第7話 蜂蜜色のお茶と、どこか噛み合わない会話
百花繚乱の庭園には、白い大理石のテーブルが、ゆるやかなCの字を描いて配置されていた。
Cの字の内側にはもう一つ、小さな円卓があり、透明な茶器と陶器の湯壺らしきものが置かれている。
ここで主人が茶を淹れるのだろう。野点のようだ。
テーブルの外側には年頃のお嬢さんたちが三人、大理石のスツールに腰掛け、内側には、ただ一人、お茶会の主人であるナナリエが立っていた。
和やかに語らう三人のお嬢さんたちと並んで、私も一番端に座った。
お嬢さんたちの談笑が一瞬止まって、視線の端で私を確認された気がしたけれど、何事もなかったかのように、お嬢さんたちは談笑を再開した。
「ケセラン」
ナナリエが礼をすると、
「パソラン」
と、お嬢さんたちも応える。
そして始まった。
ナナリエは長い細い柄杓をとった。
柄杓が静かに持ちあがる。
湯が落ちる。
ナナリエのゆるやかで無駄のない動きは、まるで巫女の奉納のようだった。
高い位置から細く注がれた湯は、ガラスの茶器の中で静かに回り、蒸気が立ち上る。
ナナリエの虹色の瞳が、その蒸気を見つめている。
まるで何かを計算しているみたいに、視線は鋭い。
空気が張り詰める。
お嬢さんたちも、しばし息を飲んでいた。
ガラスの器に蜂蜜色のお茶が注がれ、一人ずつ配られる。
最後の器を配り終えると、ナナリエが席に着いた。
空気が少し緩んだ瞬間だった。
「素敵なお点前ですわね」
一番真ん中に座っていたお嬢さんが、うっとりと言った。
あ、「ですわね」と言っていたかは定かではない。
私が雰囲気で訳しているだけだ。
「さすがナナリエ王女殿下」
このお嬢さんは蜂蜜色のストールを巻いている。
そして胸には琥珀――アンバーのブローチ。
会話の中だけでは名前が聞き取れなかったので、仮にアンバー嬢と呼ぼう。
アンバー嬢の左にはレモン色の宝石をつけたお嬢さんが、右にはオレンジ色の宝石をつけたお嬢さんが姿勢よく座っている。
――レモン色はシトリン、オレンジ色はトパーズ。
ふいに頭の中にその宝石の名前が流れ込んできた。私は石にも宝石にも詳しくない。これは、誰の記憶だろう?記憶の半分が黒く塗りつぶされた感じ。そこから断片的に何かが転がり出てくる。
胸の中に一抹の違和感を覚えつつも、春の花のように香る蜂蜜色のお茶に、私の意識はお茶会へと引き戻された。
お茶はバニラのような甘い香りで、渋みもなく飲みやすかった。
まるで、ここに集うお嬢さんたちのように。
とりあえず、レモン色の子はシトリン嬢、オレンジ色の子はトパーズ嬢と呼んでおこう。
三人とも金色や茶色の柔らかそうな髪をしている。
そういえば、街でもゴワゴワの黒い髪は見たことがない。
ナナリエが私をお嬢さんたちに紹介してくれなかったので、会話に入りにくい。
私は端っこで彼女たちの会話を静かに聴くことにした。
しばらくお互いの装いを褒め合ったのち、唇のぽってりした美人・トパーズ嬢が話題を振った。
「もうすぐ春祭りですね」
ナナリエは一瞬の間をおいて、「人流が増加する......警備体制の確認を......」と、独り言のように呟いた。
――違う、今のはそういう話ではなかった。ナナリエはわずかに口を閉じる。
その場に一瞬の空白が落ちた。
シトリン嬢とトパーズ嬢が視線を交わすのが見えた。
その空白を埋めるように、アンバー嬢がおっとりと話を繋いだ。
「楽しみですわね。今年から王子殿下と王女殿下が舞うのでしょう?」
「王女殿下は今年、成人を迎えられましたものね」
ゴージャスを絵に描いたようなシトリン嬢が、落ち着いた口調で言った。
三人は口々に祝意を示す。
ナナリエは軽く感謝の言葉を返したが、話題は広がらなかった。
そうか、ナナリエは今年で成人なんだ。
節目の年なんだなあ。私も何かお祝いしてあげたい。
......などと考えているうちに、話題は春祭りに戻っていた。
「王子殿下も琥珀宮に戻られて、お衣装合わせなどご準備なさっているようですわ」
「まあ、ハルジオン様が?」
シトリン嬢は目を見開いた。
彼女には「金ならあります!」という華やかさがある。
「素敵」
三人はうっとりとため息をついた。
「どんなお衣装かしら」
「ハルジオン様、素敵ですわよね」
「金色の髪が陽に透けて」
「背も高くて」
「演説されるお姿の凛々しいことと言ったら!」
「あの笑顔を向けられたら溶けてしまいますよねー!」
おお。どこの国でも、イケメンは女子会で酒の肴だな。
今飲んでるのはお茶だけど。
しかしハルジオンとかいう人、すごい人気だ。
この国の王子、ということはナナリエの兄弟だろうか?
「なるほど」
ナナリエは頷いた。
――情報としては理解した、という顔で。
お嬢さんたちは一瞬沈黙する。
沈黙を消そうと、再びナナリエが口を開いた。
「たしかに......髪は金色で、背は高いですね......」
ここは共感を必要とする場面だということを、もしかしたらナナリエは気づいたのかもしれない。そんな、思考の微妙な“間”があった。
シトリン嬢の笑みに凄みが増したような気がした。でも、巧みに隠されている。
トパーズ嬢が気を取り直してナナリエに質問した。
「ナナリエ様は、ハルジオン様とは幼い頃から親しい間柄なんですよね?」
お嬢さんたちが一斉に色めきたった瞬間だった。
いよいよ本丸と言わんばかりの期待の眼差し。
ん?なに、この雰囲気?
――期待と、値踏みと、大いなる好奇心、だろうか?