第15話 無謀な捜査
【原田龍臣】
まだ俺たちが8歳だった時、紅魅や暁人と一緒に山に秘密基地を作りに行ったことがある。もっとも、俺が2人を無理やり誘っただけなんだが。
「原田ぁ、秘密基地なんて作ってもどうせ行くことないだろ。エアコンとゲームのある家でゴロゴロ遊ぶのが一番だって」
暁人の覇気のない言葉を無視して俺は紅魅に語り掛ける。
「なぁ紅魅、秘密基地に何をおきたい? 漫画はマストだよな、あと冷蔵庫とかあったらいいかな?」
「龍臣の好きにすればいいわ。秘密基地は男のロマンらしいし、女のあたしは外から見守るだけよ」
「そんな固いこと言うなよ」
紅魅は間違いなく俺と話していたはずだ。だがその言葉の向きは暁人の方を向いているようにしか思えなかった。いつも紅魅は密かに暁人のことを見ている。俺や、他の奴らに向けているそれとは明らかに違う眼差しで。
「一緒に作れば楽しいって。思い出が詰まった秘密基地は絶対に気に入るからよ」
「そうかしらね。思い出なんて過去でしょう。まだそんなものに浸るほど年は取ってないつもりよ」
「紅魅は大人だなぁ」
必死に言葉を紡いでいるとふと暁人が足を止めた。何事だと口を出そうとすると手で動きを制されたのである。
「お前ら、楽しいお喋りはその辺にしとけ」
「あ?」
その時、山に生い茂る緑を踏み荒らしながらイノシシが現れた。ギョロギョロと辺りを見回して俺たちを警戒しているようだ。
「ひっ!」
イノシシは鼻を鳴らし、力を溜めるように地面に四本の足をしっかりと突き刺していた。獣の瞳が俺の弱々しい目と合う。
「原田、そう声を出すな。ゆっくり目を離さずに距離を取っていけ。ゆっくり......ゆっくりと」
「うわぁぁ!」
気づけば逃げ出していた。隣にいた紅魅にも目をくれず、小さな足を必死に動かして。イノシシはそんな俺に目標を絞ったのか突進してくる。
「やめろぉぉぉ!」
視界が滲み、鼻水が口の中に入ってきた。
「ったく、しょうがないガキだこと」
イノシシの背中に結構なスピードで石がぶつけられた。それと同時にターゲットを俺から石の投げ手である暁人へと変える。暁人は一片の動揺もなく身軽に近くの木によじ登っていく。
「あらあら、お猿さんみたいね」
「そう言うお前もさっさと木に登ってんじゃねーか」
「サポートが必要かと思ったのよ」
「そいつはどうも」
一足先に登っていた紅魅が暁人に手を伸ばした。それをがっちりと握りしめ引き上げられる。その直後イノシシが恨めしそうに暁人を見上げた。
「原田、お前も適当な木に登っとけ。そのうち疲れてどっか行くだろ」
「危なかったわね。熊だったら木に登ってきたかもしれないわよ。いや、イノシシでも木をへし折るくらい出来るかしら?」
「怖いこと言うなよ。さてと、念のために助け呼んどくか、残念だけど秘密基地はお預けだな」
情けない醜態を晒した俺と違い、2人は平然と、まるで3時にお菓子を食べる時のようにのほほんとしていた。そしてそんな2人が枝に隣り合わせに座っている様は、涙のフィルター越しでも腹立たしいほどお似合いに見えてしまった。
「んだよ......」
曇天が落ちてきたような暗闇の中、俺は頭を手にかざした。
「何で今こんなこと思い出すんだよ」
知ってるよ、紅魅も暁人も俺とはまるで違う人間だってことは。ずっと一緒にいたのに俺はあの2人の世界には入っていけていないなんてことは。
分かってるよ、紅魅が俺より暁人のことを気にかける理由なんて。俺なんて眼中にもないなんてことは。
だけど、それでも俺はお前の為に何かしてやりたいんだ。
「行くぞ」
俺は夢浦の爺さんの工房のすぐ傍に身を潜ませていた。現場である公園は流石に警察がしっかりと張っており、まだ侵入できる気配はなかったので、工房にやってきたのである。
爺さんは明らかに他殺、それにかなりの憎しみがねーとあんなに酷い殺され方はされないはずだ。でも、俺の知っている限りあの爺さんはちんけな恨みは大量に買おうともそんな馬鹿みたいに恨まれたりはしていなかったはず。
悔しいが暁人の言う通り俺に捜査の方法や科学技術なんてものはない。でも、動機の方から探れば何か役に立つ情報を得られるかもしれない。
『あ? 行き止まった時どうするか? んなもん回れ右して違う道を探るか、上下左右を見て本当に行き止まりかを確認することから始めろよ』
暁人、お前が俺に言った言葉だぞ......ま、夏休みの宿題に困った時の言葉なんて忘れてるかも知れねーけどさ。
「さぁ、行くぞ」
上下黒のジャージ姿に黒い帽子に黒いマスク。きっとこれで闇に紛れているはずだ。
俺は念のため工房の裏口に回って足音を立てないように侵入する。
爺さんが恨みを買うような何かの手掛かりがここに眠っているかもしれない、その想いを旨に事務室へと足を運ぶ。事務室と言っても冷蔵庫とテーブルが置いてあるだけで、実質昼寝部屋でしかないが、一応僅かながらに書類があったはずだ。
恨みを買うってのは大抵怨恨か金だって相場は決まってるもんだ。爺さんはあれで筆まめだったし、日記かなんか残っているかもしれない。
事務室で俺は持ってきた懐中電灯の灯りを頼りに物色を開始する。物が少ないイメージがあったのだが、存外文房具や帳簿なんかもあるし、爺さんの私物と思われるものが結構置いてある。
「目覚まし時計......あの爺さんマジで昼寝を楽しんでたんだな」
とにかくまずは帳簿に目をやった。爺さんらしいカクカクしていて、後ろのページにまで跡が残っている文字たちを一ページずつ丁寧に、舐めるように目を通すが特段変わったところはない。大きな金の貸し借りがあったかもと思ったが空振りに終わったようだ。次は目についたものを片っ端から調べていく。
「なんかないか、なんかないか」
紅魅、待っていてくれ。俺が絶対に犯人を見つけ出して罰を下してやるからな。
だが強く思っていると言うのに俺が欲しい情報は少しも見当たらない。肩を落とし地面に尻をつけた。
「くそが......なんでだよ」
これじゃあ暁人の言う通りじゃねーか。何もできないなんてムカつく......ムカつく......ムカつ......
「あっ」
事務室に鎮座していたテーブルを見てふと思い出した。爺さんは茶目っ気のあるやつだった、ついこの前新しいテーブルを貰おうとしたときも隠し扉があるやつを勧めてきたっけ。まぁ高かったから止めたんだけど。
「確か......」
机に取り付けられている左右の引き出しを同時に開けて左、右の順番で勢いよく閉める。そうすると空気がどっかの隠し扉を押し開けるんだとかなんとか。
朧げな記憶を元にその手順をしてみると、パカリとテーブルの裏側が空いた。一冊のノートが顔を出している。
「これだ!」
直感する。これこそ俺が求めていたものだ。
「日記?」
表紙に書かれていた文字を適当に読んだあと、逸る気持ちを抑えて必死に目を通していく。どうやら17年くらい前の日記のようだ。息子が嫁さんと喧嘩しただの、将棋大会で準優勝しただの取り留めもない日常が綴られている。俺はそんな記述にやきもきしながらも何かあることを祈るようにページを隅々まで読み込み、まためくっていく。
そうしていたある時、手がピタリと止まった。
「は? なんだこれ......」
この書いてあることがマジだとしたら......爺さんは......まさか......
「早くこのことを知らせないと」
でも、こんなこと誰に言えばいい? 紅魅には言えねぇ。親父か? いや、ムカつくけど警察に......
ガツンッ!!
「!!??」
突然雷撃のような痛みが俺の頭を穿つように響く。何が何だか分からない間に、2撃目がまたしても頭を襲う。
「あっ!! がっ!!」
痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
なんだなんだなんだなんだなんだ????
先ほどまで座っていた床に俺は寝転がってしまった。無限に回るような激痛だけが頭に残っている。
誰かに殴られた......そう気づいた時にはもう遅かった。溶けていく。取り返しのつかない場所へと溶けだしていく。転がった懐中電灯の光に照らされ、もう一撃が顔に叩きつけられる光景がなんとなく見えた。
グチャァ!!
俺の目玉がコロリと転がり落ちていくのが見えた.........気がした。クソが、何にも見えねぇ。
永劫の闇に落ちていきそうな脳みそに紅魅の顔が過ぎった。
紅魅、お前を助けられなくて、ごめんな。
ドロリ