② 初めての会話
時に西暦1971年。昭和なら46年。
ボクは名護屋市の東のベッドタウン、東豪町の田園の真ん中を歩いていた。
時刻は正午より少し前。小学校1年生の一学期の終業式を済ませての下校中の事である。
ちょうどその時は、一人きりだった。さっきまで、悪ガキ友だち3名と一緒だったのだが。
「お久しぶり。元気だった?」
だしぬけに、後ろから声をかけられた。
びっくりして振り返ると、そこにセーラー服を着た、知らない女の人が笑顔で立って居た。
中学生、いや高校生かな。などと疑問に思いつつ、何より、遮るモノが何も無い、田んぼの中の一本道に、突然彼女が現れたことに、少なからず怖くなっていた。
「お姉さんは誰?」
「それは秘密。そのうちイヤでも解るわよ。少なくとも、間違いなくキミの味方よ。それより、手にぶら下げているソレは何かな?」
「ああ、コレは......。」
ボクは右手に、小さな細いヘビをぶら下げていた。
いや正確に言うと、先ほどまでソレを振り回して遊んでいたのだった。
弁明させてもらうなら、ボクはヘビを殺してない。さっきまで一緒にいた3名の中のいわゆるガキ大将が、道端で見つけたヘビの尻尾をつかんで、何度も地面にたたきつけたのだった。(※ 昭和の田舎の少年がやりがちな遊び)
そしてそれをボクに手渡すと、他の二人とともに、一目散に走って逃げて行ったのだった。
アレ?あの当時のボクって、薄っすらイジメにあっていたのかな?
「ねえキミ、ヤマカガシって知ってる?」
そう言いながらお姉さんは、ゆっくりとボクの方に近づいて来た。
何だかコワイ目をしている。
「そのヘビは、本当に死んでいるのかしら?」
彼女の最後の一歩は、50mを走る駆けっこのスタートよりも素早かった。
ボクの手の下の方から、蘇生したヘビが舌をチラつかせながら鎌首を持ち上げるのと同時に、彼女はボクからヘビを素早く奪い取り、そしてそのまま両手で丸めて......光らせた!
お姉さんが両手を広げると、ヘビの姿は無くなっていた。
「......はい、今日の任務はオシマイ」
「今......何をしたんですか?」
ボクは、恐る恐る尋ねた。
「毒蛇の駆除よ」
彼女は、至極何でも無い事のように答えた。
「でも安心して。殺してないから。ちょっと、アッチの方へ跳ばしただけ」と、西側の里山を指さした。
あっけにとられているボクに向かって、お姉さんは話し続ける。
「でね、キミは今後の人生で、無駄な殺生をしないようにしなさい。でないと今みたいに、危ない目に合うわよ」
「いや、ボクは殺してなくて......」
「言い訳無用。振り回してたでしょ?」
彼女は眉をひそめながら、右手の人差し指を立てて、ちょっと可愛く、頬を膨らませて見せた。
「お姉さんは手品師?それとも魔法使いなの?」
ボクは話をそらした。
「どちらも違うわよ。まあでも"十分に発達した科学技術は魔法と見分けがつかない"とは言うわね」
「......?」
「......あと、"手品"で思い出したけど、キミは二年後に小学校を転校したら、クラスのお楽しみ会で、手品を披露してはダメよ」
「何でですか?」
「とにかくダメ。別に命の危険が及ぶことはないけれど......後でとてもイヤな目にあうわよ」
「え~?」
「まあでも、コレはオーダー外の事象だから、好きにしたら。」
「???」
お姉さんは所々、ボクにはよく分からない難しい言葉を使う。
「それからキミ......」
お姉さんは話し続ける。
「少しは読書しなさい。暇さえあれば皆で草野球とか、一人の時は、自転車に乗ってどこまでも遠くに行くとか、そんな事ばかりして。テストで0点取っても知らないわよ?......"ドラえもん"の"のび太"じゃあるまいし」
「ドラ......なんて?」
「2年前から連載中でしょ。マンガすらも読まないのね、キミは」
彼女は、すっかりあきれ顔だった。
「まるで、お母さんみたいだ」
ボクは、うっかり呟いた。
「まあ、当たらずとも遠からずかな。」
お姉さんも、うっかり口を滑らせた。
「......えっ?」
「とにかく、SFとか推理小説とか、ジャンルはそれでいいから、本を読みなさい。無理だったら、せめてマンガでも......」
「S......M?」
「SFよ!間違えちゃダメ!」
なぜかお姉さんは、顔を真っ赤にして怒った。
「あとできるだけ、算数と理科をしっかり勉強して!高校生になったら物理を選択するのよ。大学では量子物理学を!」
「りょうし?魚釣りの?」
「もういいわ。やっと言葉を交わせるようになったから、つい興奮しちゃった。我ながらオトナゲ無かったわ」
「そう言えばお姉さん、さっき、お久しぶりって言ったけど、前にも会ったけ?」
「今回で三度目よ。でも話をするのは初めて。キミが今まで、意思の疎通がはかれないような状況や、年齢だったからね。」
「いしの......そつう?」
「ほらね。わからないでしょ?だからこれからは本をたくさん読みなさい」
「......うん、そうするよ」
彼女の言うことには、なぜか反抗できない気がした。
「素直でよろしい。ちなみに1度目の出会いは、キミが1才になるころ。自宅の階段から落ちたところを、この私がキャッチしてあげたの。次はキミが3才のころ。庄内川で溺れていた時に、上から手を引いてあげたのよ」
......どちらの話も、言われてみればうっすら記憶が有るような。
階段の一番下に転がっていたボクを発見した母親は、キズ一つ無かったのを後に不思議がっていたし、濁流の川底からは、どうやって脱出できたのか、自分でも不思議ではある。
「じゃあ、今日はこれで」
「あ、ありがとうございます。助けてくれて」
「なあに、礼には及ばぬよ」
色白の美人なお姉さんなのに、武士みたいな言葉遣いで答えた。
「また必ず逢いに来るから。それまでその物理的ボディを、大切に使いなさいよ」
「うん、わかった、お姉さん」
ボディはクルマ用語だから、知っていた。
ボクは勉強は苦手だけど、クルマの事には詳しいのだ。
「......雪子よ」
「は?」
「私の名前。冬に空から降る雪に子どもの子!あっちこっちで言いふらしたりしないように。キミとワタシだけの秘密って事で」
「ボクは雪村、真田雪村。えっと、漢字は......」
「知ってる」
満足げな笑顔の雪子お姉さんは、ボクの前から三歩離れると、振り返って右手を振り、バイバイした。
「じゃあね」
次の瞬間、彼女はボクの目の前で煙のように消え失せた。
それは大いに妖怪じみた振る舞いだったのに、今はちっとも怖くなかった。
「次はいつ逢えるのかな」
太ももピチピチの短パンに、ウルトラマンの白いTシャツをインして、ランドセルを背負ったボクは、田んぼの真ん中で、独り呟くのだった。