ホーム›輪廻の罪と嗤う花›第17話 ディスカッション
← 次の話目次前の話 →

第17話 ディスカッション

普段よりも念入りに石鹸を使い、爪の隙間までしっかりと泡立てた後手洗いを終わらせた。

「暁人、大丈夫?」

 喪服から青い半袖に着替えた輪が麦茶をコップに注いでいた。

「正直大丈夫じゃないね」

 茶色く濁った液体が器に収まっていく様をなんとなく眺める。

「ねぇ母さん、斗鬼和花から化け物が産まれるなんてことあるの?」

 途端に肩を掴まれまさしく目と鼻の先で輪の首が激しく左右に振られた。

「そんなことあるわけないじゃない! 暁人はただの人間! 化け物なんかじゃない」

「でも、斗鬼和花の伝説には怪物が出てきてるよね。それが斗鬼和姫......僕と同じ境遇にいる存在だって可能性は「ない!」」

 震度1の地震くらいなら起きていそうな轟音が華奢な輪の喉から放たれた。

「真砂家はこれまで何人かの斗鬼和花から産まれた人たちを見てきたけれど、化け物なんてものは1人もいなかったの。あのおとぎ話に出てくるのは姫とは別の化け物よ。
 姫は冤罪だったの」

「冤罪ね」

 数世紀は昔の冤罪事件なんてどうやって証明するんだか......はぁ、おとぎ話に本気になるとは僕の脳みそも随分ファンシーなお花で満ちてしまったものだ。

「だけど今回の事件が斗鬼和花と関係してそうな気はする」

 またしても強烈な首振りが起きた。

「そんなの偶然。偶然だから」

 必死な相貌は僕だけでなく自分に言い聞かせているようでもあった。そういや、輪は昔っからこういう奴だったな。

「とにかく絶対に暁人が責任を感じるようなことは起きてないから。そもそも斗鬼和花は人を新しい自分に生まれ変わらせるもの、怪物に変化させる効果なんてないってのは絶対にないから」

「......そもそも斗鬼和花ってのは何で産まれたの?その怪物と関係があるの?」

「何で産まれたか......それは私にも分からないけれど......うーん」

 ふと思いついただけで特段の言霊を込めたわけではなかったのだが輪はしばらくの間逡巡する。そしてある時大きく唇を開けた。

「たまたまじゃない」

「は?」

 長々と考えた末......それ? 肩透かしと言うかなんというか。

「たまたまって言い方が気に入らないなら運命って呼んでもいい。出来た経緯は詳しく伝わっていないけれど少なくとも誰かの陰謀で産まれたってわけじゃないと思う......多分」

 随分と頼りないな。

「でも、お母さんはね、たまたまでも運命的でも出来たってだけで良いと思うの。だってそのおかげで私は貴方と会えたんだから」

 まったくもってこいつは......仕方のない奴だな。

「そいつはありがと」

 ま、僕が怪物かどうかは一旦棚上げして考えておくか。そっちの方が健康に良さそうだ。

「ははは......」


 僕の愛用している青色の学習机に紅魅は腰を下ろしていた。珍しくもないものしかない僕の部屋を目で一周する。

「碁羅さんのところに警察が詳しい話を聞きに行ってるみたいね」

「ああ、化け物が2人を殺したなんてのはいくら何でも信じちゃいないだろうけどね」

「もしそうだったら今頃怪物だか、魔物だかの対策の為に陰陽師に連絡とってるでしょうしね」

「夏の魔物退治に陰陽師か、中学生が考えそうなストーリーだな」

 今、斗鬼和島は夏の魔物に襲われているのかもしれない。肥大化する不安を消すために魔物と闇金も真っ青な取引をしてしまう。虚しい安心感と引き換えに理性的な言動を消し去ってしまうのだ。

 怜人さんの時点でその兆候は大きくあったが葬儀場での碁羅さんの発言で島の空気はさらに剣呑としたものになってしまっていた。発言からまだ1日しか経っていないのに既に本気で件の化け物が復活したのだと信じているジジババまでいるらしい。このままではネットで面白おかしく活動している系の陰陽師やゴーストバスターを呼び寄せる奴が出てくるのも時間の問題だろう。

 普段は安っぽい服に、だらしない格好でうろついている奴らばかりの斗鬼和島には本土からやってきた険しい顔したスーツの刑事が混じり、島はさらに混迷に向かっていると肌感覚で分かる。

「でも犯人が斗鬼和姫の物語になぞって犯行を犯しているってのは十分に考えられる話だわ」

「怜人さんの老父、原田の青年って言う属性だけで言えばあの話通りにことが動いているのは間違いない。でも爺さんに青年なんて属性持ちは人口が少ないこの島であってもいくらでもいる、まだ偶然って線も残しておくべきだろうな」

「でしょうね。ただしもし3人目が出てきたら偶然で片づけるのは難しくなるわね。奇跡は一度、偶然は二度まで起こるものだもの」

「初めて聞いたぞそんな話」

「あたしの持論だからね」

「そりゃ知らんわけだ」

 僕たちが昔から聞いているおとぎ話、斗鬼和姫の物語にも死人は多数出てくるが、明確に属性が明かされているのは、斗鬼和姫とその両親を除けば爺さんと青年しかいない。だが子供用に簡略化されていない原典によると次の犠牲者は若い女性らしい。

「そんな心配そうな顔で見ないでちょうだい。いざとなったらあんたに守ってもらうから」

「信頼してくれてありがとよ」

 僕は用意していた麦茶を喉に通す。いつもより少し薄いのか、どうにもスッキリとしない味だ。

「仮に斗鬼和姫の物語になぞらえていたとしたら犯人の目的はなんだと思う?」

「そうね、ミステリーだとこういう......見立て殺人って言うのかしら? とにかく物語に沿っての殺人だとパッと思いつくだけで2パターンの目的があるわ」

 紅魅が人差し指を立てた。

「1つ目はアリバイトリックの為。殺害の順番を誤認させるってパターンが多いのかしらね」

「アリバイトリックか、現実で聞くとは思わなかったセリフだな」

 言ってふと気づく、僕はまだどこかフィクションのことだと思っているのか? 愚かだな。ふんどし締め直せボケが。

「全くもって同感ね。
 でも言うまでもなく今回の事件には当てはまらないわ。龍臣がお爺ちゃんの次に殺されたのは疑いようのない事実だからね」

「それで2つ目は?」

「本命の殺人をカモフラージュするため。何かの規則に沿って殺していると思い込ませることで本命の相手をその他もろもろの1人に落とし込む」

「そうすることで私怨による殺人じゃないと思わせるってわけか」

「そういうことね。カモフラージュの為に殺された人は堪ったもんじゃないでしょうけど」

「そのパターンの場合は考慮する必要があるだろうが、その他多数の1人に落とし込むにはそれなりに犠牲者の数を増やさないといけない。ミステリーの世界ならともかく日本の警察は優秀だ、2,3人程度なら全員をくまなく調べ上げて動機のある人間をピックアップするだろうからな」

 別段警察の能力について詳しいわけではない。だが僕たちが必死こけば出来る程度のことであれば早々に、ある意味で片手間同然の労力で行うのは間違いないであろう。

「ええ。それに普段と違って今の斗鬼和島は子供たちでさえ呑気に外に出ることを控えている状況よ。若い女性が単独行動するとも思えないし、次の殺人は厳しくなっているはず......これから斗鬼和姫の物語にそって何人も何人も殺すってのはちょっと現実的じゃないわね」

 実際紅魅もこの2日はずっと僕の家に泊まってまで僕と一緒に行動している。他のところも旦那さんや男友達が若い女性を絶対に単独で行動させないように気を付けているだろう。

「ただこの状況を逆手にとって女性以外の本命のターゲットを殺そうとしている可能性も考えられるわ」

「だがそれもしっくりこないんだよな。ここは斗鬼和島、事件が始まる前ならインターホンが魔法の鍵になる場所だぞ。本命がいるなら怜人さんや原田を殺るより先にそいつを狙うのが手っ取り早いし確実だ」

 無論、怜人さんやもしかしたら原田までもターゲットだったという線もなくはないが、そんなことあり得るだろうか。

 息の塊を吐き出して眉をひそめる。

「可能性だけならいくら考えても尽きないな」

「あら暁人。それじゃあ他の可能性も提示してくれないかしら?」

 少し挑発したような声色だった。長い脚を組んで婀娜やかな微笑みをぶつけてきている。

「そうだな。それじゃあ今回の事件がストレートに斗鬼和姫の物語を模倣しているってパターンはどうだ?」

「模倣しているですって。随分捻りのない説ね」

「ああ、カモフラージュとかアリバイとかそういう小難しいことを一切考えず、単になぞっている。斗鬼和姫に何か儀礼的なものを考えているのかもしれないし......もしくは」

 窓の外に目を向けた地上を見下ろしながら空は我関せずといった顔で青く透き通っている。

「この島の崩壊を狙っているのかもしれないな」

 そうなったらそうなったらで面白いな。もっとも、島民への被害がでるから論外だけども。

「あらあら面白い説ね。どういうことかしら?」

「斗鬼和姫の物語のラストは罪に塗れた島が大津波にやられてほとんど全滅するって話だろ。伝説を忠実に実行していくことで最終的に島を崩壊させようと考えているんじゃないかって話だ」

 紅魅が手で口を隠した。

「ふふふふ。それはなんともユニークな話ね。妄想好きな小学生が考えたテロリズムかしら」

「そう笑ってくれるなよ。普通に考えればバカバカしいほど荒唐無稽だが、2人を惨殺した奴の思考なんてこのくらい狂っててもおかしくないだろ。本人の中で筋が通っていればそれは起こることになる」

「人間の愚かなところね」

「哀しいこったな」

「警察はどう考えているのかしら?」

「さてさて、どうだろうな。少なくとも素人の僕たちが考えた説くらいは全部念頭に置いて捜査しているとは思うが......なんにせよ今は斗鬼和姫の伝説を詳しく知りたいところだろう」

 だからこの島で一番斗鬼和姫について詳しいであろう碁羅さんに話を聞いている。根っからの島民からすればちょっと微妙な気持ちもあるが、ずっと研究してきた碁羅さんが斗鬼和姫に限っては第一人者だってのは間違いがない。僕も時間がある時にさらに詳しく聞いてみることにするか、幸い既に詳細な話をしてくれる約束は取り付けている。

 ......今回の事件は夕斗の殺人事件と関係があるのか? 僕が夕斗の死体を見つけてほとんど間を置かずに事件は起きている......偶然と一蹴したいところだけど胸にしこりが残る。仮に夕斗の死が発端とするならば今回の事件を解決に導けるのは僕だけかもしれない。

「暁人、どうしたの難しい顔して」

「いや、なんでもない。ちょっと慣れないことに頭を使って疲れただけだ」

 だが誰の助けも借りられないのに夕斗の死の真相をどうやって掴む。この狂気に覆われてしまった斗鬼和島でそんなことが出来るのか?

「.........」

 悩み苦しむ僕の顔を紅魅は何も言わずに見つめていた。


 その晩、僕たちの家に泊まっている紅魅はとある部屋をノックした。

「夜分遅くに失礼いたします。少しお話があるんですけどよろしいですか?」

「紅魅ちゃん? こんな遅くに何の用だい?」

「暁人や輪さんに内密の相談があるんですよ」

「暁人ちゃん達に?」

 迎え入れた心寧さんは何が何だか分からないといった様子だったが「とにかく中にどうぞ」と紅魅を招き入れた。

 その顔に場にそぐわない小生意気な笑みが張り付いていることに気づきもせずに。
シェア
前の話 →
第16話 罪には罰を
← 次の話
第18話 朝
輪廻の罪と嗤う花作者:曇りの夜空
目次を見る
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません
ホーム›輪廻の罪と嗤う花›第17話 ディスカッション
← 前の話目次次の話 →

第17話 ディスカッション

普段よりも念入りに石鹸を使い、爪の隙間までしっかりと泡立てた後手洗いを終わらせた。

「暁人、大丈夫?」

 喪服から青い半袖に着替えた輪が麦茶をコップに注いでいた。

「正直大丈夫じゃないね」

 茶色く濁った液体が器に収まっていく様をなんとなく眺める。

「ねぇ母さん、斗鬼和花から化け物が産まれるなんてことあるの?」

 途端に肩を掴まれまさしく目と鼻の先で輪の首が激しく左右に振られた。

「そんなことあるわけないじゃない! 暁人はただの人間! 化け物なんかじゃない」

「でも、斗鬼和花の伝説には怪物が出てきてるよね。それが斗鬼和姫......僕と同じ境遇にいる存在だって可能性は「ない!」」

 震度1の地震くらいなら起きていそうな轟音が華奢な輪の喉から放たれた。

「真砂家はこれまで何人かの斗鬼和花から産まれた人たちを見てきたけれど、化け物なんてものは1人もいなかったの。あのおとぎ話に出てくるのは姫とは別の化け物よ。
 姫は冤罪だったの」

「冤罪ね」

 数世紀は昔の冤罪事件なんてどうやって証明するんだか......はぁ、おとぎ話に本気になるとは僕の脳みそも随分ファンシーなお花で満ちてしまったものだ。

「だけど今回の事件が斗鬼和花と関係してそうな気はする」

 またしても強烈な首振りが起きた。

「そんなの偶然。偶然だから」

 必死な相貌は僕だけでなく自分に言い聞かせているようでもあった。そういや、輪は昔っからこういう奴だったな。

「とにかく絶対に暁人が責任を感じるようなことは起きてないから。そもそも斗鬼和花は人を新しい自分に生まれ変わらせるもの、怪物に変化させる効果なんてないってのは絶対にないから」

「......そもそも斗鬼和花ってのは何で産まれたの?その怪物と関係があるの?」

「何で産まれたか......それは私にも分からないけれど......うーん」

 ふと思いついただけで特段の言霊を込めたわけではなかったのだが輪はしばらくの間逡巡する。そしてある時大きく唇を開けた。

「たまたまじゃない」

「は?」

 長々と考えた末......それ? 肩透かしと言うかなんというか。

「たまたまって言い方が気に入らないなら運命って呼んでもいい。出来た経緯は詳しく伝わっていないけれど少なくとも誰かの陰謀で産まれたってわけじゃないと思う......多分」

 随分と頼りないな。

「でも、お母さんはね、たまたまでも運命的でも出来たってだけで良いと思うの。だってそのおかげで私は貴方と会えたんだから」

 まったくもってこいつは......仕方のない奴だな。

「そいつはありがと」

 ま、僕が怪物かどうかは一旦棚上げして考えておくか。そっちの方が健康に良さそうだ。

「ははは......」


 僕の愛用している青色の学習机に紅魅は腰を下ろしていた。珍しくもないものしかない僕の部屋を目で一周する。

「碁羅さんのところに警察が詳しい話を聞きに行ってるみたいね」

「ああ、化け物が2人を殺したなんてのはいくら何でも信じちゃいないだろうけどね」

「もしそうだったら今頃怪物だか、魔物だかの対策の為に陰陽師に連絡とってるでしょうしね」

「夏の魔物退治に陰陽師か、中学生が考えそうなストーリーだな」

 今、斗鬼和島は夏の魔物に襲われているのかもしれない。肥大化する不安を消すために魔物と闇金も真っ青な取引をしてしまう。虚しい安心感と引き換えに理性的な言動を消し去ってしまうのだ。

 怜人さんの時点でその兆候は大きくあったが葬儀場での碁羅さんの発言で島の空気はさらに剣呑としたものになってしまっていた。発言からまだ1日しか経っていないのに既に本気で件の化け物が復活したのだと信じているジジババまでいるらしい。このままではネットで面白おかしく活動している系の陰陽師やゴーストバスターを呼び寄せる奴が出てくるのも時間の問題だろう。

 普段は安っぽい服に、だらしない格好でうろついている奴らばかりの斗鬼和島には本土からやってきた険しい顔したスーツの刑事が混じり、島はさらに混迷に向かっていると肌感覚で分かる。

「でも犯人が斗鬼和姫の物語になぞって犯行を犯しているってのは十分に考えられる話だわ」

「怜人さんの老父、原田の青年って言う属性だけで言えばあの話通りにことが動いているのは間違いない。でも爺さんに青年なんて属性持ちは人口が少ないこの島であってもいくらでもいる、まだ偶然って線も残しておくべきだろうな」

「でしょうね。ただしもし3人目が出てきたら偶然で片づけるのは難しくなるわね。奇跡は一度、偶然は二度まで起こるものだもの」

「初めて聞いたぞそんな話」

「あたしの持論だからね」

「そりゃ知らんわけだ」

 僕たちが昔から聞いているおとぎ話、斗鬼和姫の物語にも死人は多数出てくるが、明確に属性が明かされているのは、斗鬼和姫とその両親を除けば爺さんと青年しかいない。だが子供用に簡略化されていない原典によると次の犠牲者は若い女性らしい。

「そんな心配そうな顔で見ないでちょうだい。いざとなったらあんたに守ってもらうから」

「信頼してくれてありがとよ」

 僕は用意していた麦茶を喉に通す。いつもより少し薄いのか、どうにもスッキリとしない味だ。

「仮に斗鬼和姫の物語になぞらえていたとしたら犯人の目的はなんだと思う?」

「そうね、ミステリーだとこういう......見立て殺人って言うのかしら? とにかく物語に沿っての殺人だとパッと思いつくだけで2パターンの目的があるわ」

 紅魅が人差し指を立てた。

「1つ目はアリバイトリックの為。殺害の順番を誤認させるってパターンが多いのかしらね」

「アリバイトリックか、現実で聞くとは思わなかったセリフだな」

 言ってふと気づく、僕はまだどこかフィクションのことだと思っているのか? 愚かだな。ふんどし締め直せボケが。

「全くもって同感ね。
 でも言うまでもなく今回の事件には当てはまらないわ。龍臣がお爺ちゃんの次に殺されたのは疑いようのない事実だからね」

「それで2つ目は?」

「本命の殺人をカモフラージュするため。何かの規則に沿って殺していると思い込ませることで本命の相手をその他もろもろの1人に落とし込む」

「そうすることで私怨による殺人じゃないと思わせるってわけか」

「そういうことね。カモフラージュの為に殺された人は堪ったもんじゃないでしょうけど」

「そのパターンの場合は考慮する必要があるだろうが、その他多数の1人に落とし込むにはそれなりに犠牲者の数を増やさないといけない。ミステリーの世界ならともかく日本の警察は優秀だ、2,3人程度なら全員をくまなく調べ上げて動機のある人間をピックアップするだろうからな」

 別段警察の能力について詳しいわけではない。だが僕たちが必死こけば出来る程度のことであれば早々に、ある意味で片手間同然の労力で行うのは間違いないであろう。

「ええ。それに普段と違って今の斗鬼和島は子供たちでさえ呑気に外に出ることを控えている状況よ。若い女性が単独行動するとも思えないし、次の殺人は厳しくなっているはず......これから斗鬼和姫の物語にそって何人も何人も殺すってのはちょっと現実的じゃないわね」

 実際紅魅もこの2日はずっと僕の家に泊まってまで僕と一緒に行動している。他のところも旦那さんや男友達が若い女性を絶対に単独で行動させないように気を付けているだろう。

「ただこの状況を逆手にとって女性以外の本命のターゲットを殺そうとしている可能性も考えられるわ」

「だがそれもしっくりこないんだよな。ここは斗鬼和島、事件が始まる前ならインターホンが魔法の鍵になる場所だぞ。本命がいるなら怜人さんや原田を殺るより先にそいつを狙うのが手っ取り早いし確実だ」

 無論、怜人さんやもしかしたら原田までもターゲットだったという線もなくはないが、そんなことあり得るだろうか。

 息の塊を吐き出して眉をひそめる。

「可能性だけならいくら考えても尽きないな」

「あら暁人。それじゃあ他の可能性も提示してくれないかしら?」

 少し挑発したような声色だった。長い脚を組んで婀娜やかな微笑みをぶつけてきている。

「そうだな。それじゃあ今回の事件がストレートに斗鬼和姫の物語を模倣しているってパターンはどうだ?」

「模倣しているですって。随分捻りのない説ね」

「ああ、カモフラージュとかアリバイとかそういう小難しいことを一切考えず、単になぞっている。斗鬼和姫に何か儀礼的なものを考えているのかもしれないし......もしくは」

 窓の外に目を向けた地上を見下ろしながら空は我関せずといった顔で青く透き通っている。

「この島の崩壊を狙っているのかもしれないな」

 そうなったらそうなったらで面白いな。もっとも、島民への被害がでるから論外だけども。

「あらあら面白い説ね。どういうことかしら?」

「斗鬼和姫の物語のラストは罪に塗れた島が大津波にやられてほとんど全滅するって話だろ。伝説を忠実に実行していくことで最終的に島を崩壊させようと考えているんじゃないかって話だ」

 紅魅が手で口を隠した。

「ふふふふ。それはなんともユニークな話ね。妄想好きな小学生が考えたテロリズムかしら」

「そう笑ってくれるなよ。普通に考えればバカバカしいほど荒唐無稽だが、2人を惨殺した奴の思考なんてこのくらい狂っててもおかしくないだろ。本人の中で筋が通っていればそれは起こることになる」

「人間の愚かなところね」

「哀しいこったな」

「警察はどう考えているのかしら?」

「さてさて、どうだろうな。少なくとも素人の僕たちが考えた説くらいは全部念頭に置いて捜査しているとは思うが......なんにせよ今は斗鬼和姫の伝説を詳しく知りたいところだろう」

 だからこの島で一番斗鬼和姫について詳しいであろう碁羅さんに話を聞いている。根っからの島民からすればちょっと微妙な気持ちもあるが、ずっと研究してきた碁羅さんが斗鬼和姫に限っては第一人者だってのは間違いがない。僕も時間がある時にさらに詳しく聞いてみることにするか、幸い既に詳細な話をしてくれる約束は取り付けている。

 ......今回の事件は夕斗の殺人事件と関係があるのか? 僕が夕斗の死体を見つけてほとんど間を置かずに事件は起きている......偶然と一蹴したいところだけど胸にしこりが残る。仮に夕斗の死が発端とするならば今回の事件を解決に導けるのは僕だけかもしれない。

「暁人、どうしたの難しい顔して」

「いや、なんでもない。ちょっと慣れないことに頭を使って疲れただけだ」

 だが誰の助けも借りられないのに夕斗の死の真相をどうやって掴む。この狂気に覆われてしまった斗鬼和島でそんなことが出来るのか?

「.........」

 悩み苦しむ僕の顔を紅魅は何も言わずに見つめていた。


 その晩、僕たちの家に泊まっている紅魅はとある部屋をノックした。

「夜分遅くに失礼いたします。少しお話があるんですけどよろしいですか?」

「紅魅ちゃん? こんな遅くに何の用だい?」

「暁人や輪さんに内密の相談があるんですよ」

「暁人ちゃん達に?」

 迎え入れた心寧さんは何が何だか分からないといった様子だったが「とにかく中にどうぞ」と紅魅を招き入れた。

 その顔に場にそぐわない小生意気な笑みが張り付いていることに気づきもせずに。
シェア
← 前の話
第16話 罪には罰を
次の話 →
第18話 朝
輪廻の罪と嗤う花作者:曇りの夜空
目次
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません