第6話 ナナリエ、お茶会をめんどくさがる
その日の朝、ナナリエは仏頂面だった。
この宿らしきところに泊まり始めて、三週間くらい経った頃のことだ。
―――いちおう、一つ目の太陽が昇って朝が来るたびに、私は庭園で拾った石を窓辺に置いて日にちを確認していた。
今朝十九個目の石を置いたところだった。この国に一週間という単位があるのかは知らない。
三週間経ち、この国の言葉をずいぶん理解できるようになっていた。
ナナリエの留守中に一人で街を散策できるほどには。
道も聞けるし、食事も頼める。
完璧だ。
ただし三回に一回は、なぜか違うものが出てくる。
ナナリエは私の言葉の習得に根気強く付き合ってくれた。
寝食を共にしながら、私たちは他愛のないことを喋り続けた。
ただ困惑しているのは、ナナリエの好む食事が、ドロドロの甘いスープと味のない岩塩みたいなものだということと、一日に何度か、彼女が私の黒い髪と瞳を真剣な眼差しで観察してブツブツ呟くことだ。
出会った時に髪の毛を接続した現象について質問してみたが、難しい専門用語を乱発されて、現時点では理解できていない。
また驚くべきことに、この立派な宿らしきものは、ナナリエの別荘らしい。
どうりで他の宿泊客もおらず、従業員たちがナナリエの顔色ばかりうかがっているわけだ。
ナナリエはお金持ちのお嬢様なのだろうか?
そして今日、ナナリエはお手伝いの人たちに囲まれて粧し込んでいる。
真っ白で高そうな着物は、裾がスカートのようにふわりと広がっていて、白地の上で金糸の刺繍が、植物の蔓のように生き生きと伸びていた。
両肩からは、夜の深みを切り取ったような濃紺のマントを羽織り、結い上げられた乳白色の髪が、彼女の横顔を端正に引き立てていた。
胸元には、星空を閉じ込めたような瑠璃色のブローチ。
――これは、ラピスラズリかな。宮沢賢治が夜空に例えた、あの石。
星空を守護する女神が降臨したようだ。
ナナリエは美しい。まあ、なぜか不機嫌そうではあるんだけど。
たしかに彼女は普段からそれほど表情が豊かな方ではないが、今日はいつも以上に表情が消えている。
「お茶、だよ」
ナナリエは言った。
どうやら、お客さんを招いてお茶会をするらしい。
ティーパーティーというやつだろうか。
「どうして、表情が硬いの?」
私もナナリエのマントと同じ濃紺のスカーフを巻いてもらい、同席を許された。
鏡に映る異国の衣装に身を包んだ私――ではなく、見知らぬ少女。
初めてここへ来た日の、あの、空間にぽっかり穴が空いたような黒い瞳は、今はわずかに光を反射して多少の生気を感じられる。
石の上にも三年、住めば都、他人の体も三週間もすれば慣れるものだ。
「めんどくさい......」
ナナリエは絞り出すように呟いた。
お茶会が楽しみで仕方がない私には、彼女の暗い表情が不思議だった。
とりあえず、彼女の不満を聞きながら、私たちは中庭に出る扉をくぐった。
石畳の小道はS字カーブを描き、柔らかい色の草花が生えている。
小道を進むと、庭の奥に白い東屋が見えてきた。
その手前に、八重咲の黄色い花を咲かせたアーチが配置されていた。
露骨に顔をしかめたナナリエが庭園のアーチをくぐると、お手伝いさんが恭しく頭を下げた。
「ナナリエ王女殿下、お客様がおそろいです」
ナナリエは一瞬だけ天を仰ぎ、覚悟を決めたように歩き出した。
その後ろ、一瞬、間を置いて、私は感嘆の叫びをあげた。
「ナナリエ、王女様だったの!?」