⑦ 坂下恵の場合
アタシの名前は坂下恵。
みんなは、小柄なアタシを、すぐ子ども扱いするけど、こう見えても、もう22才。
いつまでも熊本県の田舎で、くすぶってなんかいられないわ。
第一、どんなにピアノやダンスのレッスンをしても、披露する場が、地元の公民館じゃ、意味ないじゃない?
もっと都会の人に見て欲しい。もっとちゃんと自分の力を生かしたい。
9人兄妹の末っ子だからって、いつまでも、お父さんやお母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃんのお世話になんか、なりたくない。
せっかく、九州女学院を卒業したんだもの。行儀作法だって、本物のお嬢様たちに負けやしないんだから!
そんな思いで、毎日を悶々とした気分で過ごしていると、二つ年上の、絵美夏お姉ちゃんから、手紙が届いた。
アタシより一足先に実家を出て、働いている立派な姉だ。
手紙の内容を要約すると「今お姉ちゃんは、名護屋にいるんだけれど、紹介できる働き口があるから、コッチに来ないか」との事だった。
"渡りに船"とは、この事だった。アタシは、かねてより貯めていたお小遣いを掴んで、着替えの用意もそこそこに、早朝こっそりウチを出ると、最寄りのバス停に向かったのだった。
その後は、地道に国鉄を乗り継いで、まず九州を脱出。下関にたどり着いてからが、また長い道のりだった。
名護屋に出るだけでも、こんなに大変なのに、東京に行く人たちは、みんなどうしているのかしら?
そんなことを考えては、時々くじけそうになりながらも、なんとか無事に、名護屋駅にたどり着いたのだった。
駅の改札を出ると、構内がとても広い。
手紙には、働き場所までの地図が同封されていたけれど、あらためて見ると、手書きで分かりずらいのである。
どうしたものかと足を止めて、西口前で迷っていると、突然声をかけられた。
知らない男の人だったら、無視するつもりだったけど、それは見たところ、アタシより少し若い女の子だった。
うん、セーラー服を着てるし、アタシより年下よね!
「あの、もしかして坂下恵さんですか?」
「そうだけど......?」
その子はなぜかアタシの名前を知っていた。
「良かった。ZAMBINIを探しているんですよね?」
「......ああ、うん、そうなの」
「私がご案内します」
ああ、この子は、お店から迎えに来たのか。
それは助かるなあ。
「ただ、もう一方お見えになるので、ここで少し待っていていただけますか?」
「はい。いいですとも」
アタシに、異存があろうはずもなかった。
今にして思えば、コレがアタシと雪子の最初の出会いだったのだ。