星の欠片と、黒い瞳
小包を開けると、緩衝材と小さな袋が入っていた。
――妙に、軽い。
「プレゼントにしては包装があっさりしてるね」
大地くんがメガネを直しながら言う。
覗き込んだときにメガネがずれたのかもしれない。
不織布の袋を逆さまにすると、
ころり、と手のひらに落ちてきたのは小さな石。
白なのかピンクなのか不思議な色。
でも角度を変えるたびに、光を受けて、
赤、青、緑と、星の破片みたいに、色が瞬く。
まるで中に星空が閉じ込められているみたいだ。
「......きれい」
思わず呟く。
「オパールか」
大地くんが珍しそうに言った。
「遊色強いね」
「ゆうしょく?」
聞き慣れない言葉だった。
あ、今日の夕食なににしようかな。
「うん、オパールって構造色なんだよ」
「構造色って何?」
「簡単にいうと、色のついた物質じゃなくて、構造で光が分散されて色が見える現象」
色がついていないのに、色が見える、とは?
「シャボン玉とか、CDの裏とか、蝶の羽とか」
「へえ」
なんか虹色の光を返すもののことかな?
「あと孔雀の羽」
「ああ」
確かにそんな感じかもしれない。
「ナノレベルの層構造で光が干渉して――」
大地くんのメガネがきらーんと光り出した。
「理系の人って途中から急に難しい言葉出すよね」
「説明してって言ったのあんりだろ」
ため息をついて、大地くんは2人分のマグカップを手に取った。
キッチンに向かう彼の後を、オパールの石をこねくり回しながらついていく。
私は、ふと思い出した。
「そういえば涼子ちゃんも構造色の話してたよ?」
確か光を99.9%くらい吸収する黒色の顔料があるって言ってたな。
ウニみたいな突起のある物質をキレイに並べて光が逃げられないとか、なんとか。
「誰?」
「え?」
「涼子ちゃん」
「ん?美大に通ってる子」
「知らないけど......」
どういうわけか、大地くんが困惑の表情をしている。
「うん。バイト先の友達だから......あ!」
構造色についての理解が追いついて、次から次へと記憶が蘇っていく。
「佐々木先輩もさ、抜け落ちた孔雀の羽を集めてたでしょ?
一昨年、筒井のおばあちゃんのところに行ったじゃない?あのとき......」
「ちょっと待って」
大地くんが優しく手を上げた。
「その、共通の知り合いじゃない人を、さも俺も知ってるかのように話題に絡めてくるの、混乱するからやめて」
私は彼の言いたいことをすぐには理解できなかった。
「だめ?」
「だめ」
そんなに困るかな?
......まあ、たしかに。私、記憶の引き出し雑なんだよね。
「でもほら、記憶って芋づる式じゃない?」
「君だけだよ、その芋づる畑が他人の畑まで広がっているの」
大地くんが目を細めて笑った。
なんだろう。負けたような、優しく包み込まれるような不思議な感覚。
心がムズムズするのを誤魔化すように、私はオパールを窓からの光にかざしてみた。
本当に、この石の中に宇宙が閉じ込められているみたいだった。
そのとき、足元でぱさりと小さな音がした。
「手紙、落ちたよ」
シンプルな一筆箋だった。
大地くんが拾って手渡してくれる。
そこには、たった一行。
『星粒の中で、また会おう。 ――七海 』
「ななちゃんからだ!」
私は歓声を上げた。
「ななちゃん?......もしかして同級生の?」
「そう!」
「......でもこれ、差出人欄が空欄だったよね?」
大地くんの指摘に、私は「あはは」と力なく笑った。
「ななちゃんらしいよ。模試で全国トップとるくらい賢いのに、ぽやーんとしてて、テストでもよく自分の名前を書き忘れてたから」
大地くんは引き攣った笑顔で答えた。
「へえ......類は友を呼ぶってやつだね」
「うん!仲良しー!」
浮かれながら、もう一度、一筆箋に視線を落とした。
星粒の中で、また会おう。
「でもこれ、なんだろ?オパールの石言葉かな?」
私は首を傾げた。言葉が短すぎる。
皆には「あんりは冗長すぎにも程がある」とよく言われるけど......
......でも。
さすがにこれは短すぎない?久しぶりの手紙なのに。
「へえ、暗号かな?」
手紙を見せると、大地くんは興味深そうに見つめた。
たぶん今、彼の頭の中で検索開始している。
「暗号か」
急に懐かしい気持ちになった。
「そういえばさ」
「ん?」
「中学生の頃、ななちゃんとこういう手紙のやりとりしてたな」
ノートの切れ端に意味不明な暗号を書いて渡して、お互いに解読する。
賢かったななちゃんは、医大に進んできっと忙しくしているはず。
それなのに、こんな中学生みたいな手紙を送ってきて......
最高に好き!
私の中にふわっと広がった。
温かくて懐かしい気持ち。
私はもう一度手紙に視線を落とした。
「星粒の中で、また会おう」
今度は声に出して読んでみた。
その瞬間―――、
その言葉に反応するように、オパールが光った。
色が混ざり合い、星の渦になる。
鼓膜を揺らしたのは、
金属が響くような、たくさんの小石たちがぶつかり合うような音だった。
「あんり?」
大地くんの声が遠くなる。
頭の奥に記憶が流れ込んできた。
知らない空。知らない星。白い石造りの宮殿。長い回廊。黒い衣。
そして虹色の瞳。
『ヨルカ』
誰かが呼んでいる。
『また会おうね、ヨルカ』
その名前が、自分の名前みたいに響いた。
オパールが、ぱき、と小さく音を立てた。
光が弾ける。
世界が反転する。
重力が消える。
だけど何かに引っ張られる。
吸い込まれていく。
「あんり」
その声は、もう届かなかった。
◇
「......くさい」
くさい。
臭すぎる。
臭すぎて世界の全てが臭い。
なに、このにおい。
確認したくても目が開かない。
手の感覚は?
ある。
硬くて、冷たくて、ざらりとしている。
石?
石を触っている。
私は立っているの?
寝ているの?
うつ伏せ?
仰向け?
身体は......
お腹に力を入れたら身体を起こせた。
仰向けに寝ていたらしい。
私はどこにいるんだろう?
さっきまで何をしていたんだろう?
――私は、誰なんだろう?
薄らと視界が明るくなってきた。
腰を下ろしたまま、自分の足元を見る。
黒いスカートの裾と、痩せた脚が見えた。
裸足だった。
裸足の足は石造りの床の上に投げ出されていた。
立てる。
私は立ち上がった。
黒くて長い髪がバラっと、ボテっと落ちてきて
「いや、めちゃ臭いじゃん」
黒い髪を摘んで鼻を近づけた。
生乾きの洗濯物のにおいと、酸っぱい汗のようなにおいと、乾いた皮脂のにおい。
腕を曲げて肘の辺りのにおいも嗅いでみた。
やはり強烈な刺激臭がする。
「この人、さてはお風呂入っていないな?」
口に出してみて気づいた。
この身体は私のものじゃないって。
いや、私も1週間くらいお風呂に入らなくても平気だけども。
これはさすがに限界突破している。
気づくと身体中がムズムズと痒くなり出した。
「とりあえず、顔を洗おう」
私はぼんやりとした視界の中を探りながら、その場所を彷徨った。
誰かの部屋のよう。
光が差し込む窓と、テーブルのような台と、あれは洗面台?
汚れた金属板のようなものが壁にかかっていて、その下に白い陶器の受け皿がある。
壁からわずかに顔を覗かせる細いパイプには取っ手がついていた。
私の勘が、これは水道の蛇口だと告げている。
取っ手を持ち上げた。
何も起こらなかった!
何度か引いたり捻ろうとしてみたけど何も出ない。
がっかりして、ふと、顔を上げた私は背筋が凍った。
黒。
黒い穴がこちらを見ている。
空間にぽっかり空いた二つの穴。
――近い。
声が出なかった。
いや、悲鳴すらも吸い込まれてしまったのかもしれない。
二つの黒を囲うように、そこには困惑の表情が映っていた。
「......鏡?」
そこにあったのは鏡だった。
映っているのは、「私」の顔。
ベトベトした黒い髪の中から覗いているのは、「私」の目だった。
黒い瞳は光を一粒も反射していない。
全てを吸い込んでしまう底の知れない黒が、
そこにはあった。