第10話:雪夜の白虎堂と豹の堕天
第10話:雪夜の白虎堂と豹の堕天
大東寺の薬草園で、警察の捜査網と「二度と暴力事件を起こさぬ」という厳しい誓約に縛られながら雑用に追われていた大八。その抑圧された日々に、一つの運命的な出会いが訪れる。
都の警察武道館の庭先で出会った男――警視庁および防衛省で古流槍術の特別師範を務める若い武官、林田宗一郎(はやしだ そういちろう)。
宗一郎は二〇代半ばの若さながら、先祖代々伝わる槍術の技量と、常人の可動域を超えるしなやかな体幹を買われ、組織内で異例の重用を受けていた。
性格は温厚で誠実、無駄な主張を好まない。一見すると静かな文官にも見える男だったが、その手から繰り出される一矛の槍筋は空間を切り裂くほど鋭く、豪快な大八と一目で互いの腕を認め合った。
「ハハハ! いい槍を突くじゃねえか、宗一郎! 俺と兄弟の契りを交わそうぜ!」
二人は大東寺の境内で隠し酒を汲み交わし、固い義兄弟の誓いを立てたのだった。
しかし――その温厚すぎる人柄と、彼が深く愛する妻の存在が、最悪の災いを呼び寄せる。
都の影の支配者・高田修司の放蕩息子が、街で見かけた宗一郎の妻に執着し、身勝手な横恋慕を起こしたのだ。
「あの女を俺のモノにさせろ。邪魔な夫は社会的に抹殺してしまえ」
息子の我儘を聞き入れた高田は、陰湿な罠を仕掛ける。
宗一郎が幼馴染の親友と信じて疑わなかった警察幹部を買収。「名刀の鑑賞と評価をしてほしい」と言葉巧みに誘導させ、刃物を所持したまま警察組織の絶対聖域とされる最高警備区域『白虎室』へと足を踏み入れさせたのだ。
「国家保安法違反だ! 刃物を忍ばせ、長官を暗殺しようとしたなッ!」
突如として室内になだれ込む特殊部隊の怒号。
「待ちたまえ! 俺は友人に呼ばれて......!」
無実を訴える宗一郎の声は、権力の手先となった官吏たちの嘲笑と暴力にかき消された。親友の冷酷な裏切り、奪われた愛妻、そして身に覚えのない大逆の罪――。
都の潜伏先に身を寄せていた恵太や智也、葵たちもこの知らせを聞いて駆けつけたが、時すでに遅かった。
「高田の奴......最初から宗一郎さんを嵌めて、合法的に消す気だったんだ!」
智也が激しい怒りに拳を握りしめ、大八は「あのクソガキどもをブチ殺してくる!」と寺の誓約も忘れて殴り込もうとする。恵太がそれを必死に制止した。
「待ってください大八さん! 今突っ込んだら、宗一郎さんが抹殺されてしまう!」
高田の息がかかった裁判により、不当な判決が下された。
過酷な尋問によって心身を打ち砕かれ、背中に「重犯罪者」の極印を打たれた宗一郎は、遠く離れた日本海沿岸の隔離強制収容施設『荒磯処罰場』への過酷な移送が決まる。
護送車の鉄格子越しに、冷たい雨が打ちつける。
「宗一郎さん......っ!」
沿道へ駆けつけた恵太の叫び声に、宗一郎はゆっくりと顔を上げた。
かつて温厚で気品に満ちていた武術家の瞳から光は消え去り、その奥には――暗く静かに、しかし凄まじい「復讐の執念」だけが燃え盛っていた。
「松江くん......俺は、もう誰の正義も信じない。......この世界を、絶対に許さない」
冷たい雨が、流人となった男の傷痕を濡らしていく。
義兄弟を不当に奪われ、絶望の淵に立たされた梁山泊の好漢たち。
『豹子頭』の悲劇を背負った男の堕天が、都の闇をさらに深く深く塗りつぶしていくのだった。