第14話 葬式
次の日、怜人さんの葬儀は平坦に行われた。数多くある日本の島の例に漏れず、この斗鬼和島でも若者よりジジババの方の割合が多い。夕斗時代から葬式には幾度も出てきたものである。
ただその葬式の主役たちは病死や事故死、そして天寿を順当に全うしたものと言った内容であり、死体を無残に壊される他殺なんてものはただの1人もいなかった。
そんな怜人さんが主役のせいなのか、平坦の裏側には静かな狂乱を秘めているようだ。だがそれでも島の年寄りたちは長年の経験を生かして葬式を粛々と運んでいき、怜人さんとの最後の対面となった。死体の状況が状況だけに、辛うじてエンゼルメイクをされた顔だけが微かに棺の中から見える程度であるが。
「お爺ちゃん......」
身体の見えない棺桶に多くの人が花や怜人さんの好きだったものを供えていく中、紅魅は腕一杯に物を運んでいた。いくつものぬいぐるみ、木彫りの人形、何枚もの服、酒、靴、ランドセル、恐らく酒以外は全て怜人さんが紅魅に買い与えた思い出の品であろう。よく見ると服は昨日出会った紅魅が着ていたものも入っている。
「あたしがそっちに行くまで元気でね」
力のない紅魅がそれらを入れ終わった後に火葬場へと怜人さんは運ばれていった。
「怜人さんが亡くなるなんてね。あの人はこの島が無くなるまで生きるものだと思ってたんだけど」
「うん、お母さんも気を付けてね」
心寧さんと輪が湿っぽく会話をしていると厚い手のひらで腕を掴まれた。
「おい、暁人」
「原田か......どうした?」
「ちょっとこい、話したいことがある」
輪と心寧さんに先に帰るように促したのち僕たちは人気のない木陰に足を運んだ。
「で、こんな時に呼び出して何の用だ?」
「お前、爺さんを殺した奴のことをどう思ってる?」
「藪から棒に何のことだ? んなもん、ムカついているに決まってるだろう」
「......そうか」
原田はスマホを取り出し、その画面を僕に見せつけてきた。
「おまっ!?」
その画面を見た瞬間、藪から蛇どころか、八岐大蛇が出てきたような衝撃が僕を襲う。
「これ......怜人さんの死体か?」
「ああそうだよ」
先ほどの多少なりとも姿かたちを整えられた姿とは全く違う、公園にある半分埋まったタイヤのすぐ隣で夥しい血をまき散らしながらグチャグチャに壊されている死体の姿だ。血の布で隠されてはいるが内臓まで外に転がり出ているのが確認できる。すぐ傍には血に塗れたナイフが落ちていた。
「うっ......」
気分が悪くなり一歩後ずさった。原田はそんな僕を見て一歩近づく。
「なんでそんなもん持ってんだ」
「爺さんの死体を見つけたのは親父なんだよ。毎朝の散歩中に発見したらしい......で、つい写真を撮っちまったんだってよ」
なるほど、不謹慎ではあるが気持ちは分かる。普通に暮らしていれば他殺体なんてものは一生に一度も見ることはない。ましてここまで残虐な殺意を埋め込まれた死体なら例え警察であろうともそうそうお目にかかるものではないはずだ。言葉を選ばずに言えば、記念として一枚撮りたくもなろう。
「俺は親父から連絡を受けてすぐに現場に急行したよ。あの堅物爺の身体がグチャグチャにされてた。思わず触っちまった身体には全然力が無くってよ、ゴムみたいな妙な感触がしたもんだった。それが傷のせいで赤で染まってて......生きてるやつの触感ってのが全然なかった」
原田の言葉からは拙いながらも怜人さんが出してしまっていた生々しい感触と湧き上がっていく怒りが発されていた。
「俺は許せぇねんだ。何の罪もない爺さんをこんな目に遭わせて、紅魅の心を弄んだ野郎のことがよ」
血走った目で何かを睨みつける。その目には犯人が映っているのであろうか。
「罪が無い......か」
夢浦怜人さんのことは原田より昔から知っているが、確かにあの人は基本的には好々爺だ。特に紅魅にはめっぽう甘い。だがそれは島民に対してだけの話。
島民以外にはなかなかに当たりが酷く、観光資源もないこの島でも何とか観光客を得ようと頭を抱えている公民館職員たちの議題に怜人さんをどうするかが上がるほどだったらしい。かくいう僕も暁人の時は可愛がられた記憶も多いが夕斗の際はなかなか結構酷い目に合わされたものだ。どうにもあの人の中ではどこの馬の骨とも知らない両親に島へ捨てられた存在である僕は、島民だと思われていなかったらしい。
が、そのくらいで惨殺されるほどの罪に当たるとは思えない。
「なんだ?」
「何でもない。それよりお前、これから何かするつもりなのか?」
顔に出ていたらしい。原田に気取られるとはなんとも無様だ。
「たりめぇだろ。俺は俺で爺さんを殺したクソ野郎を探す。お前も手伝え」
「......本気で言ってんのかお前?」
「当たり前だろうが。暁人、お前はこんな真似されてムカつくんだろ。だったら断罪するべきだろうが!」
「落ち着け、僕たちが何かするまでもなく警察が動く。こんな派手なことしでかしたんだ、絶対に捕まるさ」
「んなもん信じられるかよ! あいつらこんな小さな島のことなんてどうにも思っちゃいねーよ!」
「その通りだ」
ヒートアップしていく原田へ油をぶち込むかのような声がした。江川さんだ。
「警察はこんな孤島で起きたことなんて、大したことだと思っちゃいない。孤島の殺人より、東京の万引きに頭を悩ませるような人種さ。だから未だに公子を殺した犯人のことも見つけられないんだ」
「江川さん......」
「悪いな、龍臣の声が聴こえてな。今回の夢浦殺しだって確かにまともに捜査するとは思えない。仮に捜査したとしてもどうせ犯人を見つけることなんてできないってのは同意だ」
深い怨嗟の情念が籠っている。分かってはいたつもりだが、やはり公子の死からこの人はまだ全くもって解放されていないようだ。
「江川さん、ちょっと」
江川さんの隣にいた碁羅さんが遠慮がちに服を引く。
「もうお葬式も終わりましたし早く帰りましょう。斗鬼和花について興味深い文献が見つかったんですから」
「ああそうだそうだ、そうだったな。つい若者たちの議論が聴こえてな。
龍臣、お前は間違っちゃいない。自分の信じる方に進め。公子もきっとそう言う」
「は、はい。ありがとうございます!」
「それではお2人とも、私達はこれで失礼します。真砂さん、斗鬼和花について詳しく知りたかったらまた連絡くださいね」
「はい」
そうして去っていった2人の背中を見ていると原田が僕の前に回り込んできた。
「それでどうする? お前はやるのか? やらないのか?
爺さんの弔い合戦を」
鼻息荒く、とても冷静だとは思えない。やっぱりこいつはガキだ。
「......お前、漫画の主人公にでもなったつもりか」
「あぁ?」
「何の知識も経験もない僕たちが惨殺事件の犯人を見つけるなんて夢物語だって言ってんだよ」
「なにほざいてんだお前」
「ほざいてるのはお前だ。相手は人間を無残に殺した異常者だ、そんなのを探して捕まえられると本気で思ってるのか?見つかるわけないし、万が一見つけられたとしても、それを気取られたら下手すりゃ殺されるぞ」
「なにを日和ったこと言ってんだよ!! もしそうなるなら殺される前に殺しちまうよ!!」
「ふざけたこと言ってんな! お前まで殺人犯になるつもりなのか!?」
「それが罰を下すってことなら喜んでなってやるよ!! そうすりゃ紅魅の心も少しは安らかになるだろう!」
「原田、頭を冷やせ!」
服が引きちぎられそうな力で胸ぐらを掴まれた。原田は鬼のように睨みつけてくる。
「お前、臆病者だったっけ? 昔のお前は俺たちの為に何でもしてくれたじゃねーか」
「ガキのお遊びと一緒にするな」
「......そうかよ」
右頬に強烈なフックがかまされた。鋭い痛みと共に身体が宙を飛び、近くにあった樹木へ強かにぶつかる。
「ぐあっ!」
「見下げ果てたぞボケが! お前のことを尊敬していたのに......腑抜けが!」
「原田......お前」
息が上手くできない......良いところ入っちまったか。
「もういい、お前に頼らねぇ。この島についてろくに知らない警察にも頼らねぇ。俺は1人で紅魅の涙を拭ってやる」
「やめろ......冷静になれ」
「お前は一生そうやって良い子ちゃんのフリしてろよ。立ち止まって、蹲って、言い訳ばかりして生きてりゃいい。だが覚えとけ、そんな生き方してたらいつかは罰が下されるからな」
身体が動かなかった。原田はそんな僕に一瞥もくれることなく力強い足取りで離れていく。
火葬場の煙突から白い煙が空高く舞い昇って行っていた。
「原田の野郎......」
蛮勇だ、ガキなんだ、根拠のない自信と妄想に憑りつかれてるんだ、勇者になんてなれるわけがないのに......
「クソが」
だけど、あれが正しいのかもしれない......
息が十分に出来るようになった後、僕は江川商店に向かった。
腑抜けなりに出来ることを準備しに。