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第二幕 林檎

『地獄』を見た。
人が抵抗する間もなく殺される。許しを乞う、せめて家族だけと願う、何をしたと疑問を抱くそんな感情を抱いたとしても言葉にする間もなく殺される。
何故か、そんな景色を自分はやけに冷静に眺めている。
自分さえも、そんな景色の一部だった。
走ってる最中、後ろから来る光の兵と目が合う、もちろん光の兵には目などはないが。
体は死を確信しても、死の淵を眺めたせいで恐れを抱かなかった。
けれど光の兵は僕を襲うことはなく、前にいる女性を襲った。
剣を一振り、それだけで人が脆く崩れ、女性は息絶えた。
体が断末魔を認識しても、心に届く断末魔はノイズがかっている。
光の兵はこちらを振り返る。魔力の流れもない幾何学的な見た目をした兵が。
ヒュンという矢の音が4回並んで鳴る。
1秒の間を開けた後、光の兵に刺さる。
一つは眉間にもう三つは四肢の関節へ刺さる。
光の兵が狼狽える。
「君!!走れ!!こっちまで走るんだ!!」
声の鳴る方へ向く。
関所には武装した兵が集まっていた。
咄嗟に全ての力を振り絞って走り出す。
ざっと四十メートル。
全ての冷静さを捨てて走る。
光の兵が体勢を直して、こちらに走って向かってくる。
後、十メートル。
光の兵の気配がすぐそこまで来る。
ゴォォと空気を裂く音がした。
光の兵が剣を投げる。
己の死を直感した。
ゴォン!!剣が盾に当たる。
「少年急げ!!」
大盾を持った兵が剣を抑えながら言った。
その兵に続き、数人の兵が走り光の兵の元へ向かい、戦闘をはじめた。
僕は関所にかろうじて転がり込んだ。
「そこの藍色のバックをした君!!レノン君だっけか!!ファルの居場所を知らないか!!」
背がすらっとした少し僕より歳の高い女性が聞いてきた。
首を横に振る
「兄さんとは家で別れてそれっきりわかりません」
「そうか、わかった君はこれから馬車に乗ってアルヴェリア王国まで向かってくれ。
おい、イェーグさん私、大門の方まで向かってくる!!
私のことは気にせず市民の避難が済んだら構わず逃げて!」
そう言い女性は飛び去っていった。
「お、おう、わかった任せてくれ!!」
武装した兵の一人が答え、盾を構え直した。
◇◇◇
馬車は苦しそうな音を立て走り出した。
馬車の外には人がところどころにいる、彼らは魔獣の餌にでもなるだろうか、それとも飢え死ぬのだろうか。
空の雲は、地上の故郷の光を反射して、故郷の上だけが赤く光っている。
そんな景色を眺めてる群衆の顔も、馬車の中にいる人と同じ顔をしていた。
ただ少し身なりが整った女性は故郷に対して周りと違う顔をしていて、レノンの無意識の中に残っていた。
レノンにはこれからの不安などはなく、心に深く後悔と喪失の悲しみが入り混じっていた。
そんな顔を朝日は照らしていた。
◇◇◇
群衆の音が聞こえる。
少し聞きなれない訛りが耳に入る。
どうやらアルヴェリア王国にいるらしい。
路地裏に転がる自分の体を起こす。
頭がズキズキと響く。
記憶が強迫観念のように思い出される。
「う...!」
吐き出す。
胃にものがなかろうと。
吐き出す。
嫌な記憶も、あの日々も。
吐き出す。
何にもなくなっても。
ハァハァハァハァハァハァ
目頭が熱い、体が脳の指令に反発するように体の自由がきかない。
口の中が気持ち悪い。
そんな心情すら気持ち悪い。
吐いても忘れられない。
あの生暖かい血の感覚。
母さんの顔。
あの光の化け物の目線も。
体をうずめる。
何にもできない。
兄貴に託された約束を何もできなかった。
母さんが死んだ。
友人も死んだ。
大切な人が死んだ。
あの知らない人の断末魔を思い出す。
吐き出す。
内容物はなく、声しか残らない。
あの時、安心なんかせずにいたら。
母さんは。
母さんを。
頭が痛い。
脈を打つ度に頭に釘を打たれるように。
思い出がこだまする。
ごめんね
ごめん
すまんな
ごめんね
ごめんね
ごめんね
許してね
痛い
無理だ
あぁ......
「ちくしょう...」
腹が空いてる。
まだ生きている。
それすら気持ち悪い。
強くうずくまる。
声を殺して泣きながら。
◇◇◇
人々の声が聞こえる。
身寄りのある人に会いにきている、それと慈善団体らしき人々が施しを与えている。
そんな中、一人の少女がレノンの元までやって来る。
「久しぶりだね、お兄さん」
「......」
「ごめんねあなたのこと何にもわからなくて、何にも理解できなくて」
はっとなる、いつもなんで悪くない奴が謝るんだ。
「あなたがくれたりんごとっても嬉しかったんだ
...覚えてないかもだけど」
一筋の記憶が光る。
「だから、あなたにお返しがしたかったんだけど、...なかなか会えなくてさ」
少女はうずくまるレノンを見つめる。
「こんな形になっちゃっだけど、これあげるね」
少女はそう言いつつレノンの前に藁で編んであるバッグを置いた。
そこには、りんごが入っていた。
レノンは顔を上げて少女を見る。
少女は笑顔で返事をした。
闇夜に輝く満月のような笑顔だった。
「あ!寒いだろうからこれもあげるね」
少女は上着を脱いでレノンに不器用にかけた。
「できるだけ早く屋内に入った方がいいよ
最近この国も物騒になってきたから...」
少女はそう言ってレノンの元を数歩離れていった。
何かを思い当たったのか少女は立ち止まった。
「あなたがどれだけ苦しい状況かわからないけど、
あたしを...誰かを頼って、自分だけで抱え込まないで、自分をただ責めないで」そう残して闇夜に消えていった。
その言葉がとにかく暖かった。
泣いた、顔をくしゃくしゃにして。
泣いた、自分の服がびしょびしょになるまで。
泣いた、涙が枯れるまで。
◇◇◇
 街角の廃墟の野屋に光が差した。
藁の袋の中は空になってしまった。
泣き疲れたせいで、無防備にぐっすりと眠れた。
でもまだ頭がズキズキ鳴っている。
でも足踏みしてはいられない、ちっぽけな可能性にすがるんだ、まだ兄貴が死んだのを見てない。
信じるんだ兄貴を。
最悪身分を、自分の利点を証明できるものがある。
こっからここで変えていかなきゃ母さん、母さんを裏切ってしてしまう。
壁を使って頑張って立つ。
市場でもいい、どこでもいい、状況を知らなくちゃいけない。
◇◇◇
日が暮れた。
状況が分かった。
ヴォレジア王国によって故郷が滅ぼされた。
それだけだった。
分からないことがほとんどだ。
でも、一歩を踏み出した。
安全な寝床を早く見つけなくてはと考えつつ、路地裏に腰を下ろした。
なにも考えたくなかったから月を探した。
そしたら近くから男女の声が聞こえてきた。
「もぉ!さっきの人で良かったじゃない!
変な趣味も無さそうだし、叙位五位を持ってたらしいし!」女の声だった。
「キミは考え無しか?彼は戦闘に巻き込まれた時、悲しむ身寄りのある人がいる、そしてそもそも叙位五位か証明できるものがなかったじゃないか」
「はぁ!私に文句を言うの!!」
「これだからお嬢様って呼ばれ続けるんだよキミは。まぁなんせ私の目が彼は良くないって言っているんだ、信じてくれたっていいじゃないか」
「ぐぬぬ
ハァ分かったわよもう」
そんな会話をしつつ近づいてきた。
月明かりで男の顔がはっきりと見える。すると自然にその男と目が合う。
「そうだ、あそこにいる少年なんかどうだ」
「は、あんた頭狂ったんじゃないの?」
「ニーロの民だろう、逃げ切れるほどの実力もあるだろうし、見るに身寄りもなさそうだろう
それに私の目が彼を良いと言っている」
「わかったわよ」
女性は深呼吸をした。
「君、魔術は得意か?」
男性が無表情で聞いた。
「それと家族は?」
レノンは何も理解できなかった。
何者だ、この二人は。
「...どちら様ですか?」
つい、そう問い返していた。
女性が笑った。
「あ、そっか。紹介がまだだったね」
女性は軽く頭を下げた。
「不躾でごめんね。私はライア」
「レイルだ」
男性は短く名乗る。
「得意です家族は...いません
そもそもなんで人が必要なんですか?」
兄貴のことを言ったらチャンスを失いそうな気がして嘘をついた。
「これは言って良かったんだっけか...」
そう呟いてから女性は男性の方をちらりと何か確認するかのように振り返った。
男性が頷いた。
「今、この国で戦争が起きてるって言ったら信じる?」
予想の斜め上を行った。
‥けど少女の言葉の意図がやっと分かった。
「...信じますよ
それに、疑う理由もないし...」
「そう、それじゃ話が早い」
「けど戦争が起こってる理由を教えることできますか?」
そう聞いたら、もう一度レイルと名乗る青年の方を向いた。
「はぁ...だからキミはお嬢様と言われるんだよ」
「わかったわよ」
「万能の願望機って名前を聞いたら、魔術に精通してる君なら分かるわよね」
本や先生から、耳や目が腐るほど聞いたモノだ。
古臭い魔術師がいつも言うから、自分の領域のことだけれど関係のないモノだとずっと思っていた。
けど、いざそれが話題になると驚かずにはいられなかった。
「...はい」
「それでね、私はこの願望機、いわばこの戦争のトロフィーを獲得したいの
それで勝つために人手が必要なの
まあそんな強く願うほどの願いはないけど」
「じゃあなんで危ない戦いになんか身を投じるんですか?」
「...その願望機を渡したくない人がいるからという理由だけで信じてくれるかい?」
「信じます
じゃあ特に願いはないんですよね」
「そうだ」
不躾かもしれないのに聞いてしまった。
「じゃあ!!僕の願いを!!
...叶えるのに使ってもいいですか?」
思い上がってしまったと思う。願いが言語化すらまだしてなかった。
光の兵達に復讐するのか。
兄貴に会うためなのか。
そんなんじゃなかった。
あそこじゃなきゃ自分は幸せになれないと思った。
だからあの日をあの場所を元に戻したかった。
「おっと、話が少し逸脱しすぎてる」
レイルが聞いてきた。
「まだ君が参加するとは決まってない
君の過去は知らないが、この戦いで不幸になる可能性の方が高い。それに、手に入るとは限らない
それでもいいのか?」
「願いが叶えられるなら
...大丈夫です」
沈黙が落ちた。
「へぇ」
ライアは頷く。
レイルは複雑そうな顔をしていた。
申し訳なさが混じったような顔だった。
「随分と傲慢だ」
そうライアは答えた。
「だが」
ライアはレノンを見つめた。
そして不敵な笑みを浮かべて続ける。
「その顔は嫌いじゃない。むしろ、魔術師らしい」
◇◇◇
僕は口頭だけの約束に流されて、彼女らの拠点に付いて行った。
ライアと名乗る女性は最初は大人びたような無邪気なような雰囲気を感じたけれど、よく見ると顔つきはからしてまだ成人しておらず、一、二歳ぐらいしか年が離れていないように感じた。
でもレイルは二十歳を超えている。
まさしく青年と呼べるような風格を醸し出しているが、どこかより年配のような冷静さも感じられた。
「そういえば君名前を聞いていなかったじゃない、なんて言うんだ?」急に僕に質問をふってきた。
「えっとレノン・エルダって言います」
「悪くない響きね。これからはよろしくねレノン」
「あともう一つ結構重要なことだから
君の魔術的特性と刻印の場所が分かってたら教えて」普通は他人に言わないようなことを聞いてきた。
「特性は解析って言われてます」
「解析ね...」少し考えているような返事だった。
「刻印は目にあります」
「まぁ便利なところにあるのね
予想以上の働きが期待できそうね」
質問できそうな雰囲気が回ってきた。
「じゃあ僕から質問させてもらうんですけど
今回の事件について知っていることはありますか?」
「ごめん、それはまだ答えられない
これはレノン君のためでもあるし私のためでもあるの」
「はぁ...」
彼女の顔を覗き込む。
彼女の悔しそうな顔から深入りはしないように決めた。
無言が続いていた。
気づけば、道が整理されていないところまで来ていた。
「あっ」足が縺れて体が崩れる。
「おっと、危ない危ない」そう言いながらレイルは僕の体を掴んだ。
「やっぱ疲れてるじゃないか。
一人で歩けるか?」
「ありがとうございます
もう大丈夫です、歩けます」
「厚かましかったな
あとこれから敬語は不要だ
背中を預ける仲間だからな」
◇◇◇
数十分ほど歩き、山の麓あたりにある少し大きめな拠点というにはあまりにも家らしい建物についた。
「なんでこんな不便な立地なんですか?」
疲れている体に追い打ちをかけられたせいで、礼儀を忘れて質問をする。
「それは...」
ライアは決まりが悪そうにしている。
「なんですか?」答えない。
「それはだな、こいつが大がつくほどのケチだからだ」レイルが割って入る。
「もぉそこまで言わなくたって良いじゃない!!」
「彼も疲れてるはずだから早く上がろうじゃないか」
恥ずかしがるライアを無視してレイルが提案する。
中に入るとそこは山小屋と宿泊施設が合わさったようなところだった。
「レノン、君は左手前の部屋を使ってくれ
20分もしたら呼ぶからそこまで時間を潰しといてくれ」
そう言われてベットと机、クローゼットしかない部屋に一人置かれた。
名前すら知らない少女から貰った少しサイズの合わない服をクローゼットにしまう。
できるだけなんも考えないようにしていたら、ドアがノックされた。
「レノン君の歓迎会兼改めての面接の時間だ」
「はぁ」
「そんな畏まらず肩の力を抜いて受けるといい
どうせ相手はライアなんだから
あとそのバックを持ってから来てくれ」
そんな会話をしながら食卓へと向かい入れられた。
僕の席の前には少し身なりを整えたライアが座っていた。
食卓には3つほどの品が並べられていた。
特に気になったのは豚汁だった。
「さぁ早く食べるといい、せっかく君の故郷でよく食べられていた品をチョイスしたんだ」
一口啜った。
具材の大きさも、味噌の濃さも、咄嗟に用意したような盛り付けも初めてだった。
でも懐かしかった。
「―――う」
視界が滲んで世界が見えなくなる。
「どうした、泣くほど美味いのか?」
「はい」
「そうか...」レイルが黙りこくった。
「なんか物思いに耽ているところ申し訳ないけど早速本題へ行こう」
ライアが口を割った。
「まずは証明できる書類とやらを見せてちょうだい。」
バッグの中のややくしゃくしゃになった書類を見せた。
「ふーん、さすがって言うべきか、なんと言うか
疑ってはいなかったけれどこの若さで四位はすごいわね」
「ありがとうございます」
「ニーロの教育はしっかりしてると聞いているけどその賜物ね、ちなみに今何歳だっけ?」
「十五歳です」
「うーん、この国だとまだ成人してないのか
じゃあ私はこれから形式上はあなたの保護者となるわけか」
「はい!?」
「いやー、君もそこをつっこむのか、一応私こう見えても成人してるんです」
ドヤ顔で答えた。
横からはレイルのため息が聞こえた。
ため息を聞いたらライアは露骨に嫌そうな顔をした。
「まあそこは置いといて、これから君には奥の部屋にある、礼装の改造、改良を任せたい
見た感じ魔術や武術の心得はあるように見えるけど、経験が乏しいようにも見える
保護者として君の身は君自身が守れるようにする義務もある。
だから私が判断するまで戦闘の介入はできるだけしないように」
ライアはそう言った。
矢継ぎ早にレイルが話しかけた。
「自分の服の洗濯、買出しなど基本的なことは自分でするんだぞ」
業務内容の話をし終え、ご飯に本格的にありついた。
どれもこれも故郷の味に寄せていて美味しかった。
雑談も混ぜつつ食事は終わった。
レイルは厨房へ、ライアは奥の部屋に戻って行った。
玄関の前の開けたリビングのような場所に置いてあるソファに腰を下ろした。
「はぁぁ」
一気に息を吐き出す。
情報が多くて理解が時々追いつかない。
天井を見上げる。
柔らかみのある木でできていた。
—ああ
やはりぼーっとすると思い出してしまう。
辛い思いが。
ソファの上で丸くなる。
――ああ
兄貴だったらどうするか、そんなことを考える。
意味を持たずとも。





トントントン
三回玄関をノックする音が鳴る。
トントントン
繰り返し
「レイルさん?」
僕は咄嗟に聞く。
「知らん来客だ」
レイルが口に人差し指をかざす。
「どなたかいらっしゃいませんか?」若い女性の声がする。
「物音がするのですけど...」
レイルは何かを察知し大きな声でライアを呼ぶ。
「敵襲だ!!ライア!!」
それと同時にドアが蹴破られる。
「あら...いるじゃないですか」
フードに身を包んだ小柄な女性が立っている。
けれど、女性というには幼い雰囲気もある。
右手には彼女の背丈ほどの鎌を持っている。
風のようにライアが走り彼女の元へ向かう。
轟音、
「荒々しいわね!!」ライアが叫ぶ。
彼女の手にはガントレットが嵌められていた。
その手を彼女は鎌で受け止めた。
咄嗟に僕は壁の後ろに隠れた。
「すいません...答えがなかったので」
女性が答えた。
彼女の紫の目は僕とレイルの位置を確認する。
「一人無関係の方がいるようですが...
私も無関係の人を殺める程残虐非道な者ではないので」続けて女性が言う。
驚きと恐怖を感じる。
「あらあんたは見る目はないのね
あの少年は私の助手よ」
女性は残念そうな顔をする。
「そうですか...」
「それと人の家にズカズカと入ってきて名乗らないのは礼儀がなっていなんじゃないの?」
女性はライアを振り払い距離を取る。
ライアの顔を見て不審な笑みを浮かべていう。
「そうでしたね...
私はステラ
ステラ・カマルと申します」
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『地獄』を見た。
人が抵抗する間もなく殺される。許しを乞う、せめて家族だけと願う、何をしたと疑問を抱くそんな感情を抱いたとしても言葉にする間もなく殺される。
何故か、そんな景色を自分はやけに冷静に眺めている。
自分さえも、そんな景色の一部だった。
走ってる最中、後ろから来る光の兵と目が合う、もちろん光の兵には目などはないが。
体は死を確信しても、死の淵を眺めたせいで恐れを抱かなかった。
けれど光の兵は僕を襲うことはなく、前にいる女性を襲った。
剣を一振り、それだけで人が脆く崩れ、女性は息絶えた。
体が断末魔を認識しても、心に届く断末魔はノイズがかっている。
光の兵はこちらを振り返る。魔力の流れもない幾何学的な見た目をした兵が。
ヒュンという矢の音が4回並んで鳴る。
1秒の間を開けた後、光の兵に刺さる。
一つは眉間にもう三つは四肢の関節へ刺さる。
光の兵が狼狽える。
「君!!走れ!!こっちまで走るんだ!!」
声の鳴る方へ向く。
関所には武装した兵が集まっていた。
咄嗟に全ての力を振り絞って走り出す。
ざっと四十メートル。
全ての冷静さを捨てて走る。
光の兵が体勢を直して、こちらに走って向かってくる。
後、十メートル。
光の兵の気配がすぐそこまで来る。
ゴォォと空気を裂く音がした。
光の兵が剣を投げる。
己の死を直感した。
ゴォン!!剣が盾に当たる。
「少年急げ!!」
大盾を持った兵が剣を抑えながら言った。
その兵に続き、数人の兵が走り光の兵の元へ向かい、戦闘をはじめた。
僕は関所にかろうじて転がり込んだ。
「そこの藍色のバックをした君!!レノン君だっけか!!ファルの居場所を知らないか!!」
背がすらっとした少し僕より歳の高い女性が聞いてきた。
首を横に振る
「兄さんとは家で別れてそれっきりわかりません」
「そうか、わかった君はこれから馬車に乗ってアルヴェリア王国まで向かってくれ。
おい、イェーグさん私、大門の方まで向かってくる!!
私のことは気にせず市民の避難が済んだら構わず逃げて!」
そう言い女性は飛び去っていった。
「お、おう、わかった任せてくれ!!」
武装した兵の一人が答え、盾を構え直した。
◇◇◇
馬車は苦しそうな音を立て走り出した。
馬車の外には人がところどころにいる、彼らは魔獣の餌にでもなるだろうか、それとも飢え死ぬのだろうか。
空の雲は、地上の故郷の光を反射して、故郷の上だけが赤く光っている。
そんな景色を眺めてる群衆の顔も、馬車の中にいる人と同じ顔をしていた。
ただ少し身なりが整った女性は故郷に対して周りと違う顔をしていて、レノンの無意識の中に残っていた。
レノンにはこれからの不安などはなく、心に深く後悔と喪失の悲しみが入り混じっていた。
そんな顔を朝日は照らしていた。
◇◇◇
群衆の音が聞こえる。
少し聞きなれない訛りが耳に入る。
どうやらアルヴェリア王国にいるらしい。
路地裏に転がる自分の体を起こす。
頭がズキズキと響く。
記憶が強迫観念のように思い出される。
「う...!」
吐き出す。
胃にものがなかろうと。
吐き出す。
嫌な記憶も、あの日々も。
吐き出す。
何にもなくなっても。
ハァハァハァハァハァハァ
目頭が熱い、体が脳の指令に反発するように体の自由がきかない。
口の中が気持ち悪い。
そんな心情すら気持ち悪い。
吐いても忘れられない。
あの生暖かい血の感覚。
母さんの顔。
あの光の化け物の目線も。
体をうずめる。
何にもできない。
兄貴に託された約束を何もできなかった。
母さんが死んだ。
友人も死んだ。
大切な人が死んだ。
あの知らない人の断末魔を思い出す。
吐き出す。
内容物はなく、声しか残らない。
あの時、安心なんかせずにいたら。
母さんは。
母さんを。
頭が痛い。
脈を打つ度に頭に釘を打たれるように。
思い出がこだまする。
ごめんね
ごめん
すまんな
ごめんね
ごめんね
ごめんね
許してね
痛い
無理だ
あぁ......
「ちくしょう...」
腹が空いてる。
まだ生きている。
それすら気持ち悪い。
強くうずくまる。
声を殺して泣きながら。
◇◇◇
人々の声が聞こえる。
身寄りのある人に会いにきている、それと慈善団体らしき人々が施しを与えている。
そんな中、一人の少女がレノンの元までやって来る。
「久しぶりだね、お兄さん」
「......」
「ごめんねあなたのこと何にもわからなくて、何にも理解できなくて」
はっとなる、いつもなんで悪くない奴が謝るんだ。
「あなたがくれたりんごとっても嬉しかったんだ
...覚えてないかもだけど」
一筋の記憶が光る。
「だから、あなたにお返しがしたかったんだけど、...なかなか会えなくてさ」
少女はうずくまるレノンを見つめる。
「こんな形になっちゃっだけど、これあげるね」
少女はそう言いつつレノンの前に藁で編んであるバッグを置いた。
そこには、りんごが入っていた。
レノンは顔を上げて少女を見る。
少女は笑顔で返事をした。
闇夜に輝く満月のような笑顔だった。
「あ!寒いだろうからこれもあげるね」
少女は上着を脱いでレノンに不器用にかけた。
「できるだけ早く屋内に入った方がいいよ
最近この国も物騒になってきたから...」
少女はそう言ってレノンの元を数歩離れていった。
何かを思い当たったのか少女は立ち止まった。
「あなたがどれだけ苦しい状況かわからないけど、
あたしを...誰かを頼って、自分だけで抱え込まないで、自分をただ責めないで」そう残して闇夜に消えていった。
その言葉がとにかく暖かった。
泣いた、顔をくしゃくしゃにして。
泣いた、自分の服がびしょびしょになるまで。
泣いた、涙が枯れるまで。
◇◇◇
 街角の廃墟の野屋に光が差した。
藁の袋の中は空になってしまった。
泣き疲れたせいで、無防備にぐっすりと眠れた。
でもまだ頭がズキズキ鳴っている。
でも足踏みしてはいられない、ちっぽけな可能性にすがるんだ、まだ兄貴が死んだのを見てない。
信じるんだ兄貴を。
最悪身分を、自分の利点を証明できるものがある。
こっからここで変えていかなきゃ母さん、母さんを裏切ってしてしまう。
壁を使って頑張って立つ。
市場でもいい、どこでもいい、状況を知らなくちゃいけない。
◇◇◇
日が暮れた。
状況が分かった。
ヴォレジア王国によって故郷が滅ぼされた。
それだけだった。
分からないことがほとんどだ。
でも、一歩を踏み出した。
安全な寝床を早く見つけなくてはと考えつつ、路地裏に腰を下ろした。
なにも考えたくなかったから月を探した。
そしたら近くから男女の声が聞こえてきた。
「もぉ!さっきの人で良かったじゃない!
変な趣味も無さそうだし、叙位五位を持ってたらしいし!」女の声だった。
「キミは考え無しか?彼は戦闘に巻き込まれた時、悲しむ身寄りのある人がいる、そしてそもそも叙位五位か証明できるものがなかったじゃないか」
「はぁ!私に文句を言うの!!」
「これだからお嬢様って呼ばれ続けるんだよキミは。まぁなんせ私の目が彼は良くないって言っているんだ、信じてくれたっていいじゃないか」
「ぐぬぬ
ハァ分かったわよもう」
そんな会話をしつつ近づいてきた。
月明かりで男の顔がはっきりと見える。すると自然にその男と目が合う。
「そうだ、あそこにいる少年なんかどうだ」
「は、あんた頭狂ったんじゃないの?」
「ニーロの民だろう、逃げ切れるほどの実力もあるだろうし、見るに身寄りもなさそうだろう
それに私の目が彼を良いと言っている」
「わかったわよ」
女性は深呼吸をした。
「君、魔術は得意か?」
男性が無表情で聞いた。
「それと家族は?」
レノンは何も理解できなかった。
何者だ、この二人は。
「...どちら様ですか?」
つい、そう問い返していた。
女性が笑った。
「あ、そっか。紹介がまだだったね」
女性は軽く頭を下げた。
「不躾でごめんね。私はライア」
「レイルだ」
男性は短く名乗る。
「得意です家族は...いません
そもそもなんで人が必要なんですか?」
兄貴のことを言ったらチャンスを失いそうな気がして嘘をついた。
「これは言って良かったんだっけか...」
そう呟いてから女性は男性の方をちらりと何か確認するかのように振り返った。
男性が頷いた。
「今、この国で戦争が起きてるって言ったら信じる?」
予想の斜め上を行った。
‥けど少女の言葉の意図がやっと分かった。
「...信じますよ
それに、疑う理由もないし...」
「そう、それじゃ話が早い」
「けど戦争が起こってる理由を教えることできますか?」
そう聞いたら、もう一度レイルと名乗る青年の方を向いた。
「はぁ...だからキミはお嬢様と言われるんだよ」
「わかったわよ」
「万能の願望機って名前を聞いたら、魔術に精通してる君なら分かるわよね」
本や先生から、耳や目が腐るほど聞いたモノだ。
古臭い魔術師がいつも言うから、自分の領域のことだけれど関係のないモノだとずっと思っていた。
けど、いざそれが話題になると驚かずにはいられなかった。
「...はい」
「それでね、私はこの願望機、いわばこの戦争のトロフィーを獲得したいの
それで勝つために人手が必要なの
まあそんな強く願うほどの願いはないけど」
「じゃあなんで危ない戦いになんか身を投じるんですか?」
「...その願望機を渡したくない人がいるからという理由だけで信じてくれるかい?」
「信じます
じゃあ特に願いはないんですよね」
「そうだ」
不躾かもしれないのに聞いてしまった。
「じゃあ!!僕の願いを!!
...叶えるのに使ってもいいですか?」
思い上がってしまったと思う。願いが言語化すらまだしてなかった。
光の兵達に復讐するのか。
兄貴に会うためなのか。
そんなんじゃなかった。
あそこじゃなきゃ自分は幸せになれないと思った。
だからあの日をあの場所を元に戻したかった。
「おっと、話が少し逸脱しすぎてる」
レイルが聞いてきた。
「まだ君が参加するとは決まってない
君の過去は知らないが、この戦いで不幸になる可能性の方が高い。それに、手に入るとは限らない
それでもいいのか?」
「願いが叶えられるなら
...大丈夫です」
沈黙が落ちた。
「へぇ」
ライアは頷く。
レイルは複雑そうな顔をしていた。
申し訳なさが混じったような顔だった。
「随分と傲慢だ」
そうライアは答えた。
「だが」
ライアはレノンを見つめた。
そして不敵な笑みを浮かべて続ける。
「その顔は嫌いじゃない。むしろ、魔術師らしい」
◇◇◇
僕は口頭だけの約束に流されて、彼女らの拠点に付いて行った。
ライアと名乗る女性は最初は大人びたような無邪気なような雰囲気を感じたけれど、よく見ると顔つきはからしてまだ成人しておらず、一、二歳ぐらいしか年が離れていないように感じた。
でもレイルは二十歳を超えている。
まさしく青年と呼べるような風格を醸し出しているが、どこかより年配のような冷静さも感じられた。
「そういえば君名前を聞いていなかったじゃない、なんて言うんだ?」急に僕に質問をふってきた。
「えっとレノン・エルダって言います」
「悪くない響きね。これからはよろしくねレノン」
「あともう一つ結構重要なことだから
君の魔術的特性と刻印の場所が分かってたら教えて」普通は他人に言わないようなことを聞いてきた。
「特性は解析って言われてます」
「解析ね...」少し考えているような返事だった。
「刻印は目にあります」
「まぁ便利なところにあるのね
予想以上の働きが期待できそうね」
質問できそうな雰囲気が回ってきた。
「じゃあ僕から質問させてもらうんですけど
今回の事件について知っていることはありますか?」
「ごめん、それはまだ答えられない
これはレノン君のためでもあるし私のためでもあるの」
「はぁ...」
彼女の顔を覗き込む。
彼女の悔しそうな顔から深入りはしないように決めた。
無言が続いていた。
気づけば、道が整理されていないところまで来ていた。
「あっ」足が縺れて体が崩れる。
「おっと、危ない危ない」そう言いながらレイルは僕の体を掴んだ。
「やっぱ疲れてるじゃないか。
一人で歩けるか?」
「ありがとうございます
もう大丈夫です、歩けます」
「厚かましかったな
あとこれから敬語は不要だ
背中を預ける仲間だからな」
◇◇◇
数十分ほど歩き、山の麓あたりにある少し大きめな拠点というにはあまりにも家らしい建物についた。
「なんでこんな不便な立地なんですか?」
疲れている体に追い打ちをかけられたせいで、礼儀を忘れて質問をする。
「それは...」
ライアは決まりが悪そうにしている。
「なんですか?」答えない。
「それはだな、こいつが大がつくほどのケチだからだ」レイルが割って入る。
「もぉそこまで言わなくたって良いじゃない!!」
「彼も疲れてるはずだから早く上がろうじゃないか」
恥ずかしがるライアを無視してレイルが提案する。
中に入るとそこは山小屋と宿泊施設が合わさったようなところだった。
「レノン、君は左手前の部屋を使ってくれ
20分もしたら呼ぶからそこまで時間を潰しといてくれ」
そう言われてベットと机、クローゼットしかない部屋に一人置かれた。
名前すら知らない少女から貰った少しサイズの合わない服をクローゼットにしまう。
できるだけなんも考えないようにしていたら、ドアがノックされた。
「レノン君の歓迎会兼改めての面接の時間だ」
「はぁ」
「そんな畏まらず肩の力を抜いて受けるといい
どうせ相手はライアなんだから
あとそのバックを持ってから来てくれ」
そんな会話をしながら食卓へと向かい入れられた。
僕の席の前には少し身なりを整えたライアが座っていた。
食卓には3つほどの品が並べられていた。
特に気になったのは豚汁だった。
「さぁ早く食べるといい、せっかく君の故郷でよく食べられていた品をチョイスしたんだ」
一口啜った。
具材の大きさも、味噌の濃さも、咄嗟に用意したような盛り付けも初めてだった。
でも懐かしかった。
「―――う」
視界が滲んで世界が見えなくなる。
「どうした、泣くほど美味いのか?」
「はい」
「そうか...」レイルが黙りこくった。
「なんか物思いに耽ているところ申し訳ないけど早速本題へ行こう」
ライアが口を割った。
「まずは証明できる書類とやらを見せてちょうだい。」
バッグの中のややくしゃくしゃになった書類を見せた。
「ふーん、さすがって言うべきか、なんと言うか
疑ってはいなかったけれどこの若さで四位はすごいわね」
「ありがとうございます」
「ニーロの教育はしっかりしてると聞いているけどその賜物ね、ちなみに今何歳だっけ?」
「十五歳です」
「うーん、この国だとまだ成人してないのか
じゃあ私はこれから形式上はあなたの保護者となるわけか」
「はい!?」
「いやー、君もそこをつっこむのか、一応私こう見えても成人してるんです」
ドヤ顔で答えた。
横からはレイルのため息が聞こえた。
ため息を聞いたらライアは露骨に嫌そうな顔をした。
「まあそこは置いといて、これから君には奥の部屋にある、礼装の改造、改良を任せたい
見た感じ魔術や武術の心得はあるように見えるけど、経験が乏しいようにも見える
保護者として君の身は君自身が守れるようにする義務もある。
だから私が判断するまで戦闘の介入はできるだけしないように」
ライアはそう言った。
矢継ぎ早にレイルが話しかけた。
「自分の服の洗濯、買出しなど基本的なことは自分でするんだぞ」
業務内容の話をし終え、ご飯に本格的にありついた。
どれもこれも故郷の味に寄せていて美味しかった。
雑談も混ぜつつ食事は終わった。
レイルは厨房へ、ライアは奥の部屋に戻って行った。
玄関の前の開けたリビングのような場所に置いてあるソファに腰を下ろした。
「はぁぁ」
一気に息を吐き出す。
情報が多くて理解が時々追いつかない。
天井を見上げる。
柔らかみのある木でできていた。
—ああ
やはりぼーっとすると思い出してしまう。
辛い思いが。
ソファの上で丸くなる。
――ああ
兄貴だったらどうするか、そんなことを考える。
意味を持たずとも。





トントントン
三回玄関をノックする音が鳴る。
トントントン
繰り返し
「レイルさん?」
僕は咄嗟に聞く。
「知らん来客だ」
レイルが口に人差し指をかざす。
「どなたかいらっしゃいませんか?」若い女性の声がする。
「物音がするのですけど...」
レイルは何かを察知し大きな声でライアを呼ぶ。
「敵襲だ!!ライア!!」
それと同時にドアが蹴破られる。
「あら...いるじゃないですか」
フードに身を包んだ小柄な女性が立っている。
けれど、女性というには幼い雰囲気もある。
右手には彼女の背丈ほどの鎌を持っている。
風のようにライアが走り彼女の元へ向かう。
轟音、
「荒々しいわね!!」ライアが叫ぶ。
彼女の手にはガントレットが嵌められていた。
その手を彼女は鎌で受け止めた。
咄嗟に僕は壁の後ろに隠れた。
「すいません...答えがなかったので」
女性が答えた。
彼女の紫の目は僕とレイルの位置を確認する。
「一人無関係の方がいるようですが...
私も無関係の人を殺める程残虐非道な者ではないので」続けて女性が言う。
驚きと恐怖を感じる。
「あらあんたは見る目はないのね
あの少年は私の助手よ」
女性は残念そうな顔をする。
「そうですか...」
「それと人の家にズカズカと入ってきて名乗らないのは礼儀がなっていなんじゃないの?」
女性はライアを振り払い距離を取る。
ライアの顔を見て不審な笑みを浮かべていう。
「そうでしたね...
私はステラ
ステラ・カマルと申します」
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次の話第三幕 魔女
荘周夢蝶の魔術師達作者:ハッピースプリング
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