第5話:都を追われる忠義の拳
第5話:都を追われる忠義の拳
西日本の政財界の影で「政界のフィクサー」と恐れられる男・高田修司。
かつては賭博と強喝で成り上がった裏社会のゴロツキに過ぎなかったが、政界の重鎮への巧みな接待と、人間の欲望を見抜く異常な洞察力で政財界の頂点へ上り詰めた悪漢である。そして今、高田の肉体には、伏魔殿から飛来した「地煞星」の黒炎が不気味に宿っていた。
「おい、次の警察庁長官人事の資料を持いでこい。それから......あの頑固者の道場、まだ潰れていないのか?」
都心の広大な邸宅で、高田は冷酷な笑みを浮かべていた。魔星の力を得て以来、彼の権力欲とサディズムは加速し、過去に自分を逮捕した元警察官の息子――大野進への執拗な嫌がらせを完成させつつあった。
大野進。警察学校や防衛省で徒手格闘および自衛の棒術を教える総師範であり、己の武道を愚直に貫く男である。
高田は正面から大野を叩くのではなく、卑劣な罠を仕掛けた。大野の道場に刺客を送り込み、過剰防衛を誘発。さらに防犯カメラの映像を巧みに改ざんし、大野を「一般人を無抵抗のまま暴行・重体化させた指名手配犯」へと仕立て上げたのだ。弟子たちも次々と冤罪で勾留され、大野は一晩にして社会的地位と名誉を剥奪された。
「誇りも名誉も、今の都には無い......!」
降りしきる雨の中、大野は竹棒一本と最小限の荷を背負い、都を脱出した。
目指すは、亡き父が遺言で語っていた「出雲の奥深き地」。真の武とたたらの古跡が眠るというその場所へ潜伏し、高田の陰謀を暴く機を窺うしかなかった。
数日間に及ぶ潜伏と逃亡。警察の包囲網と、高田が放った裏社会の刺客たちを、大野は殺めぬ武術で無力化しながら、泥にまみれて西へ走り続けた。
――そして、舞台は出雲。伏魔殿が決壊した直後の、冷たい雨が突く旧街道。
「松江、おい! ぼんやりするな!」
崩落現場から逃れ、古い街道の軒下に身を寄せた三人。智也が、放心状態の恵太の肩を激しく揺さぶる。
「僕の計算が正しければ、さっき弾け飛んだ百八の光は......この国全体の法と秩序を内側から食い荒らす。見てみろ、スマホのニュースだ! 政財界の重鎮たちの暴走と、不自然な冤罪事件が全国で多発し始めている!」
「俺が......俺が、あんな声を信じたから......」
恵太が血の滲む唇を噛み締め、両拳を泥に叩きつける。
その時だった。
闇の奥から、湿ったアスファルトを蹴る重厚な足音が近づいてきた。雨合羽のフードを目深にかぶった男――大野進が、荒い息を吐きながら街道へ姿を現す。その手に握られた一尺の竹棒には、濡れた雨水と、追手の返り血が混ざり合っていた。
「くっ......追いつかれたか......!」
大野が立ち止まり、背後を睨みつける。
街道の闇から静かに現れたのは、レインコートを着た三人組の男たちだった。しかし、その瞳は正気を失い、黒い炎のような気配を揺らしている。高田の息がかかった、魔星の邪気に侵された刺客たちだ。
「大野師範、大人しくお縄につきな。高田先生がお待ちだ」
刺客の一人が濡れたナイフを抜き放ち、一閃する。
大野は逃げ場のない街道で、自力で逃げ延びてきた疲労の限界を迎えつつも、静かに構えを取った。そして、そのすぐ傍らには、自らの引き起こした「罪」の重さに打ちひしがれる恵太たちの姿があった――。