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第10話 閉じた葉、開かれた結晶

 琥珀宮の一角にある庁舎は、歴史を感じる厳かな建物だった。

 何故か、ナナリエは私をここへ連れてきた。

 吹き抜けのロビー、大勢の人が一度にすれ違えるほど広々とした階段。
 私の記憶の中にある街の、市役所みたい。

 ロビーにはカウンターが続き、役所の人が薄い板状のものに手をかざして作業をしていた。
 その板は淡く光を帯びている。

 とても見覚えのある、あれは......

「あの人たちが持っているの、タブレット?」

「......たぶれっと?」

 ナナリエは私の視線を追い、すぐに何を指しているのか理解したように小さく頷いた。

 けれど、質問には答えず、自分の手の甲を私に見せた。
 そういえば右手の中指にラピスラズリの指環をしている。

「これは、環かん」

 ナナリエは指環ゆびわを指して言った。

 えーっと、本当はカレンダエ独特の音だったけど、
 指環みたいな形状のものだから――とりあえず、環と呼んでおこう。

「環?」

「個体認証と、情報接続のための端末よ」

 端末?アクセサリーじゃないのかな?ウェアラブル端末ってこと?
 ......こういうの、苦手なんだよね。初期設定とか、いつも誰かに任せっきりだったし......。

 個体認証って......そういえば、挨拶をするとき必ず右手の手の甲を見せるけど、もしかして環を見せていたのかな?

 ナナリエの屋敷のお手伝いさんたちは、ラピスラズリが多かったし、
 ここ――琥珀宮?では琥珀や黄色っぽい石をはめ込んだ環をつけている人をよく見る。

「そして彼らが使用しているのが晶盤しょうばん。記録を保存し、読むための結晶媒体」

 結晶の板、みたいなものか。......晶盤でいいか。

 音より意味で拾った方が早いな。

 ナナリエが淡々と続ける。

「あなたの言うタブレットが情報を書き込むためのものなら、同じかもしれない」

 私はさりげなく近寄って、忙しなく作業をする人たちの手元を見た。

 机の上に置かれた板――晶盤の表面は数少ない記号の羅列で意味はわからない。
 これがこの国の文字?文字とは違う気がする。
 まったくわからない。

 だけど、誰も手で晶盤に触れていないことだけはわかった。
 手をかざしているだけ。

「晶盤は、外にある記録」
「環は、それに触れるためのもの」

 タブレットやパソコンと役割は同じと言えそう。
 いや、もっと直接的。
 頭のイメージを、身体を通じてそのまま晶盤に移動しているように見える。
 入力というより、出力って感じ。

 でも晶盤を操作するためには環が必要なんて、紙にペンで書くみたい。

 ......ん?
 なんだろう、このひっかかりは。
 誰も、何も“書き留めていない”。

 受付をする人、申請をする人、カウンターの奥の事務スペース、もう一度よく観察する。

「ねえ、紙はないの?」

 書類、と言えるものがどこにもなかった。

「カミ?」

「紙っていうのは......」

 そういえば生まれてこのかた、紙の説明をしたことなんてない。
 紙を使用しない地域を訪ねることはあったけど、フィールドワークの時はいつも鉛筆とノートを持ち歩いていたから。

「何も繋がっていない記録媒体、かな」

「繋がっていない?」

 ナナリエはうっすらと眉間に皺を寄せた。いや、ギリギリ寄っていない。

「うん。晶盤......?みたいに他の情報にアクセスしたり、更新されたりしないってこと」

 ナナリエは不可解そうに私の言葉を聞いている。

「そこに書いたものだけが、そこに残る」

 私は手探りで、紙という機能を言葉に落とし込んだ。

「......閉じているのね」

 やがてナナリエは私の意図を捉えた。

「そう、閉じているし、増えないし、変わらない」

 メモをちょっととる、走り書きをする、そういう行為がこの庁舎では見られないのが気になったんだ。でも、この庁舎内だけでなく、この世界でメモをとるということは、もしかしたら......

「それはひとつずつ作るの?」

 ナナリエの数え方を聞くと、どうやら本当に紙はなさそうだ。

「そう、一枚ずつ」と私は言い直す。

「一枚?まるで葉のようね」

 葉のよう、とは。確かにそうかもしれないと思った。

「同じ内容を複数残すことは?」

 ナナリエがひとつずつ確実に疑問を潰しに来ている。

「書き写すしかないかな」

 印刷やコピーについて説明しだすと、私の伝えたい紙の機能が正確に伝わらないと思った。

「非効率ね」

 ナナリエは小さな声で言った。


「それで記録を管理するのは大変そう」

「うん。少し不便だけど」

 私は付け足した。

「その一枚に全てが詰まっているの」

 私の一言に、ナナリエはわずかに目を見開いた。
 だけど、結論は出さずに、何か考え込みながら歩き出した。

 考える時に歩くのはナナリエの癖みたいなものだ。
 私もナナリエの揺れる髪を追って歩き出した。


 庁舎の中を歩いていると、騒がしい一角に出た。

 どうも正面玄関らしい。
 私たちがこの建物に入る時に通った扉を、八枚くらい並べたような規模の入口だった。

 正面玄関付近には、不自然な“滞留”があった。

「......完全に遅滞」
 ナナリエが、ロビーを見渡して言った。

「まだですか」「朝から待っているんですが......」などと、訴えの声が聞こえる。

 並んでいるのは、明らかに一般の人々だった。
 簡素な服装の男女、子供を連れた母親、年配の男性。

 対して奥の机では、豪華な衣服の人たちが優先的に処理されている。

 ナナリエの眉がわずかに寄った。

「......系譜照合に人員を割きすぎているのね」

「けいふ?」

「春の祭り――結環ゆいかんの儀の準備。
 王族とそれに準ずる血統の確認よ。あれが終わらないと儀式に入れないから」

 祭りの名前は正確にはわからない。
 ナナリエは両手で何かを結ぶ動きと、指で輪をぐるぐる回す動きをした。

 結びと、循環、この二つを伝えたかったみたい。

 とにかく何らかの祭典の準備に人員をとられているらしかった。

 祭典の準備に、系譜――戸籍らしきものの確認が必要らしい。

 入口の列を見て言葉が止まる。

 たしかに、回っていない。

「一般の戸籍手続きが後回しになっている......」

 ナナリエの言葉通り、現場は明らかに機能不全に陥っていた。
 一般市民の窓口は完全に棚上げされている。


 そのとき。

「いつまで民を止めおくつもりだ」

 低く、しかし驚くほどよく通る声が、淀んだ空気を一閃した。
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星粒のリテラエ作者:はなちゃん
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 琥珀宮の一角にある庁舎は、歴史を感じる厳かな建物だった。

 何故か、ナナリエは私をここへ連れてきた。

 吹き抜けのロビー、大勢の人が一度にすれ違えるほど広々とした階段。
 私の記憶の中にある街の、市役所みたい。

 ロビーにはカウンターが続き、役所の人が薄い板状のものに手をかざして作業をしていた。
 その板は淡く光を帯びている。

 とても見覚えのある、あれは......

「あの人たちが持っているの、タブレット?」

「......たぶれっと?」

 ナナリエは私の視線を追い、すぐに何を指しているのか理解したように小さく頷いた。

 けれど、質問には答えず、自分の手の甲を私に見せた。
 そういえば右手の中指にラピスラズリの指環をしている。

「これは、環かん」

 ナナリエは指環ゆびわを指して言った。

 えーっと、本当はカレンダエ独特の音だったけど、
 指環みたいな形状のものだから――とりあえず、環と呼んでおこう。

「環?」

「個体認証と、情報接続のための端末よ」

 端末?アクセサリーじゃないのかな?ウェアラブル端末ってこと?
 ......こういうの、苦手なんだよね。初期設定とか、いつも誰かに任せっきりだったし......。

 個体認証って......そういえば、挨拶をするとき必ず右手の手の甲を見せるけど、もしかして環を見せていたのかな?

 ナナリエの屋敷のお手伝いさんたちは、ラピスラズリが多かったし、
 ここ――琥珀宮?では琥珀や黄色っぽい石をはめ込んだ環をつけている人をよく見る。

「そして彼らが使用しているのが晶盤しょうばん。記録を保存し、読むための結晶媒体」

 結晶の板、みたいなものか。......晶盤でいいか。

 音より意味で拾った方が早いな。

 ナナリエが淡々と続ける。

「あなたの言うタブレットが情報を書き込むためのものなら、同じかもしれない」

 私はさりげなく近寄って、忙しなく作業をする人たちの手元を見た。

 机の上に置かれた板――晶盤の表面は数少ない記号の羅列で意味はわからない。
 これがこの国の文字?文字とは違う気がする。
 まったくわからない。

 だけど、誰も手で晶盤に触れていないことだけはわかった。
 手をかざしているだけ。

「晶盤は、外にある記録」
「環は、それに触れるためのもの」

 タブレットやパソコンと役割は同じと言えそう。
 いや、もっと直接的。
 頭のイメージを、身体を通じてそのまま晶盤に移動しているように見える。
 入力というより、出力って感じ。

 でも晶盤を操作するためには環が必要なんて、紙にペンで書くみたい。

 ......ん?
 なんだろう、このひっかかりは。
 誰も、何も“書き留めていない”。

 受付をする人、申請をする人、カウンターの奥の事務スペース、もう一度よく観察する。

「ねえ、紙はないの?」

 書類、と言えるものがどこにもなかった。

「カミ?」

「紙っていうのは......」

 そういえば生まれてこのかた、紙の説明をしたことなんてない。
 紙を使用しない地域を訪ねることはあったけど、フィールドワークの時はいつも鉛筆とノートを持ち歩いていたから。

「何も繋がっていない記録媒体、かな」

「繋がっていない?」

 ナナリエはうっすらと眉間に皺を寄せた。いや、ギリギリ寄っていない。

「うん。晶盤......?みたいに他の情報にアクセスしたり、更新されたりしないってこと」

 ナナリエは不可解そうに私の言葉を聞いている。

「そこに書いたものだけが、そこに残る」

 私は手探りで、紙という機能を言葉に落とし込んだ。

「......閉じているのね」

 やがてナナリエは私の意図を捉えた。

「そう、閉じているし、増えないし、変わらない」

 メモをちょっととる、走り書きをする、そういう行為がこの庁舎では見られないのが気になったんだ。でも、この庁舎内だけでなく、この世界でメモをとるということは、もしかしたら......

「それはひとつずつ作るの?」

 ナナリエの数え方を聞くと、どうやら本当に紙はなさそうだ。

「そう、一枚ずつ」と私は言い直す。

「一枚?まるで葉のようね」

 葉のよう、とは。確かにそうかもしれないと思った。

「同じ内容を複数残すことは?」

 ナナリエがひとつずつ確実に疑問を潰しに来ている。

「書き写すしかないかな」

 印刷やコピーについて説明しだすと、私の伝えたい紙の機能が正確に伝わらないと思った。

「非効率ね」

 ナナリエは小さな声で言った。


「それで記録を管理するのは大変そう」

「うん。少し不便だけど」

 私は付け足した。

「その一枚に全てが詰まっているの」

 私の一言に、ナナリエはわずかに目を見開いた。
 だけど、結論は出さずに、何か考え込みながら歩き出した。

 考える時に歩くのはナナリエの癖みたいなものだ。
 私もナナリエの揺れる髪を追って歩き出した。


 庁舎の中を歩いていると、騒がしい一角に出た。

 どうも正面玄関らしい。
 私たちがこの建物に入る時に通った扉を、八枚くらい並べたような規模の入口だった。

 正面玄関付近には、不自然な“滞留”があった。

「......完全に遅滞」
 ナナリエが、ロビーを見渡して言った。

「まだですか」「朝から待っているんですが......」などと、訴えの声が聞こえる。

 並んでいるのは、明らかに一般の人々だった。
 簡素な服装の男女、子供を連れた母親、年配の男性。

 対して奥の机では、豪華な衣服の人たちが優先的に処理されている。

 ナナリエの眉がわずかに寄った。

「......系譜照合に人員を割きすぎているのね」

「けいふ?」

「春の祭り――結環ゆいかんの儀の準備。
 王族とそれに準ずる血統の確認よ。あれが終わらないと儀式に入れないから」

 祭りの名前は正確にはわからない。
 ナナリエは両手で何かを結ぶ動きと、指で輪をぐるぐる回す動きをした。

 結びと、循環、この二つを伝えたかったみたい。

 とにかく何らかの祭典の準備に人員をとられているらしかった。

 祭典の準備に、系譜――戸籍らしきものの確認が必要らしい。

 入口の列を見て言葉が止まる。

 たしかに、回っていない。

「一般の戸籍手続きが後回しになっている......」

 ナナリエの言葉通り、現場は明らかに機能不全に陥っていた。
 一般市民の窓口は完全に棚上げされている。


 そのとき。

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