第八話 赤狐と青狐
それからすぐのことだ。
「あっち! あっちにいるよ!」
甲高い子どもの声とともにざわざわと人波が近づいてきた。
人ごみの中心には、大人ほどの背丈の真っ白い狐が二匹。どちらも神社の神主のような着物姿だ。一方は青い袴で目尻と尻尾の先が青色。鼻先にはちょこんと丸メガネがのっている。対してもう一方は、赤い袴姿に目尻と尻尾の先も同じく赤色。両の耳にはたくさんのピアスがついていた。
「若、捜しましたよ」
そう言ったのは青い狐だ。
「はっはー! お前たち、ずいぶん楽しんでいるようじゃないか!」
豪快に話しかけてきたのは赤い狐である。
蓮太は口をぽかんとあけた。彼らを自分は知っている。そう、この世界に来ることになったきっかけの狐の像だ。もちろんこんなに大きくもないし、服も装飾品も付けていなかったが。
青狐は蓮太に向かって丁寧に一礼した。次に片膝を折りワカと目線を合わせる。
「お客様はもう十分お祭りを堪能されたご様子。そろそろお見送りの時間なのでは?」
ワカの瞳が揺れる。
「もう少しだけ......」
「若、我儘はいけませんよ」
その言葉をぴしりと遮る青狐の背中を赤狐が思い切り叩いた。
「いいではないか! お勤めまではまだ時間があるだろう? 相変わらず青は融通が利かんなぁ!」
「あなたが適当すぎるのです」
叩かれた背中をさすりつつ、苦々し気に赤狐をにらむ青狐。赤狐は腕を組みワカに問うた。
「ぼうず、あとわずかな時間で何をする?」
「――ヨーヨー釣り」
ぽつりと小声で答えると、ワカは蓮太に向き合い言葉を続けた。
「ねえ、蓮太。最後に『思い出ヨーヨー釣り』をしようよ」
蓮太とワカは目的の夜店を目指して歩き出した。後ろからは赤狐と青狐が音もなく影のようにぴったりとついて来ている。
自分はもうすぐ帰れるのだろうか。
喉の奥まででかけた問いかけを蓮太はぐっと飲みこんだ。モヤモヤとした焦りを抱えたまま足を進めるうちに、いつの間にか目的のヨーヨー屋の前に辿り着いていた。
店主を務めるのは、どこか愛嬌のあるにこやかなカエルの妖怪だ。店の中央に据えられた大きな丸い木桶の中には、色とりどりのヨーヨーが浮かんでいる。はじめに訪れた宝石すくい屋の鮮やかな煌めきとは違い、こちらはどこかそっと包み込まれたような暖かさを感じる優しい光を放っていた。
「思い出ヨーヨー釣りのいいところはね、釣ったヨーヨーに自分の思い出を吹き込むことができるところなんだ」
ワカはカエル店主から釣り具を受け取ると、冷たい水面へそっと針を沈める。波紋が広がりヨーヨーたちを優しく揺らした。
「俺は、誰かが招かれた時には必ず、ここでヨーヨーを釣って、その日の思い出を吹き込むことにしてるんだ」
針の先を一心に見つめるワカの横顔に蓮太は思わず尋ねた。
「ワカは、これからもずっとここにいるの?」
ワカの肩が跳ねた。
「そうだね。消えてなくなるまで、ずっとここにいるんじゃないかな」
あっさりとした口調とは裏腹に、その言葉の響きはとても寂しい。
なぜそう感じるのか理由はわからないまま、蓮太はただ黙って針の先を見つめ続ける。
ほどなくして、「獲れた!」という歓声とともにワカの手には橙色のヨーヨーが握られていた。
遅れて蓮太も若草色のヨーヨーを釣り上げる。
「僕も今日の思い出を吹き込むよ」
ヨーヨーを両の手の平に大事に載せて宣言する蓮太に、ワカは少し照れくさそうに微笑んだ。
ヨーヨーを大事に抱え、店を出た直後のことだった。
浴衣をまとった可愛らしいヒヨコの妖怪が三羽、どこからともなく現れた。
「こんばんはお客様!」
「こんばんは、若様!」
「アタシたちが赤様と青様に、若様の居場所を教えてあげたのよ!」
口々にさえずりながら、三羽で無邪気に戯れ始める。
「お客様はお祭りをちゃんと楽しめたかしら」
「楽しめたに決まってるじゃない!」
「そうでないと、若様もアタシたちも困ってしまうわ」
その時だった。調子に乗ってふざけあっていた一羽が、店の横に立てかけてあった木材に強くぶつかってしまったのだ。
ギギ......と鈍い音を立てて、数本の木材がその子の頭上へと倒れこんでくる。
「危ない!」
蓮太は考えるより先に、夢中で両手を伸ばしていた。ヒヨコを両手で掴むと勢いよく膝から地面に突っ伏す。
ガシャン、と大きな音が辺りに響く。
急に視界が開け、蓮太は眩しさで目を細めた。思わず目元に手をやれば、ずっと顔を覆っていたお面の触感はなく、触れたのは自分の柔らかい素肌だった。
外れたお面が、あっけなく蓮太のひざ元へ転がっている。
さっきまでの賑わいが嘘のように消え去り、お祭りは異様な静寂に包まれた。