ホーム町の小さなお守り魔女と、言葉を紡ぐ金の犬〜不老幼女の大魔女、人間の言葉を喋る魔犬たちと暮らしていたら、魔法都市ができていました~第二十九話 魔法学校と、未来への光
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第二十九話 魔法学校と、未来への光

 霊峰ヴァルグヴェルドの深い山に佇む、大魔女モルガナの館。そこには人の言葉を解し、魔法を操る誇り高き『魔犬(クーシー)』たちが数百年の年月を共に暮らしていた。

 ある日、麓のベイスの町に住む、少年ノランと金の魔犬ブランが出会い、やがて故郷の町を守るため大魔女と契約を交わした少年レオンは、白銀の魔犬クゥとともに「町へ降りる魔犬たちの世話役」としての歩みを始める。

 宮廷で孤独を抱えていた第三王女エレアノーリエは、ノランやモルガナとの出会いを経て成長し、やがてノランと絆を結んでベイスの町の領主となり、人と魔犬が共に笑い合う「魔法都市」の礎を築いていく――。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ベイス=アルカの丘の上には今、白亜の美しい壁と、青いとんがり帽子のような屋根をいくつも掲げた巨大な建築群が整然と立ち並んでいる。

 『ベイス=アルカ魔法学校』――。

 学費および寮費は完全無償。その代わりに「卒業後はコードリア領内の公的機関での勤務、あるいは北端の魔獣討伐にあたる冒険者・騎士となること」を義務づけたこの学校は、本格始動を果たしてから今年で九年目を迎えていた。

 3年ごとに100名の生徒を受け入れるシステムはすっかり定着し、今や領内全土から魔法を学びたいと願う子供たちが集まる憧れの地となっている。

 そして今年。第4期生となる100名の子供たちが、その誇り高き門をくぐることとなった。

 だが、今年の入学式には、特別な「お客様」が含まれていた。


「いいかい、アスタ、オルタ、カノン。今日から君たちも、ベイス=アルカ魔法学校の正式な生徒だ」

 朝日が差し込む領主館の玄関で、ノランは小さな三人の子供たちを前に屈み込み、優しく言い聞かせるように語りかけていた。


「実技や座学の基礎は、すでに僕たちや山奥のモルガナ様から教わっている。だから授業の成績については、父さんも母さんもまったく心配していないよ。...ただし」

「...ただし?」


 ノランの隣で、美しい赤髪を揺らした領主エレアノーリエが、どこか悪戯っぽく、けれど真剣な眼差しで微笑む。


「一番大切なのは『お友達』をたくさん作ることですわ。立場など関係なく、共に笑い合い、助け合える大切な仲間をね。わかりましたか?」

「はい、母上! 任せてください!」


 元気良く胸を張ったのは、今年で九歳になるノランとエレアノーリエの長男、アスタ=コードリアだった。真面目で責任感が強く、幼い頃から父や母の背中を見て育った彼は、将来の領主候補としての自覚を早くも芽生えさせていた。

 その隣には、一歳年下の双子の兄妹が並んでいた。

 レオンとミルカの子供たち――八歳になったオルタとカノンである。


「お友達かぁ! 私、100人全員と仲良くなってみせるよ!」


 目を輝かせてピョンピョンと跳ね回るのは、妹のカノンだ。天真爛漫で思い立ったらすぐ行動するお転婆娘は、すでに新しい学校生活へのワクワクで胸がいっぱいの様子だった。

 一方、その隣で革の手袋をぎゅっと握りしめ、気まずそうに俯いていたのは兄のオルタだった。


「...ん」


 口数が少なく、極度の人見知りであるオルタは、大勢の知らない子供たちの中に飛び込むことが不安でたまらないらしい。

 そんな息子の頭に、そっと手を置いたのは母のミルカだった。丸メガネの奥の瞳を和らげ、ミルカは我が子の頬をなでる。


「オルタ。心配いりませんよ。あなたはとても優しい子です。自分らしくいれば、必ずあなたの良さを分かってくれるお友達ができますわ」

「...うん。お母さん...」

「よし! それじゃあ行こうか!」


 『魔犬調停官』を務める父レオンの威勢の良い声に背中を押され、三人組は大きな希望と、少しの緊張を抱いて魔法学校の門をくぐったのだった。

――――――――――――――――――――――――――――――

「――それではこれより、第4期生の魔法基礎講義を始めます」


 陽光が燦々と降り注ぐ大講堂で、静かでありながら澄んだ凛とした声が響き渡った。

 壇上に立っていたのは、美しい蒼のローブを身にまとった一人の若い女性だった。

 ミナーーかつて、この街で「あおぞら教室」に参加し、初代『ゼロ期生』として八年間の過酷な鍛錬を乗り越えた少女だ。

 いまや彼女は、風と光の複合魔法を無詠唱で繰り出す、魔法学校筆頭教師の一人へと見事な成長を遂げていた。

 ミナの足元には、体高が一メートルを超える威厳ある純白の魔犬(クーシー)が静かに伏せている。


「魔法とは、自らの体内に眠る魔力を、外界の事象へと繋ぐ言葉の橋です。ですが、経験や理論を体に叩き込めば、このように」


 ミナがそっと手のひらを差し出すと、そこには何の呪文もなしに、ぽっと温かな黄金色の光球が浮かび上がった。そして、その光は風に乗って生徒たちの頭上を駆け抜けた。


「「「うわあぁぁ...っ!!」」」


 客席を埋め尽くす100人の新入生たちから、一斉に感嘆の声が上がる。領内各地から集まった平民出身の子供たちにとって、目の前で繰り広げられる無詠唱魔法は、まるで奇跡そのものに見えた。


「ーーこのように、無詠唱での発動も可能になります。皆さんもぜひ挑戦してみてください。では、まずは基礎の魔法理論から覚えていきましょう。教科書の5ページからーー」


 魔法構築の講義が終わると、次は魔道具理論の講義に移る。


「はい、次は魔道具の構造について解説するわね!」

 ミナに代わって壇上に上がったのは、活発な印象を与える短髪の女性教師――ルチアだった。彼女もまたゼロ期生の一人であり、実家の酒屋の醸造技術からヒントを得て「魔力抽出法」を確立した、魔道具論の第一人者である。


「魔力が少ない人でも、この補助具を使えば魔導具を効率よく動かせるの。魔法は一部の特別な人のものじゃない。みんなが幸せになるための道具なんだからね!」


 ルチアが自信満々に掲げた不思議な金属製の輪に、子供たちは興味津々で目を輝かせた。

 だが――授業が実技に移った瞬間、講堂の空気に微妙な「不協和音」が生じ始めた。


「さっきの講義の光の玉ってこうでしょ!光よ(ライト)!」


 カノンが軽やかに手をかざすと、ミナが見せたものよりも二回りも大きな、眩いばかりの光球がポンポンと三つも空間に浮遊した。


「ふふん、できた!」

「僕も...こんな感じかな...風よ(ブリーズ)」


 アスタが静かに集中すると、手元には完璧な幾何学模様を描く風の陣が収束し、心地よいそよ風が講堂内を吹き抜けた。

 そしてオルタもまた、ぼそぼそと呪文を呟くと小さな手から光の小球をすっと作り出してみせた。


 三人はすでに卒業レベルの魔法を修得している。ごく当然のように課題をクリアしたのだが...それが、周りの子供たちとの間に決定的な「壁」を作ってしまった。


「...すごすぎる...」

「俺たちまだ、魔力を練る練習しかできないのに」

「やっぱり、私たちとは最初から出来が違うんだ...」


 周囲の子供たちは、魔力の錬成にも四苦八苦している。自分たちとはあまりにもかけ離れた三人の才能を目の当たりにして、尊敬を通り越し、強い気後れを感じてしまったのだ。


 やがて訪れた昼休み。

 広大な中庭のベンチで、アスタたちは買ってきたパンをかじっていた。

 だが、周囲の生徒たちは遠巻きに三人を見つめるばかりで、誰一人として近づいてこようとしない。


「...うぅ、誰も話しかけてくれないよ...」


 カノンがガックリと肩を落とし、大好きなびっくりパンを力なくモグモグと噛んだ。


「僕たち、何か悪いことしたのかな...? 『お友達をたくさん作りなさい』ってお父様たちに言われたのに...」


 アスタも困り果てたように眉をひそめる。
 そしてオルタはといえば、自分の膝の上に視線を落とし、小さく縮こまっていた。やっぱり自分なんかが来るところじゃなかったんだ、とでも言いたげな顔で。


 それぞれの友犬三匹は、魔法の出来が原因だとわかっていたが、それを自重しろとも言えず、困り果てて耳を畳んでいた。

 魔法の技術は完璧。けれど、目的である「仲間作り」は、初日から完全に暗礁に乗り上げてしまっていた。

――――――――――――――――――――――――――――――

 事件が起きたのは、放課後の実技準備室でのことだった。

 アスタたちは、気まずさを払拭しようと、自主的に教室の片付けを手伝っていた。

 その時、部屋の隅でがたがたと棚を整理していた同級生の少年――平民出身のポルクが、青ざめた顔で悲鳴を上げた。


「あっ...!ひ、ひえっ!?」


 ポルクの手が当たったのは、ルチアが授業の展示用として持ち込んでいた古い籠型の魔道具だった。

 ドスンと床に落ちた衝撃で、魔道具に施されていた封印の鍵が「パキン!」と音を立てて砕け散る。

 次の瞬間――。


『キキキッ――!!』


 籠の中から飛び出したのは、輝く体毛と長い耳を持つ、手のひらサイズの『光の小魔獣(ルミナラビット)』だった。衝撃で興奮状態に陥った小魔獣は、室内をバタバタと暴れ回り、開いていた高窓から校舎の天井裏へと逃げ込んでしまったのだ。


「どうしよう...っ! 僕、大事な魔道具を壊しちゃった...! それに、あの子が逃げちゃった...っ!」


ポルクはボロボロと大粒の涙をこぼし、ガタガタと震え出した。


「大丈夫だよ、ポルクくん!」


 アスタがすぐさま駆け寄り、ポルクの肩をしっかりと抱きとめた。


「僕たちが絶対に連れ戻してあげる! だから泣かないで!」

「ほんと!? でも、あの高い屋根裏の狭い隙間なんて、僕たちじゃ入れないよ...!」

「――それなら、ちょっと待ってて!シオン!誰か校舎にいる成犬を連れてきて!」

「ワンっ!」
『任せな!』


 しばらくすると、シオンが一匹の巨大な魔犬を連れてきた。

 銀灰色の毛並みを持った、校内警備およびサポートを担当するベテランの大型魔犬だった。


「話は聞いた。小魔獣が暴走して屋根裏へ逃げ込んだのだな。...だが、生徒だけで屋根裏に登って怪我をされては困る。先生たちを呼んで相談するべきだ。怒られてもな。」


 その魔犬は極めて真面目で几帳面な性格の魔犬だった。規律を重んじる彼は、子供たちの安全を優先し、整然と首を振って立ち去ろうとする。


「待ってください!」

 アスタが焦って呼び止める。

「先生を呼びに行っている間に、小魔獣が屋根裏の複雑な隙間に迷い込んだら、二度と出てこられなくなっちゃいます! 今すぐ追わないとダメなんです!」

「...ダメなものはダメだ」


 魔犬は頑固として譲らない。厳格な警備犬としての誇りが、子供たちの勝手な立ち入りを許さなかった。

 このままでは手遅れになってしまう――アスタとカノンが焦りで青ざめた、その時だった。


「...お兄ちゃん。カノン。ちょっと待ってて」


 不意に、これまで一言もしゃべらなかったオルタが、静かに一歩前に出た。

 オルタは、両手にはめていた小さな革手袋を「するり」と脱ぎ捨てた。


「オルタ...?」


 アスタとカノンが首を傾げる中、オルタは一切の躊躇なく、大きな魔犬の目の前へと歩み寄った。


「なんだ、小さな僕ちゃん。俺の決意は変わらない――」


 魔犬がそう言いかけた、まさにその瞬間。

 ――すっ。

 オルタの素手の手指が、吸い付くような滑らかな動作で、大きな顎の下へと滑り込んだ。


「む...!? な、何をする気だーー」


 困惑の声を上げる暇さえ与えなかった。

 オルタの十本の指先は、まるで精密な魔導回路をなぞるかのように、絶妙な力加減と速度で動き始めた。

 顎の下の柔らかな毛並みを「ふにふに」と円を描くように揉みほぐし、そのまま耳の裏のツボを「きゅっ」と適度な圧力で刺激。さらには、大型魔犬特有の凝りが溜まる肩甲骨の裏の隙間へと、滑り込むように指先を沈め、絶妙なリズミカルさで圧をかけていく――!

 母ミルカから、血統レベルで継承された伝承の奥義『至高のなでなで術』が、今ここに炸裂したのである。


「くぅ...っ!? あ...ん...っ!?」


 直前まで威厳に満ちていた魔犬の瞳から、一瞬で鋭さが消え失せた。

 耳が「シナっ」と後ろに倒れ、口元からだらしなく舌がこぼれ落ちる。


「ふわゃあぁぁ...っ!? そ、そこは...そこはダメだ...っ! 俺は警備犬...誇り高き...くぅ~~ん...っ!!」


 抗おうとする意志など、ミルカ直伝の指技の前には赤子も同然だった。

 オルタがさらに指先を「とんとん」と軽やかに遊ばせると、ガルドは膝から崩れ落ち、ドサリと床に横倒しになった。

 そして、あろうことか四肢を天に向け、完全に無防備な『ヘソ天』状態へと陥落したのである。

 オルカはニヤリと笑うと、大型魔犬の耳にそっと小声で告げた。


「おねがい、聞いてくれるならまた撫でてあげるけど...」


 そういうと、魔犬は何度も首を縦に振った。


「あぁぁ〜〜...極楽...! そこです、そこ...! もう何でも言うことを聞く! 屋根裏でもどこでも乗せていくっ!!」


 トロンとした甘えた目つきで、巨大な尻尾を床に「バタンバタン!」と打ち付ける。完全なる『買収完了』の瞬間であった。


「「「おかあ(ミルカ)さんの技だーーーーっ!!!???」」」


 アスタとカノン、そして泣いていたポルクまでもが、あんぐりと口を開けて大驚愕した。


「オルタ...お前、いつの間にそんな恐ろしい技を...っ!?」

「...ふふっお母さんに、毎日教えてもらってたから」


 オルタは少し照れくさそうに、えっへん、と小さく胸を張った。人見知りで口数の少ない彼が持つ、誰にも負けない最強の秘密兵器であった。
 
――――――――――――――――――――――――――――――

「よし、買収成功だ! 屋根裏へ案内してください!」


「買収とは人聞きの悪い!交換条件だ!...承知した!」

 すっかりオルタの虜となった魔犬は、喜んで三人をその広い背中に乗せた。

 凄まじい跳躍力で一気に屋根裏の点検口へと飛び上がり、薄暗い天井裏の空間へと侵入する。

 屋根裏は、太い木組みの梁が複雑に交差する迷路のような場所だった。


『キキッ! キキキーッ!』


 奥の暗がりで、興奮した光の小魔獣がカチカチと歯を鳴らし、威嚇している。暗闇の中で体が黄金色に発光しているため、居場所自体はすぐに分かった。


「いた! でも、あんな狭い梁の奥じゃ届かないよ!」


 カノンが悔しそうに声を上げる。小魔獣がいるのは、人間も大型魔犬も足を踏み入れられない、細い建材が交差する隙間だった。強引に突っ込めば、屋根裏の構造を壊してしまう危険がある。――先に家に返してしまった友犬、子魔犬たちであれば届いたかもしれないが、今は頼れない。


「誘導しなきゃダメだ...地上の『出口』から!」

 アスタはハッと気づき、点検口から下で見守っていたポルクたち同級生に向かって叫んだ。


「ポルクくん! 聞こえるか!?」

「あ、アスタくん!?」


「僕たちが上から小魔獣をあっちの点検口へ追い追い出す! 君たちはあっちの出口の下で、ミナ先生に教わった魔力の錬成をしてくれ!小魔獣は強い魔力に引き寄せられる習性があるんだ!」

「えっ...!? で、でも、僕たちの魔力じゃ、うまく誘き出せるか...」


 ポルクと、駆けつけてきた他の新入生たちが不安そうに顔を見合わせる。


「大丈夫! 君たちなら絶対にできる!」


 アスタは身を乗り出し、まっすぐな瞳で同級生たちを見つめた。


「ミナ先生の授業、みんな一生懸命聞いてただろ!? 僕たちを信じてくれ! みんなの力が必要なんだ!」


 その言葉が、気後れしていた子供たちの心に小さな火を点けた。


「...うん! やってみる! みんな、あっちの出口へ走ろう!」


 ポルクの呼びかけで、子供たちが一斉に反対側の点検口の下へと走っていく。


「よし...行くよ、カノン、オルタ!」


 アスタが風の魔法で優しく空気の流れを作り、小魔獣を奥へと押し出す。


「そーれっ! あっちだよー!」


 カノンが小さな光の玉をぽんぽんとバウンドさせ、小魔獣の退路を誘導する。

 小魔獣はパニックになりながら、アスタたちの狙い通り、反対側の点検口の隙間へと一直線に逃げて行った。


「今だ! ポルクくん、魔力を!!」


 アスタの声が屋根裏に響き渡る。

 地上では、ポルクをはじめとする5人の子供たちが、必死の思いで手を掲げていた。


「出てこい...僕たちの力...っ! みんなを助けるんだ!!」


 必死の祈りとともに、子供たちの手元に小さな魔力が宿った。
 一人ひとりの力は小さく頼りないものだったが、十数人が身を寄せ合って掲げた魔力は、重なり合って強い力となった。


『キキュ...?』


 点検口から顔を出した光の小魔獣は、その豊富な魔力に見とれるように、吸い寄せられて地面へと降り立ってきた。


「捕まえたっ!」


 ポルクが持っていた柔らかい布で、そっと小魔獣を包み込む。暴れていた小魔獣は暗がりにすっかり落ち着き、キュウキュウと気持ち良さそうに鼻を鳴らしたのだった。


「「「やったぁぁぁぁーーーーっ!!!!」」」


 大講堂に、子供たちの割れんばかりの歓声が響き渡った。

 屋根裏から大型魔犬の背に乗って飛び降りてきたアスタ、カノン、オルタの三人。


「ポルクくん、すごいよ! 完璧だった!」

「アスタくん! カノンちゃん! オルタくん!」


 ポルクたちは、先ほどまでの気後れなど嘘のようにアスタたちのもとへ駆け寄り、手と手を固く握り締め合った。


「みんなのおかげで捕まえられたよ! ありがとう!」

「ううん、アスタくんたちが信じてくれたから...!」


 三人を取り囲み、跳ね回って喜ぶ子供たち。その中心で、オルタもまた、今まで見せたことのないような晴れやかな笑顔を浮かべていた。

 その光景を、準備室の入口から静かに見つめている二つの影があった。
 騒ぎを聞きつけて駆けつけていたミナとルチアだった。


「あなたたちーーーーっ!!!!」


 響き渡るミナの怒号に、一同はひゅんっと縮こまり、即座にその場に座り込んだ。


「魔力の波動を関知して駆けつけてみれば!!なにをしているのですか!!一歩間違えれば大怪我!結果的に無事であったとしても、子供だけで解決させようなど言語道断ですっ!!」


 至極正しい言い分に、一同はしょげこんだ。


「ま、まぁまぁミナ、皆頑張ってたんだし...」

「あなたもよルチア!!なんで生徒の手の届くところに魔獣と魔道具を置いておくのっ!」

「ひえっ?!」


 助け船を出そうとした教員ルチアも飛び火を食らってしまった。

 そのご、生徒たちと、共犯の魔犬、そして哀れなルチアは、寮の門限ギリギリまでこってり絞られたのであった。

――――――――――――――――――――――――――――――

 茜色の夕暮れが、ベイス=アルカ魔法学校の校舎を優しく染め上げていた。

 ミナのお説教で酷くつかれた生徒一同は、フラフラとした足取りで寮へ帰っていた。

 その一団の先頭、アスタは思い詰めたような顔をすると、立ち止まりクルリと振り返った。


「み、みんな...ごめんね。僕が自分達で解決しようとしたから...。あの、あの、魔獣が心配だったのは本当だけど、実は、みんなの役に立って、友達になりたかったから、焦っちゃったんだ...本当にごめんっ!」


 そう謝罪すると、アスタはガバッと頭を下げた。それを見たオルタとカノンも、慌てて同じように頭を下げて見せた。

 呆気にとられる同級生たち。一番最初に声をあげたのは、ポルクだった。


「ううん、アスタくんが謝ることなんてないよ! 謝らなきゃいけないのは僕たちの方だ。みんなが凄すぎて勝手に気後れして、遠ざけちゃってたんだから...。僕を助けてくれて、それどころか『友達になりたい』なんて言ってくれて、すごく嬉しかったよ。ありがとう!」


 他の子供たちも顔を見合わせてから、口々に声をあげた。


「なんだーーアスタくんたちも友達になりたかったんだ!」

「なろうよ!友達!!うれしいなぁ!」

「ちょっと遠巻きにしててごめんねっ!」


 それを聞いたアスタたち三人は、パァっと顔を明るくし、にこにこと笑顔で寮への道を歩み始めた。

 寮の入り口では、友犬三匹が祝福するように尻尾をパタパタと振って待っている。

――――――――――――――――――――――――――――――

「――でね! オルタの『なでなで』でおおきな魔犬さんがヘソ天になっちゃってさ!」

「ふふっ、そこからみんなで協力して、光の小魔獣を捕まえたのよ!」

 長期休暇で家に帰った日の夜、領主館とレオンの家では、それぞれ賑やかな夕食の時間が流れていた。

 レオンの自宅では、カノンから話を聞いたレオンが、頭を抱えて深々とため息をついていた。


「お、オルタ...お前、初日から警備の魔犬を買収したのか...」

「...ん。だって、魔犬さん固かったから」

「やっぱりミルカの血か...恐ろしい子...」


 ぐったりとするレオンの隣で、ミルカは至高の笑顔で果実茶を一口含み、誇らしげに胸を張った。


「あら、素晴らしいではありませんか。魔法だけでなく、心を通わせる『手』を持つことこそ、我が家の誇りですわ。ふふっ、さすが私の子ですね」


「ミルカが嬉しそうならそれでいいんだけどさぁ...」


 レオンはハハハと力なく笑いながらも、どこか誇らしげにオルタの頭を優しく撫でた。

 同じ頃、領主館でもまた、アスタから「たくさんお友達ができたよ!」と輝くような笑顔で報告を受けたノランとエレアノーリエが、胸を撫で下ろし、愛おしそうに抱きしめていた。

 魔法の技術だけではなく、人と人、人と魔犬の心をつなぐ優しさと思いやり。

 かつて大人たちがこの街に蒔いた小さな絆の種は、いま確かに、次世代を担う子供たちの心の中で色とりどりの花を咲かせようとしていた。

 窓の外を見上げれば、ベイス=アルカの夜空にはやわらかな月明かりと星々が瞬いている。

 休みが明ければまた、白亜の校舎には子供たちの明るい歓声と、魔犬たちの頼もしい足音が、賑やかに響き渡るに違いない――。
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第三十話 ピカピカゼリーと、暴発クッキー
町の小さなお守り魔女と、言葉を紡ぐ金の犬〜不老幼女の大魔女、人間の言葉を喋る魔犬たちと暮らしていたら、魔法都市ができていました~作者:あづみ
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第二十九話 魔法学校と、未来への光

 霊峰ヴァルグヴェルドの深い山に佇む、大魔女モルガナの館。そこには人の言葉を解し、魔法を操る誇り高き『魔犬(クーシー)』たちが数百年の年月を共に暮らしていた。

 ある日、麓のベイスの町に住む、少年ノランと金の魔犬ブランが出会い、やがて故郷の町を守るため大魔女と契約を交わした少年レオンは、白銀の魔犬クゥとともに「町へ降りる魔犬たちの世話役」としての歩みを始める。

 宮廷で孤独を抱えていた第三王女エレアノーリエは、ノランやモルガナとの出会いを経て成長し、やがてノランと絆を結んでベイスの町の領主となり、人と魔犬が共に笑い合う「魔法都市」の礎を築いていく――。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ベイス=アルカの丘の上には今、白亜の美しい壁と、青いとんがり帽子のような屋根をいくつも掲げた巨大な建築群が整然と立ち並んでいる。

 『ベイス=アルカ魔法学校』――。

 学費および寮費は完全無償。その代わりに「卒業後はコードリア領内の公的機関での勤務、あるいは北端の魔獣討伐にあたる冒険者・騎士となること」を義務づけたこの学校は、本格始動を果たしてから今年で九年目を迎えていた。

 3年ごとに100名の生徒を受け入れるシステムはすっかり定着し、今や領内全土から魔法を学びたいと願う子供たちが集まる憧れの地となっている。

 そして今年。第4期生となる100名の子供たちが、その誇り高き門をくぐることとなった。

 だが、今年の入学式には、特別な「お客様」が含まれていた。


「いいかい、アスタ、オルタ、カノン。今日から君たちも、ベイス=アルカ魔法学校の正式な生徒だ」

 朝日が差し込む領主館の玄関で、ノランは小さな三人の子供たちを前に屈み込み、優しく言い聞かせるように語りかけていた。


「実技や座学の基礎は、すでに僕たちや山奥のモルガナ様から教わっている。だから授業の成績については、父さんも母さんもまったく心配していないよ。...ただし」

「...ただし?」


 ノランの隣で、美しい赤髪を揺らした領主エレアノーリエが、どこか悪戯っぽく、けれど真剣な眼差しで微笑む。


「一番大切なのは『お友達』をたくさん作ることですわ。立場など関係なく、共に笑い合い、助け合える大切な仲間をね。わかりましたか?」

「はい、母上! 任せてください!」


 元気良く胸を張ったのは、今年で九歳になるノランとエレアノーリエの長男、アスタ=コードリアだった。真面目で責任感が強く、幼い頃から父や母の背中を見て育った彼は、将来の領主候補としての自覚を早くも芽生えさせていた。

 その隣には、一歳年下の双子の兄妹が並んでいた。

 レオンとミルカの子供たち――八歳になったオルタとカノンである。


「お友達かぁ! 私、100人全員と仲良くなってみせるよ!」


 目を輝かせてピョンピョンと跳ね回るのは、妹のカノンだ。天真爛漫で思い立ったらすぐ行動するお転婆娘は、すでに新しい学校生活へのワクワクで胸がいっぱいの様子だった。

 一方、その隣で革の手袋をぎゅっと握りしめ、気まずそうに俯いていたのは兄のオルタだった。


「...ん」


 口数が少なく、極度の人見知りであるオルタは、大勢の知らない子供たちの中に飛び込むことが不安でたまらないらしい。

 そんな息子の頭に、そっと手を置いたのは母のミルカだった。丸メガネの奥の瞳を和らげ、ミルカは我が子の頬をなでる。


「オルタ。心配いりませんよ。あなたはとても優しい子です。自分らしくいれば、必ずあなたの良さを分かってくれるお友達ができますわ」

「...うん。お母さん...」

「よし! それじゃあ行こうか!」


 『魔犬調停官』を務める父レオンの威勢の良い声に背中を押され、三人組は大きな希望と、少しの緊張を抱いて魔法学校の門をくぐったのだった。

――――――――――――――――――――――――――――――

「――それではこれより、第4期生の魔法基礎講義を始めます」


 陽光が燦々と降り注ぐ大講堂で、静かでありながら澄んだ凛とした声が響き渡った。

 壇上に立っていたのは、美しい蒼のローブを身にまとった一人の若い女性だった。

 ミナーーかつて、この街で「あおぞら教室」に参加し、初代『ゼロ期生』として八年間の過酷な鍛錬を乗り越えた少女だ。

 いまや彼女は、風と光の複合魔法を無詠唱で繰り出す、魔法学校筆頭教師の一人へと見事な成長を遂げていた。

 ミナの足元には、体高が一メートルを超える威厳ある純白の魔犬(クーシー)が静かに伏せている。


「魔法とは、自らの体内に眠る魔力を、外界の事象へと繋ぐ言葉の橋です。ですが、経験や理論を体に叩き込めば、このように」


 ミナがそっと手のひらを差し出すと、そこには何の呪文もなしに、ぽっと温かな黄金色の光球が浮かび上がった。そして、その光は風に乗って生徒たちの頭上を駆け抜けた。


「「「うわあぁぁ...っ!!」」」


 客席を埋め尽くす100人の新入生たちから、一斉に感嘆の声が上がる。領内各地から集まった平民出身の子供たちにとって、目の前で繰り広げられる無詠唱魔法は、まるで奇跡そのものに見えた。


「ーーこのように、無詠唱での発動も可能になります。皆さんもぜひ挑戦してみてください。では、まずは基礎の魔法理論から覚えていきましょう。教科書の5ページからーー」


 魔法構築の講義が終わると、次は魔道具理論の講義に移る。


「はい、次は魔道具の構造について解説するわね!」

 ミナに代わって壇上に上がったのは、活発な印象を与える短髪の女性教師――ルチアだった。彼女もまたゼロ期生の一人であり、実家の酒屋の醸造技術からヒントを得て「魔力抽出法」を確立した、魔道具論の第一人者である。


「魔力が少ない人でも、この補助具を使えば魔導具を効率よく動かせるの。魔法は一部の特別な人のものじゃない。みんなが幸せになるための道具なんだからね!」


 ルチアが自信満々に掲げた不思議な金属製の輪に、子供たちは興味津々で目を輝かせた。

 だが――授業が実技に移った瞬間、講堂の空気に微妙な「不協和音」が生じ始めた。


「さっきの講義の光の玉ってこうでしょ!光よ(ライト)!」


 カノンが軽やかに手をかざすと、ミナが見せたものよりも二回りも大きな、眩いばかりの光球がポンポンと三つも空間に浮遊した。


「ふふん、できた!」

「僕も...こんな感じかな...風よ(ブリーズ)」


 アスタが静かに集中すると、手元には完璧な幾何学模様を描く風の陣が収束し、心地よいそよ風が講堂内を吹き抜けた。

 そしてオルタもまた、ぼそぼそと呪文を呟くと小さな手から光の小球をすっと作り出してみせた。


 三人はすでに卒業レベルの魔法を修得している。ごく当然のように課題をクリアしたのだが...それが、周りの子供たちとの間に決定的な「壁」を作ってしまった。


「...すごすぎる...」

「俺たちまだ、魔力を練る練習しかできないのに」

「やっぱり、私たちとは最初から出来が違うんだ...」


 周囲の子供たちは、魔力の錬成にも四苦八苦している。自分たちとはあまりにもかけ離れた三人の才能を目の当たりにして、尊敬を通り越し、強い気後れを感じてしまったのだ。


 やがて訪れた昼休み。

 広大な中庭のベンチで、アスタたちは買ってきたパンをかじっていた。

 だが、周囲の生徒たちは遠巻きに三人を見つめるばかりで、誰一人として近づいてこようとしない。


「...うぅ、誰も話しかけてくれないよ...」


 カノンがガックリと肩を落とし、大好きなびっくりパンを力なくモグモグと噛んだ。


「僕たち、何か悪いことしたのかな...? 『お友達をたくさん作りなさい』ってお父様たちに言われたのに...」


 アスタも困り果てたように眉をひそめる。
 そしてオルタはといえば、自分の膝の上に視線を落とし、小さく縮こまっていた。やっぱり自分なんかが来るところじゃなかったんだ、とでも言いたげな顔で。


 それぞれの友犬三匹は、魔法の出来が原因だとわかっていたが、それを自重しろとも言えず、困り果てて耳を畳んでいた。

 魔法の技術は完璧。けれど、目的である「仲間作り」は、初日から完全に暗礁に乗り上げてしまっていた。

――――――――――――――――――――――――――――――

 事件が起きたのは、放課後の実技準備室でのことだった。

 アスタたちは、気まずさを払拭しようと、自主的に教室の片付けを手伝っていた。

 その時、部屋の隅でがたがたと棚を整理していた同級生の少年――平民出身のポルクが、青ざめた顔で悲鳴を上げた。


「あっ...!ひ、ひえっ!?」


 ポルクの手が当たったのは、ルチアが授業の展示用として持ち込んでいた古い籠型の魔道具だった。

 ドスンと床に落ちた衝撃で、魔道具に施されていた封印の鍵が「パキン!」と音を立てて砕け散る。

 次の瞬間――。


『キキキッ――!!』


 籠の中から飛び出したのは、輝く体毛と長い耳を持つ、手のひらサイズの『光の小魔獣(ルミナラビット)』だった。衝撃で興奮状態に陥った小魔獣は、室内をバタバタと暴れ回り、開いていた高窓から校舎の天井裏へと逃げ込んでしまったのだ。


「どうしよう...っ! 僕、大事な魔道具を壊しちゃった...! それに、あの子が逃げちゃった...っ!」


ポルクはボロボロと大粒の涙をこぼし、ガタガタと震え出した。


「大丈夫だよ、ポルクくん!」


 アスタがすぐさま駆け寄り、ポルクの肩をしっかりと抱きとめた。


「僕たちが絶対に連れ戻してあげる! だから泣かないで!」

「ほんと!? でも、あの高い屋根裏の狭い隙間なんて、僕たちじゃ入れないよ...!」

「――それなら、ちょっと待ってて!シオン!誰か校舎にいる成犬を連れてきて!」

「ワンっ!」
『任せな!』


 しばらくすると、シオンが一匹の巨大な魔犬を連れてきた。

 銀灰色の毛並みを持った、校内警備およびサポートを担当するベテランの大型魔犬だった。


「話は聞いた。小魔獣が暴走して屋根裏へ逃げ込んだのだな。...だが、生徒だけで屋根裏に登って怪我をされては困る。先生たちを呼んで相談するべきだ。怒られてもな。」


 その魔犬は極めて真面目で几帳面な性格の魔犬だった。規律を重んじる彼は、子供たちの安全を優先し、整然と首を振って立ち去ろうとする。


「待ってください!」

 アスタが焦って呼び止める。

「先生を呼びに行っている間に、小魔獣が屋根裏の複雑な隙間に迷い込んだら、二度と出てこられなくなっちゃいます! 今すぐ追わないとダメなんです!」

「...ダメなものはダメだ」


 魔犬は頑固として譲らない。厳格な警備犬としての誇りが、子供たちの勝手な立ち入りを許さなかった。

 このままでは手遅れになってしまう――アスタとカノンが焦りで青ざめた、その時だった。


「...お兄ちゃん。カノン。ちょっと待ってて」


 不意に、これまで一言もしゃべらなかったオルタが、静かに一歩前に出た。

 オルタは、両手にはめていた小さな革手袋を「するり」と脱ぎ捨てた。


「オルタ...?」


 アスタとカノンが首を傾げる中、オルタは一切の躊躇なく、大きな魔犬の目の前へと歩み寄った。


「なんだ、小さな僕ちゃん。俺の決意は変わらない――」


 魔犬がそう言いかけた、まさにその瞬間。

 ――すっ。

 オルタの素手の手指が、吸い付くような滑らかな動作で、大きな顎の下へと滑り込んだ。


「む...!? な、何をする気だーー」


 困惑の声を上げる暇さえ与えなかった。

 オルタの十本の指先は、まるで精密な魔導回路をなぞるかのように、絶妙な力加減と速度で動き始めた。

 顎の下の柔らかな毛並みを「ふにふに」と円を描くように揉みほぐし、そのまま耳の裏のツボを「きゅっ」と適度な圧力で刺激。さらには、大型魔犬特有の凝りが溜まる肩甲骨の裏の隙間へと、滑り込むように指先を沈め、絶妙なリズミカルさで圧をかけていく――!

 母ミルカから、血統レベルで継承された伝承の奥義『至高のなでなで術』が、今ここに炸裂したのである。


「くぅ...っ!? あ...ん...っ!?」


 直前まで威厳に満ちていた魔犬の瞳から、一瞬で鋭さが消え失せた。

 耳が「シナっ」と後ろに倒れ、口元からだらしなく舌がこぼれ落ちる。


「ふわゃあぁぁ...っ!? そ、そこは...そこはダメだ...っ! 俺は警備犬...誇り高き...くぅ~~ん...っ!!」


 抗おうとする意志など、ミルカ直伝の指技の前には赤子も同然だった。

 オルタがさらに指先を「とんとん」と軽やかに遊ばせると、ガルドは膝から崩れ落ち、ドサリと床に横倒しになった。

 そして、あろうことか四肢を天に向け、完全に無防備な『ヘソ天』状態へと陥落したのである。

 オルカはニヤリと笑うと、大型魔犬の耳にそっと小声で告げた。


「おねがい、聞いてくれるならまた撫でてあげるけど...」


 そういうと、魔犬は何度も首を縦に振った。


「あぁぁ〜〜...極楽...! そこです、そこ...! もう何でも言うことを聞く! 屋根裏でもどこでも乗せていくっ!!」


 トロンとした甘えた目つきで、巨大な尻尾を床に「バタンバタン!」と打ち付ける。完全なる『買収完了』の瞬間であった。


「「「おかあ(ミルカ)さんの技だーーーーっ!!!???」」」


 アスタとカノン、そして泣いていたポルクまでもが、あんぐりと口を開けて大驚愕した。


「オルタ...お前、いつの間にそんな恐ろしい技を...っ!?」

「...ふふっお母さんに、毎日教えてもらってたから」


 オルタは少し照れくさそうに、えっへん、と小さく胸を張った。人見知りで口数の少ない彼が持つ、誰にも負けない最強の秘密兵器であった。
 
――――――――――――――――――――――――――――――

「よし、買収成功だ! 屋根裏へ案内してください!」


「買収とは人聞きの悪い!交換条件だ!...承知した!」

 すっかりオルタの虜となった魔犬は、喜んで三人をその広い背中に乗せた。

 凄まじい跳躍力で一気に屋根裏の点検口へと飛び上がり、薄暗い天井裏の空間へと侵入する。

 屋根裏は、太い木組みの梁が複雑に交差する迷路のような場所だった。


『キキッ! キキキーッ!』


 奥の暗がりで、興奮した光の小魔獣がカチカチと歯を鳴らし、威嚇している。暗闇の中で体が黄金色に発光しているため、居場所自体はすぐに分かった。


「いた! でも、あんな狭い梁の奥じゃ届かないよ!」


 カノンが悔しそうに声を上げる。小魔獣がいるのは、人間も大型魔犬も足を踏み入れられない、細い建材が交差する隙間だった。強引に突っ込めば、屋根裏の構造を壊してしまう危険がある。――先に家に返してしまった友犬、子魔犬たちであれば届いたかもしれないが、今は頼れない。


「誘導しなきゃダメだ...地上の『出口』から!」

 アスタはハッと気づき、点検口から下で見守っていたポルクたち同級生に向かって叫んだ。


「ポルクくん! 聞こえるか!?」

「あ、アスタくん!?」


「僕たちが上から小魔獣をあっちの点検口へ追い追い出す! 君たちはあっちの出口の下で、ミナ先生に教わった魔力の錬成をしてくれ!小魔獣は強い魔力に引き寄せられる習性があるんだ!」

「えっ...!? で、でも、僕たちの魔力じゃ、うまく誘き出せるか...」


 ポルクと、駆けつけてきた他の新入生たちが不安そうに顔を見合わせる。


「大丈夫! 君たちなら絶対にできる!」


 アスタは身を乗り出し、まっすぐな瞳で同級生たちを見つめた。


「ミナ先生の授業、みんな一生懸命聞いてただろ!? 僕たちを信じてくれ! みんなの力が必要なんだ!」


 その言葉が、気後れしていた子供たちの心に小さな火を点けた。


「...うん! やってみる! みんな、あっちの出口へ走ろう!」


 ポルクの呼びかけで、子供たちが一斉に反対側の点検口の下へと走っていく。


「よし...行くよ、カノン、オルタ!」


 アスタが風の魔法で優しく空気の流れを作り、小魔獣を奥へと押し出す。


「そーれっ! あっちだよー!」


 カノンが小さな光の玉をぽんぽんとバウンドさせ、小魔獣の退路を誘導する。

 小魔獣はパニックになりながら、アスタたちの狙い通り、反対側の点検口の隙間へと一直線に逃げて行った。


「今だ! ポルクくん、魔力を!!」


 アスタの声が屋根裏に響き渡る。

 地上では、ポルクをはじめとする5人の子供たちが、必死の思いで手を掲げていた。


「出てこい...僕たちの力...っ! みんなを助けるんだ!!」


 必死の祈りとともに、子供たちの手元に小さな魔力が宿った。
 一人ひとりの力は小さく頼りないものだったが、十数人が身を寄せ合って掲げた魔力は、重なり合って強い力となった。


『キキュ...?』


 点検口から顔を出した光の小魔獣は、その豊富な魔力に見とれるように、吸い寄せられて地面へと降り立ってきた。


「捕まえたっ!」


 ポルクが持っていた柔らかい布で、そっと小魔獣を包み込む。暴れていた小魔獣は暗がりにすっかり落ち着き、キュウキュウと気持ち良さそうに鼻を鳴らしたのだった。


「「「やったぁぁぁぁーーーーっ!!!!」」」


 大講堂に、子供たちの割れんばかりの歓声が響き渡った。

 屋根裏から大型魔犬の背に乗って飛び降りてきたアスタ、カノン、オルタの三人。


「ポルクくん、すごいよ! 完璧だった!」

「アスタくん! カノンちゃん! オルタくん!」


 ポルクたちは、先ほどまでの気後れなど嘘のようにアスタたちのもとへ駆け寄り、手と手を固く握り締め合った。


「みんなのおかげで捕まえられたよ! ありがとう!」

「ううん、アスタくんたちが信じてくれたから...!」


 三人を取り囲み、跳ね回って喜ぶ子供たち。その中心で、オルタもまた、今まで見せたことのないような晴れやかな笑顔を浮かべていた。

 その光景を、準備室の入口から静かに見つめている二つの影があった。
 騒ぎを聞きつけて駆けつけていたミナとルチアだった。


「あなたたちーーーーっ!!!!」


 響き渡るミナの怒号に、一同はひゅんっと縮こまり、即座にその場に座り込んだ。


「魔力の波動を関知して駆けつけてみれば!!なにをしているのですか!!一歩間違えれば大怪我!結果的に無事であったとしても、子供だけで解決させようなど言語道断ですっ!!」


 至極正しい言い分に、一同はしょげこんだ。


「ま、まぁまぁミナ、皆頑張ってたんだし...」

「あなたもよルチア!!なんで生徒の手の届くところに魔獣と魔道具を置いておくのっ!」

「ひえっ?!」


 助け船を出そうとした教員ルチアも飛び火を食らってしまった。

 そのご、生徒たちと、共犯の魔犬、そして哀れなルチアは、寮の門限ギリギリまでこってり絞られたのであった。

――――――――――――――――――――――――――――――

 茜色の夕暮れが、ベイス=アルカ魔法学校の校舎を優しく染め上げていた。

 ミナのお説教で酷くつかれた生徒一同は、フラフラとした足取りで寮へ帰っていた。

 その一団の先頭、アスタは思い詰めたような顔をすると、立ち止まりクルリと振り返った。


「み、みんな...ごめんね。僕が自分達で解決しようとしたから...。あの、あの、魔獣が心配だったのは本当だけど、実は、みんなの役に立って、友達になりたかったから、焦っちゃったんだ...本当にごめんっ!」


 そう謝罪すると、アスタはガバッと頭を下げた。それを見たオルタとカノンも、慌てて同じように頭を下げて見せた。

 呆気にとられる同級生たち。一番最初に声をあげたのは、ポルクだった。


「ううん、アスタくんが謝ることなんてないよ! 謝らなきゃいけないのは僕たちの方だ。みんなが凄すぎて勝手に気後れして、遠ざけちゃってたんだから...。僕を助けてくれて、それどころか『友達になりたい』なんて言ってくれて、すごく嬉しかったよ。ありがとう!」


 他の子供たちも顔を見合わせてから、口々に声をあげた。


「なんだーーアスタくんたちも友達になりたかったんだ!」

「なろうよ!友達!!うれしいなぁ!」

「ちょっと遠巻きにしててごめんねっ!」


 それを聞いたアスタたち三人は、パァっと顔を明るくし、にこにこと笑顔で寮への道を歩み始めた。

 寮の入り口では、友犬三匹が祝福するように尻尾をパタパタと振って待っている。

――――――――――――――――――――――――――――――

「――でね! オルタの『なでなで』でおおきな魔犬さんがヘソ天になっちゃってさ!」

「ふふっ、そこからみんなで協力して、光の小魔獣を捕まえたのよ!」

 長期休暇で家に帰った日の夜、領主館とレオンの家では、それぞれ賑やかな夕食の時間が流れていた。

 レオンの自宅では、カノンから話を聞いたレオンが、頭を抱えて深々とため息をついていた。


「お、オルタ...お前、初日から警備の魔犬を買収したのか...」

「...ん。だって、魔犬さん固かったから」

「やっぱりミルカの血か...恐ろしい子...」


 ぐったりとするレオンの隣で、ミルカは至高の笑顔で果実茶を一口含み、誇らしげに胸を張った。


「あら、素晴らしいではありませんか。魔法だけでなく、心を通わせる『手』を持つことこそ、我が家の誇りですわ。ふふっ、さすが私の子ですね」


「ミルカが嬉しそうならそれでいいんだけどさぁ...」


 レオンはハハハと力なく笑いながらも、どこか誇らしげにオルタの頭を優しく撫でた。

 同じ頃、領主館でもまた、アスタから「たくさんお友達ができたよ!」と輝くような笑顔で報告を受けたノランとエレアノーリエが、胸を撫で下ろし、愛おしそうに抱きしめていた。

 魔法の技術だけではなく、人と人、人と魔犬の心をつなぐ優しさと思いやり。

 かつて大人たちがこの街に蒔いた小さな絆の種は、いま確かに、次世代を担う子供たちの心の中で色とりどりの花を咲かせようとしていた。

 窓の外を見上げれば、ベイス=アルカの夜空にはやわらかな月明かりと星々が瞬いている。

 休みが明ければまた、白亜の校舎には子供たちの明るい歓声と、魔犬たちの頼もしい足音が、賑やかに響き渡るに違いない――。
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町の小さなお守り魔女と、言葉を紡ぐ金の犬〜不老幼女の大魔女、人間の言葉を喋る魔犬たちと暮らしていたら、魔法都市ができていました~作者:あづみ
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