第16話 罪には罰を
斗鬼和島が哭いていた。
原田龍臣の死は島民たちの間で閃光のような速さで駆け巡り、誰もが驚愕と恐怖の念を覚えずにはいられなかっただろう。
怜人さんの死、単体だけで言っても十分すぎるほど残酷で悲劇的な話だ。だがそこに、怜人さんと違いまだまだ若く未来のある若者までもが、原形を留めないほどの姿にされてしまったならばその忌まわしさは足し算でも掛け算でもなく、指数関数のように膨れ上がっていく。
怜人さんと原田の共通点、探せばないことはないだろう。島民であること、男であること、紅魅と深い関りがあること、パッと思いつくだけでもこれくらいは思いつく。だがその程度の共通点をもった人間はいくらでも斗鬼和島にはいる。
きっと誰もの頭に過ぎったことだろう。犯人は、鬼のような存在であると。そして、この連続殺人事件はまだ終わらない。鬼の気がたった2人を殺害するだけで収まるはずがないのだと。
原田の葬式は、やはり手慣れた様子で準備をされていた。だが人々の様子は皆一様に窪んでおり、ゆっくりと浸食してくる硫酸の沼に足が浸かっているかのように恐怖心が漏れ出ていた。
「龍臣......」
僕たちは怜人さんの時と同様に葬式を終わらせ、各々帰路についていた。隣では線香の匂いがまだ身体に付着している紅魅が哀しみで澱んでいる。
「あいつ、お爺ちゃんの事件を勝手に調べていたらしいわね」
「......ああ、僕にそう言っていたし、それに死体の発見現場は怜人さんの工房だ。まず間違いないだろう」
第一発見者は原田の親父さんだ。一夜明けても帰ってこなかった息子を心配して朝から捜索したところ、不自然に開けられている工房の扉を発見し、そのまま物言わぬ存在となってしまった原田と対面したのだという。茫然なんて生易しい感情ではいられなかっただろう。
「お爺ちゃんのことなんて知らんぷりして、娯楽の少ない島のエンタメとして捉えておけば良かったのに。バカな男ね......」
「紅魅......原田は怜人さんの為だけじゃなく、お前の」
首を振って僕を制する。
「分かってるわよ、あのバカの気持ちに気づかないほど鈍感な女じゃないわ......でも、やっぱりバカな男なのよ」
風に吹き飛ばされそうなほどか弱い声が空に舞った。
「僕は間違ったのかな?」
「何がよ」
「原田は僕に協力を申し出ていた。もし断らなかったら原田は死ぬことはなかったんじゃないか......そう考えちまうんだよ」
死ぬとしたら若く、夢と希望に満ちていた原田より、一度死んだ存在である僕の方が良かったはずだ。あいつは直情的なところはあったが良い男だった。理屈をこねくり回して安牌を取ろうとする腑抜けよりもよほど生きる価値があったはずだ。
「もしその言葉の真意が、原田よりも僕が死ぬべきだったんだ。なんて意味なら大間違いね」
「紅魅?」
「結果論としてはあんたは間違った選択を取ったかもしれない。けど、そんなこと考える必要なんてないわ。たらればをどれだけ後悔したところで時間の無駄よ」
「......正論だけど、そう単純な話でもないだろう」
「なら言い方を変えてあげましょう」
紅魅の細い手が僕の胸ぐらを掴んだ。
「後悔する前に、龍臣を殺した奴にどうやって罰を下すかを考えた方が有益でしょうが!」
「......っ」
「あんただけじゃない。龍臣が死んだのはあたしが選択を間違ったせいでもあるのよ。それもとっても大きな間違いを。それは間違いなく罪。だけど、決して罪が起きると分かっていてしたことじゃない。悪意を持たない罪を裁くのは法だけであるべきだわ。
間違いを犯したあたし達が受けるべき罰......それは悪意を持った輩が犯した罪を裁き新たな罪を背負うことだとは思わないかしら」
大きな瞳にドロドロとして、数多の業が宿しているかのような暗くて重いものが沸き上がっていく。
「罪には罰を......この島で大罪を犯した奴らにはそれに相応しい罰を与えてやるのが筋ってもんよ」
罪には罰を......未だに納得できない価値観だ。
罪を裁くことは罰に当たらないのか、目には目を歯には歯をなんていうけれど、その目と目は同じ価値なのか。人が人として生きるために罰は必要なのか。罪を闇に投じる方が社会は円滑に進む場合もあるのではないか。罪と罰は途切れない糸となり、人類がいる限り永遠に終わることが無くなる可能性もあるのではないか。
分からない。いくら考えても僕には分からない。その意義について一定の理解はするが、それ以上に進まない。いくら理屈を積み上げても答えなんてないのかもしれない。
だが
「ああ、その通りだな」
感情論だけで言えば、深淵よりも深い納得が今の僕には出来る。
「ふんっ」
紅魅が手を離して軽く髪を掻いた。
原田、お前の仇は取ってやる。そんでもって勝手ながらお前の代わりに紅魅のことも僕が守ってやるよ。
「とは言え、あんたが龍臣を振った理由の一つでもあるけれど、あたし達だけで犯人にたどり着くのは現実的に考えて不可能だわ。せめて何かとっかかりがないと」
紅魅が呟いたちょうどその時、葬式場の一部がにわかに盛り上がった。中心にいるのは、安っぽい喪服と真珠をつけた碁羅さんと、江川さんだ。
碁羅さんが声を張り上げている。
「いいですか、皆さん。間違いありません。私はお2人の残虐な殺人事件の犯人が分かったんです」
なっ?
「この事件の犯人は......化け物です! 比喩ではありませんよ、皆さんも知っている斗鬼和姫の物語に出てくる島の人間たちを襲った化け物......つまり、斗鬼和花から産まれた存在が犯人に違いありません!!」
「......はぁ?」
「何言ってんだあんた、頭おかしいのか?」
少しピリついている様子の参列者が碁羅さんに食って掛かろうとする。だが江川さんがそれを制した。
「おいお前ら、ピーピー喚く前に碁羅さんの話をしっかりと聞きやがれ。俺達全員にとって重要な話なんだよ!」
「んだとお前」
「黙って聞いてろって言ってんだ!」
突如とした落雷に場の人々はひるんだ。それを確認した碁羅さんは手を大きく広げて演説を始める。
「落ち着いて物語を思い出してください、斗鬼和姫に出てくる被害者たちも今回の事件と同じように無残な死体となっています! そして亡くなられた方の特徴も一致しているんです」
死んだ奴の特徴?
僕は必死で斗鬼和姫の物語を思い出そうとする。だが何度も聞いているはずなのに思考と記憶が空回っているように思い出すことが出来ない。
「最初はお爺さん、次は青年」
紅魅が静かに答えた。この場においては蚊の鳴くような音だったろうに碁羅さんは地獄耳を発揮させたのか紅魅の方に目を向けた。
「その通りです! 今回の事件はどうですか皆さん! 最初の犠牲者である夢浦怜人さんは御高齢の男性でした。そして原田龍臣君は、まだまだ元気な高校生です......この符合は果たして偶然で片づけて良いものでしょうか!?」
騒めきどよめく。皆が知っており、子守唄代わりにまで使われる物語だ。それが連続殺人事件と符合しているとなれば驚かない方がおかしいだろう。
「そんなこと......あるのか」
「でも2人とも酷い死に方だったし......化け物が殺したって言うのも分かるわ」
「いやいやいや、そんなのこの令和の時代に化け物なんて......」
「まさか本当なのか」
島民達にとっては宇宙人だのゾンビだのよりははるかに信憑性がある話ではあるがそれでも十分に突飛な説のはずだ。だがそれでも徐々に呑み込んでいくかのような空気が漂い始める。現実とは思えない事件が2つも起こってしまった狂気が荒唐無稽な説を後押ししているような異様な雰囲気だ。
ただ、僕だけは他の皆と全く違う受け止め方をしていた。外からではなく、内から湧き出る違う恐怖を覚えていた。
「......怪物なんてのはあり得ないと思うけど、共通点は気になるわね。暁人、あんたはどう思う?」
自分の手のひらが血で塗れている。いくら落としても消えない血で。
「暁人、どうしたの?」
「っ......いや、なんでもない」
僕が人外の存在であることは間違いないだろう......だが、僕は怪物ではないはずだ。
今はそう信じるしかなかった。
手のひらの血は見えなくなっていた。願わくば、残っていないことを祈る。