第二話 お面の祭り
「よく来たね、蓮くん!」
父の運転する車から降りるなり、蓮太は祖母から両頬をむにむにと撫でまわされ熱烈な歓迎を受けた。
「大きくなったねぇ、今何年生だっけ?」
「三年生だよ」
「もう三年生? 早いもんねえ!」
ようやく祖母の手から解放された蓮太は、これ以上いじくりまわされないように祖母から数歩距離をとる。
車から荷物を降ろした父が近づいて来た。
「お義母さん、蓮太をよろしくお願いします」
「いえいえ。一人で寂しいから、蓮くんが遊びに来てくれて嬉しいわぁ。華絵は仕事、けっこう忙しいの?」
「ええ。ちょっとバタついているみたいですね」
談笑する二人のかたわらで、蓮太は約半年ぶりに訪れる祖母の古い一軒家を見上げていた。裏手の林からは、耳が痛くなるほどの蝉の大合唱が聞こえてくる。
その後、父は何度も「ばあばの言うことをちゃんと聞くんだぞ」「夏休みの宿題、ちゃんとやるんだぞ」と蓮太に念を押して、母の待つ自宅へと帰って行った。
おやつにカップアイスをつついていた時、祖母が「そうだ」と手をたたいた。
「あさってに近くの神社でお祭りがあるのよ。今までこの時期にばあばのとこに来たことなかったでしょ? ちょっと変わったお祭りなの」
黙々とアイスを口に運んでいた蓮太の手がぴたりと止まる。
「変わった?」
「みんながお面をつけて参加するの」
蓮太は、よくお祭りで売られている、戦隊ものや魔法少女をかたどったプラスチックのお面を思い浮かべる。想像するとなんともおかしな光景だ。
祖母はひらひらと片手を振った。
「ここで使うお面は、職人さんが作った木製のやつね。お母さんのお面があるから、それを借りてあさってお祭りに行こうね」
「うん!」
蓮太は目を輝かせ、大きくうなずく。「お祭り」に「お面」。どちらも日常からかけはなれた、胸が躍るような響きだ。
「そうそう」
立ち上がろうとした祖母が、思い出したように付け加えた。
「そのお祭りでは絶対にお面を外さないこと」
「......?」
「そういう決まりなの」
とりあえずもう一度、今度は小さくうなずく。
蓮太はあさってを心待ちにし、残りの日を過ごした。
◇
お祭りの日がやって来た。
「これでよしっ」
祖母の掛け声で蓮太は急いで鏡の前に駆け寄った。鏡の中には黒猫のお面をつけた少年がこちらをのぞいている。
「緩くない?」
「大丈夫!」
蓮太はその場でくるりと回ってみせた。お面は紐でしっかりと頭部に固定されている。木でできているならずっしり重いのかと思ったが、案外軽いのに驚いた。視界もそれほど悪くない。蓮太はお面の下で小さく笑った。
「もう出かける?」
「そうね。そろそろね」
居間の時計を確認し祖母が答える。
「早く行こうよ!」
「はいはい」
蓮太は運動靴をすばやく履くと玄関を飛び出した。お面をつけている高揚感と、お祭りへのわくわくした気持ちが蓮太の足を軽くする。
祖母の家がある地域は三方を山に囲まれた低い土地だ。地域の中心を川が流れており、その周りには豊かな田園風景が広がっている。
山のすぐ側にある神社までの最後の道は、左右を田んぼに挟まれた長い一本道だった。水を抜かれたばかりの半湿りの田んぼからはほんのりと泥臭い匂いが漂ってきて、蓮太は顔をしかめる。
道を歩ききった先に大きな石造りの鳥居と神社への長い石段が見えた。
蓮太がお祭りでとくに楽しみにしていたのが子ども向けの売店だ。境内に並ぶ店をみて、蓮太は居ても立ってもおられず祖母をおいて走り出した。
一通り店をまわり終わった頃だった。
リィィーーン。
祭りで賑わう人々の中、決して大きくないその音は蓮太の耳にしっかり届いた。
ガラスのように澄んだ細く高い音が頭のてっぺんから足の先まで駆け抜けていく。
ゆるりと振り向いた先には薄暗い境内。その一角にポツンと、赤色と青色の何かが浮かんでいた。
蓮太は誘われるようにそれに向かって一歩を踏み出した。