこで撮ったんだろう」と何気なく送った風景写真から、電柱番号とガードレールの型式だけで一時間後に場所を特定したこともある。
その一方で、霊感はゼロ。
占いは統計としてなら見る。
心霊写真を見せると最初にExif情報を確認する。
「座敷童が出る旅館」と聞けば、「固定資産税は払ってるの?」と言う。
千景とは十年来の付き合いだったが、一度も「怖い」という言葉を聞いたことがない。
正確には、一度だけある。
千景が彼のノートパソコンのデスクトップへ勝手にフォルダを一つ増やした時、「怖いことするなよ」と言われた。
千景は窓を閉めた。
チャイムが鳴る。
「開いてるよ」
ドアが開いた。
颯真が入ってくるなり言った。
「開けっぱなしか?」
「今開けたよ?」
「嘘だな」
「なんで?」
「廊下から見た時、鍵掛けてない位置だった」
「そういうの気づくから友達少ないんだよ!」
「少ないんじゃなくて選別してる」
「それ、友達少ない人が言う台詞ランキング上位だよ」
颯真は答えず、コンビニ袋を机へ置いた。
無糖コーヒー、炭酸水、サンドイッチ。
そして千景用らしいプリン。
「優しいねぇ」
「昼抜いて途中で機嫌悪くなる方が面倒だから」
「あ、やっぱり優しくない」
千景がプリンを冷蔵庫へ入れた時、再びドアが鳴った。
今度はノックではない。
どん、どん、どん。
重い。
「圭吾だ」
千景が言った。
「なんで分かるんだ?」
「ノックが古書店の戸を叩く音なんだよ」
開ける。
祝迫圭吾が立っていた。
こちらは颯真と正反対だった。
まず、荷物が多い。
肩には大きな革鞄。
左手にも紙袋。
右手には紐で縛られた雑誌の束。
その脇に古い住宅地図まで抱えている。
深緑のシャツの上に茶色のベスト。髪は癖のある長めの黒髪を無造作に後ろへ流している。顎には薄く無精髭。
三十六歳という年齢より少し上にも、逆に学生にも見える時がある。
原因は服装と姿勢だった。
古書店の店主のような格好で、物を読む時だけ猫背になる。
「これ、頼まれたもの」
第一声がそれだった。
「昨日の今日だよ?」
千景が紙袋を受け取る。
「重たっ!!!」
中にはコピー資料、古雑誌、フロッピーディスクが数枚。
「これ全部?」
「とりあえず」
颯真が呆れた。
「“とりあえず”の質量じゃないだろ」
祝迫は革鞄を床へ置いた。
「お前は検索結果一万件出たら喜ぶのに、紙百枚で文句言うよな」
「検索結果は重くない」
「重さがある方が信用はできる」
「昭和の発想だな」
「サーバー落ちたら昭和の勝ちだぞ」
この二人は仲が悪い。
というより、方法論が致命的に合わない。
颯真は効率を求める。
祝迫は「効率よく探したものは効率よく見落とす」と言って嫌う。
それでも千景が二人を同じ調査へ呼ぶのは単純だった。
片方だけでは見つからないものがある。
「で」
祝迫が辺りを見回した。
「八咫烏は?」
「......まだ来てない」
千景が答えた。
颯真が顔をしかめる。
「そういう言い方やめない?」
「オカルト嫌いのくせに気にするんだ」
「嫌いだからだよ。曖昧な主語を増やすな」
祝迫が靴を脱ぎながら言う。
「こいつ、幽霊が出ても“座標を言え”って言いそうだな」
「座標分かれば現場確認できるだろ」
「ほらな」
三人が揃った。
それだけで部屋の空気が少し騒がしくなる。
千景はホワイトボードを引っ張り出した。
上部へ赤いマーカーで、《八咫烏シンドローム》と書く。
颯真が椅子へ座りながら言った。
「まず前提。名前が怪しすぎる」
「何が?」
「シンドロームって付ければ何でもそれっぽくなる。“月曜出勤したくないシンドローム”でも成立する」
祝迫が資料を広げながら言う。
「それは症候群じゃなくて正常反応だ」
「圭吾、今良いこと言った」
「脱線させるなよ」
颯真はノートパソコンを開く。
「千景。昨日の企画書」
差し出す。
颯真は数秒見た。
「作成日時は?」
「不明。サーバー移行で潰れてるって」
「元ファイルある?」
「鹿沼さんから来たのがこれだけ」
「ハッシュ取っとく」
「何それ」
「データが変わった時に分かるようにする」
「変わらないでしょ」
颯真は千景を見た。
「調査資料を“変わらない”前提で扱うな」
祝迫が鼻で笑った。
「珍しく同意だ」
千景は二人を見る。
「今日仲良しじゃん」
「今ので?」
「まぁ私よりは」
颯真は返事をせず、キーボードを叩き始めた。
祝迫は千景が昨日印刷した掲示板ログを読んでいる。
その読み方も颯真とは違う。
颯真は検索する。
祝迫は眺める。
一行ずつ読むのではなく、紙全体を見る。
文字の詰まり方や改行、書き込み時間、紙面なら活字や余白まで見る。
千景が初めて祝迫と仕事をした時、「記事の内容読まないの?」と聞いたことがある。
彼は、「読む前に、どう残ったかを見る」と答えた。
意味は後になって分かった。
記録には内容以外の情報がある。
誰が保存したのか。
なぜその部分だけ残ったのか。
何が抜けているのか。
祝迫が見ているのは、むしろ「ないもの」だった。
「これさ......」
祝迫が2007年のログを指した。
「妙だな」
「全部妙だろ」
「内容じゃない」
「じゃあ?」
「保存位置」
千景が覗き込む。
「どういうこと?」
「このアーカイブ、スレッド全部を保存したやつじゃない。二百四十三番から始まってる」
千景は昨日気づかなかった。
確かにログの先頭は243。
「前の書き込みが欠損しただけじゃない?」
「そうかもしれない。でも保存した奴は、なんで243から保存した?」
颯真が答える。
「その時点でページ分割されてたとか」
「確認した?」
「今する」
颯真が言う。
「一ページ百レス。だから243だけ途中から保存は不自然」
「つまり?」
千景が聞く。
祝迫は紙を指で叩いた。
「誰かが、ここから残したかった」
243。《それ三回目?》
そこから物語が始まっている。
だが、「それ」が何を指していたのかはない。
千景は赤鉛筆で丸を付けた。
「事件って、名詞より変な言い回しに残るんだよね」
颯真が視線を上げた。
「また始まった」
「何が?」
「千景の言葉収集」
祝迫は興味を示した。
「何それ」
「こいつ、取材相手が変な言い方すると全部メモする」
千景は赤鉛筆を振った。
「大事だよ。人って事実は間違えるけど、妙な言葉だけずっと覚えてたりするから」
「科学的根拠は?」
「経験だね」
「一番嫌いな回答だ」
「測量屋が嫌いなら、多分合ってる」
千景はノートに書いた。
《それ三回目?》
《また八咫烏か》
《知らないなら調べない方がいい》
三つを並べる。
その横に、《すでに知っている前提》と書いた。
「じゃあ初出探そう」
千景が言った。