⑥ 英二の回想⑵
「おはようございます。11月5日、日曜日。7時のニュースです」
いつのまにかリビングのソファーで寝しまっていたオレは、NHKテレビの7時の時報で目を覚ました。
昨日は大事な取引先の人と飲んで......その後どうしたんだっけ?
まだ少し寝ぼけながら、ソファーから体を起こして、ふと振り返ると、そこに見知らぬ少女が立っていた。
「うわわっ」
28才の大人になって初めてくらいの、大声を出してしまった。
「やっぱり酔っているときの記憶は無くなってしまうのね」
オレの顔を覗き込みながらセーラー服のそいつは言った。
「目が覚めるのを待っていて正解だったわ」とその娘は続ける。
「今から私が言うことを、よく聞きなさい。まず第一に、昨夜アナタは、大事な幼い息子に大けがをさせた。第二に、出血がひどかったから、私が少しだけチカラを使って処置した......色々な意味で、少々ルール違反だったけどね。第三に、アナタはそのことを、必ず息子に謝らなければならない」
「......」
「......ここまで解ったかしら?」
「よく......解った」
言われてみれば、昨夜のテレビの前でのやりとりに薄っすら記憶がある。
しかし、そもそもこいつは誰だ?どこから来た?義姉さんはまだ結婚してないし、オレの実家の家族の娘でもないぞ
......でもなんだ?まるで、家族と話しているようなこの気分は?
「私がだれだか解らないようね?」と少女は言う。
「ところでアナタは、なぜ自分の息子に、雪村なんていう、ふざけた名前をつけたのかしら?」
不敵な笑顔で彼女は言う。
昔からオレは、戦国武将のドラマや時代小説が大好きだった。特にあの、徳川家康に一矢報いた真田幸村が。
せっかく真田姓に生まれたんだ。息子にもユキムラの名前をつけてやろう。
ただそのままじゃ、名前負けした時にかわいそうだから、ユキの字を一文字換えて雪村と......あっ。
「......気がついたようね?」
少女はまた薄っすらと笑顔を作る。美しいのに怖い笑顔だ。
「アナタは何故、9月生まれの息子に、"雪村"なんて名前をつけたのかしら?」
オレは突然、恐ろしいことに気がついた。いや、でも、そんなバカな!
「お前、まさか雪子!?」
「......名前は正解よ。中身はアナタの想像の、斜め上だけれど」
「斜め......上?」
「あとアナタに逢うのはコレで二度目なんだけど......忘れてしまったのかしら?」
少女はさらに妖しく笑う。
「ハタチのあなたはまだ初々しくて可愛かったわあ」
「......ああっ、あの時の、名護屋駅の!」
オレは愕然とした。
「シラフのアナタは頭脳明晰で記憶力も確かで助かるわね」
「でも......お前、あれから8年もたつのに、全然歳をとってない......!」
不思議さを感じると同時に、じわじわとやってくる恐怖心を、禁じ得ない。
「......さて何故でしょう?」
少女は、愉快そうに笑った。
が、それはそれで怖かった。
「どんなに頭脳明晰でも、今のアナタには、想像力が足りない。説明したところで、私の存在を理解する事は、無理でしょうね」
彼女は続ける。
「でもアナタの息子には解る......ワタシが解るようにしてあげる」
「なん......だと?」
「......さあ、じきに、アナタの義理のお姉さんがやって来る頃だし、そろそろお暇するわね」
「......」
「いいこと。必ず雪村に謝るのよ。そしてもう二度と、暴力を振るわないと約束しなさい。あと二人の妹たちも、大切にしなさい。それから、お酒はほどほどにしなさい。貴方は、もともと下戸なんだから......コレは、私からの命令ではなくて、お願いよ」
そう言いながら、いつの間にか彼女は、少し涙ぐんでいた。
「ああ、それと......。」彼女は付け加えた。
「アナタが理性を失うまで、お酒を飲ませた相手は、こちらで調べがついているから......問題はその黒幕よね?」
謎の言葉を残した彼女は、2本のおさげ髪を振りながら、回れ右をして玄関に向かった。
そしてドアも開けずに、靴箱前で、煙のように消えてしまったのだった。