ホーム伏魔の恵第4話:軍師と豪傑、闇を下る
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第4話:軍師と豪傑、闇を下る

第4話:軍師と豪傑、闇を下る
​​ 伏魔殿の古びた扉から、暗黒と黄金の閃光が放たれる――その数分前へと、時は遡る。
​ 林間学校の肝試しは、順調に進行していた。
​松江恵太とゆきの組が暗闇の斜面へ消え、本部が騒ぎになるまでには、まだわずかな猶予がある。その間にも、何も知らない生徒の列は、淡々と夜の山道へ吸い込まれていた。
​「はい次、黒木・呉原ペア。懐中電灯離さないで、気を付けて行きなさい」
​ 引率教師の呑気な声に背中を押され、黒木葵と呉原智也は湿った夜気の中へ一歩を踏み出した。
​「......なあ黒木。本当に引き返さないか。この湿度と視界の悪さは、明らかに事故の条件が揃いすぎている」
「呉原、能書きはいいから足を動かしなさい。脅かされる前から怯えてどうするのよ」
「怯えているんじゃない、合理的なリスク管理だ。僕は暗闇が怖いんじゃない。足元の摩擦係数がゼロに近いことが恐ろしいんだよ」
「それを怯えてるって言うの」
​ 学年一の偏執的な観察眼を持ち、理屈を捏ねさせれば大人すら黙らせる呉原智也だったが、こと「身体運動」においては無力だった。暗闇に対する警戒心だけが異常に高く、湿った土を踏む足取りはおぼつかない。
​ 対する黒木葵は違った。山あいの実家で日常的に農作業や薪割りを手伝ってきた彼女の身体は、重心の置き方を感覚で知っている。夜の山道など臆することなく、迷いない足取りで先頭を切っていた。
​「呉原、足元。スギの太い根が出てる」
「わ、分かっ――」
​ 言い終わるより先だった。智也の安物の運動靴が、濡れた落ち葉に隠れていた根を盛大に引っかけた。
​「しまっ――!?」
​ 前傾姿勢のまま派手に倒れ込む智也。咄嗟に葵がその襟首を鷲掴みにし、強引に引き戻そうとした。
​だが、その破格の腕力が裏目に出る。
​ 小柄な智也を引き戻した反動で、二人の体重が一箇所に集中し、濡れた粘土質の土が足元からごっそりと崩れ去ったのだ。
​ 崩落。繋いだ手を離す隙もなく、二人はもつれ合うように斜面の下へと滑り落ちた。
​ 黒々と茂る野薔薇の棘と倒木が擦れ、土煙と激しい衝撃が闇の中で交錯する。
​傾斜のあまりの不自然さに、滑落しながらも智也の思考は鋭く回転していた。
​(おかしい......この急勾配は自然の山肌じゃない。人工的な切り通し――いや、かつて鉄穴流し(かんなながし)で山を垂直に削り取った、たたらの古跡だ!)
​ ドスン、という鈍い衝撃とともに、二人は湿った苔の絨毯の上に叩きつけられた。
​「......痛たた......。黒木、怪我はないか......?」
「なんとかね。それよりあなた、少しは身体の遣い方覚えなさいよ......」
​ 葵は擦りむいた腕をぬぐいながら立ち上がった。服は泥まみれだったが、致命的な怪我はない。
​「って......ここ、どこよ......」
​ 智也が眼鏡のズレを直し、息を呑んで周囲を見回した瞬間、その思考が凍りついた。
​ 見慣れたキャンプ場の裏手ではない。
 鬱蒼とした巨木群の先、薄い靄の立ち込める崖の底に広がるのは――昭和初期で時が止まったかのような、茅葺屋根と土蔵がひしめく異質な隠れ里だった。
​「国土地理院の地形図には......こんな集落、記載されていなかったぞ......」
「なによここ......隠れ里......?」
​葵の野性が、里全体に漂う異様な静寂と緊張感を察知して眉をひそめる。
​次の瞬間だった。
​地底の底から響くような、圧倒的な地鳴りが山全体を揺らした。
​里の最奥に佇む黒墨石の洞窟から、目も眩むような漆黒と黄金の光柱が天を突き破る。
​「......ッ!?」
「何なの......あれ......!?」
​強烈な衝撃波が二人を吹き飛ばし、土蔵の瓦が不気味な音を立てて砕け散る。
​閃光の中心――吹き飛んだ鳥居の奥から、数え切れないほどの邪悪な火の玉――百八つもの黒炎と黄金の光球が、獣のような咆哮とともに四方八方の夜空へと解き放たれていくのを、二人はただ立ち尽くして見上げるしかなかった。
​智也の頭脳をもってしても、目の前で起きている現象を既存の科学で解釈することは不可能だった。
​光が収まり、硫黄と焦土の異臭が立ち込める崩壊した境内。
​へたり込んだ泥の中で、血と泥にまみれた自分の両手を絶望的に見つめ、震えている少年の背中を二人は発見した。
​「......松江......くん......?」
​葵の呟きが、静まり返った夜の空気に重く沈んだ。
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伏魔の恵作者:水前寺鯉太郎🍁🦌
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​ 林間学校の肝試しは、順調に進行していた。
​松江恵太とゆきの組が暗闇の斜面へ消え、本部が騒ぎになるまでには、まだわずかな猶予がある。その間にも、何も知らない生徒の列は、淡々と夜の山道へ吸い込まれていた。
​「はい次、黒木・呉原ペア。懐中電灯離さないで、気を付けて行きなさい」
​ 引率教師の呑気な声に背中を押され、黒木葵と呉原智也は湿った夜気の中へ一歩を踏み出した。
​「......なあ黒木。本当に引き返さないか。この湿度と視界の悪さは、明らかに事故の条件が揃いすぎている」
「呉原、能書きはいいから足を動かしなさい。脅かされる前から怯えてどうするのよ」
「怯えているんじゃない、合理的なリスク管理だ。僕は暗闇が怖いんじゃない。足元の摩擦係数がゼロに近いことが恐ろしいんだよ」
「それを怯えてるって言うの」
​ 学年一の偏執的な観察眼を持ち、理屈を捏ねさせれば大人すら黙らせる呉原智也だったが、こと「身体運動」においては無力だった。暗闇に対する警戒心だけが異常に高く、湿った土を踏む足取りはおぼつかない。
​ 対する黒木葵は違った。山あいの実家で日常的に農作業や薪割りを手伝ってきた彼女の身体は、重心の置き方を感覚で知っている。夜の山道など臆することなく、迷いない足取りで先頭を切っていた。
​「呉原、足元。スギの太い根が出てる」
「わ、分かっ――」
​ 言い終わるより先だった。智也の安物の運動靴が、濡れた落ち葉に隠れていた根を盛大に引っかけた。
​「しまっ――!?」
​ 前傾姿勢のまま派手に倒れ込む智也。咄嗟に葵がその襟首を鷲掴みにし、強引に引き戻そうとした。
​だが、その破格の腕力が裏目に出る。
​ 小柄な智也を引き戻した反動で、二人の体重が一箇所に集中し、濡れた粘土質の土が足元からごっそりと崩れ去ったのだ。
​ 崩落。繋いだ手を離す隙もなく、二人はもつれ合うように斜面の下へと滑り落ちた。
​ 黒々と茂る野薔薇の棘と倒木が擦れ、土煙と激しい衝撃が闇の中で交錯する。
​傾斜のあまりの不自然さに、滑落しながらも智也の思考は鋭く回転していた。
​(おかしい......この急勾配は自然の山肌じゃない。人工的な切り通し――いや、かつて鉄穴流し(かんなながし)で山を垂直に削り取った、たたらの古跡だ!)
​ ドスン、という鈍い衝撃とともに、二人は湿った苔の絨毯の上に叩きつけられた。
​「......痛たた......。黒木、怪我はないか......?」
「なんとかね。それよりあなた、少しは身体の遣い方覚えなさいよ......」
​ 葵は擦りむいた腕をぬぐいながら立ち上がった。服は泥まみれだったが、致命的な怪我はない。
​「って......ここ、どこよ......」
​ 智也が眼鏡のズレを直し、息を呑んで周囲を見回した瞬間、その思考が凍りついた。
​ 見慣れたキャンプ場の裏手ではない。
 鬱蒼とした巨木群の先、薄い靄の立ち込める崖の底に広がるのは――昭和初期で時が止まったかのような、茅葺屋根と土蔵がひしめく異質な隠れ里だった。
​「国土地理院の地形図には......こんな集落、記載されていなかったぞ......」
「なによここ......隠れ里......?」
​葵の野性が、里全体に漂う異様な静寂と緊張感を察知して眉をひそめる。
​次の瞬間だった。
​地底の底から響くような、圧倒的な地鳴りが山全体を揺らした。
​里の最奥に佇む黒墨石の洞窟から、目も眩むような漆黒と黄金の光柱が天を突き破る。
​「......ッ!?」
「何なの......あれ......!?」
​強烈な衝撃波が二人を吹き飛ばし、土蔵の瓦が不気味な音を立てて砕け散る。
​閃光の中心――吹き飛んだ鳥居の奥から、数え切れないほどの邪悪な火の玉――百八つもの黒炎と黄金の光球が、獣のような咆哮とともに四方八方の夜空へと解き放たれていくのを、二人はただ立ち尽くして見上げるしかなかった。
​智也の頭脳をもってしても、目の前で起きている現象を既存の科学で解釈することは不可能だった。
​光が収まり、硫黄と焦土の異臭が立ち込める崩壊した境内。
​へたり込んだ泥の中で、血と泥にまみれた自分の両手を絶望的に見つめ、震えている少年の背中を二人は発見した。
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​葵の呟きが、静まり返った夜の空気に重く沈んだ。
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