第9話:菜園番の破戒僧と抜かれし古木
第9話:菜園番の破戒僧と抜かれし古木
霧嶽山の古刹・文殊院に身を寄せ、頭を丸めて「大八」と名乗ることになった花田だったが、厳しい戒律と静寂に包まれた寺の暮らしが、根っからの酒好きで天衣無縫な男の肌に合うはずもなかった。
隠れ酒が見つかっては注意してきた若い僧を突き飛ばし、酒の勢いで境内の古い門柱を粉砕する始末。相次ぐ大惨事に業を煮やした文殊院側は、ついに大八を追い出すことを決定した。
だが、大八の素朴な正義感を見抜いていた住職は、大都市の繁華街に隣接する大本山寺院・大東寺(だいとうじ)の薬草園および菜園番としての紹介状をそっと手渡した。警察の捜査網から身を隠す代わりに、「二度と暴力事件を起こさない」という厳しい誓約書を交わしての、ギリギリの潜伏生活だった。
「やれやれ、これで酒の飲めん山からおさらばだぜ!」
都心へ到着し、大東寺の境内の奥にある広大な菜園へ案内された大八だったが、与えられた仕事を聞いた瞬間、その顔が激怒に歪んだ。
「......菜園番ぁ!? この俺に大根の世話でもしてろってのか! 冗談じゃねえ!」
「暴れれば即座に警察へ通報され、あの鄭の致死事件で一生塀の中だ。大人しく精進しなされ」
寺の執事から冷淡に告げられ、大八は苦虫を噛み潰したように黙り込むしかなかった。拳を使えば自分が終わり、使わなければ雑用に忙殺される。さしもの巨漢・大八にとって、この「法と誓約の縛り」こそが、何よりも重い鎖だったのだ。
そんなある日。
大東寺の菜園の周囲を根城にする、高田の息がかかった地元の半グレ集団が、境内へ不法侵入してきた。大八が丹精込めて(しぶしぶ)育てていた野菜を踏みにじり、隠してあった酒の瓶を叩き割る。
「おいおい、ボーズ頭! ここらは俺たちの縄張りなんだよ。ショバ代置いていきな!」
煽り立てるならず者たち。一瞬、大八の太い首筋に青筋が浮かび上がる。だが、誓約書と警察の顔が脳裏をよぎり、大八はぐっと拳を握りしめて耐えた。
しかし――半グレのリーダーが、地元の民から預かっていた薬草の苗を踏みつけた瞬間、大八の中で何かが弾けた。
「......野郎ども。寺の誓約も、警察も関係ねえ」
大八が静かに立ち上がると、その巨大な影が集団を覆い尽くした。
「俺の目の前で......食べ物と努力を踏みにじる奴を、許せるかぁっ!」
咆哮とともに、大八は菜園の脇に聳え立っていた、幹の太さ数メートルもある倒れかけた古木の柳へ両腕を回した。
メリメリメリ......ッ!
人間業とは思えぬ凄絶な筋肉の鳴動音。大八は背筋の筋力を全開にし、地面深くに根を張っていた巨木を、土塊ごと「素手で根こそぎ引き抜いて」見せたのだ!
「ひっ......!? バ、化け物......っ!?」
地面から噴き出す泥と、引き抜かれた巨木を肩に担ぎ上げた鬼神のごとき大八の姿に、半グレたちは悲鳴を上げてその場にへたり込んだ。
「二度とこの菜園に汚い足を足踏み入れるな! 散れッ!」
巨木をドスンと投げつけると、半グレたちは脱兎のごとく逃げ出していった。
――その圧巻の光景を、寺の影から呆然と見上げていた者がいた。
魔星の気配を追って都へと辿り着いた恵太、智也、葵、そして篠田の四人だった。
「......おいおい、相変わらず無茶苦茶だな、あの大身足(おおみあし)の兄さんは」
篠田が呆れつつも、嬉しそうに笑う。
振り返った大八は、泥まみれの手で頭を掻きながら、仲間たちの姿を認めると豪快に破顔した。
「おお! 篠田に、松江のガキどもじゃねえか! ちょうどいいところに来た、酒の差し入れはあるか!?」
「あるわけないでしょ!」
葵が呆れ顔で突っ込む中、恵太は大八の前へ歩み寄り、力強く頷いた。
「大八さん。都の影で、高田と『魔星』が本格的に蠢き始めている。俺たちに、あなたのその破格の力を貸してください」
「フハハ! 待っていたぞ、その言葉を! こんな菜園で大根を抜いているより、お前たちと悪党を叩きのめす方が百倍マシだ!」
泥だらけの手を重ね合わせる好漢たち。
破戒僧・大八という心強い巨腕を加え、物語の舞台はいよいよ政治と欲望の渦巻く首都――巨大な悪の巣窟へと本格的に切り込んでいく。