第13話 憔悴
恐怖、好奇心、興奮、戦慄、驚愕、憐憫、悲哀、様々な感情が蟲毒に入れられたかのように渦巻き争い、形容し難い熱を生み出しているのだ。熱狂とでも呼べばいいのだろうか。
「まさか夢浦さんが死ぬなんて」
「それも酷い死体だったらしいわよ。熊でも出たのかしら?」
「いやでも、あの爺さん公園で死んでいたらしいぞ。何でそんなところに居たんだよ」
小さな島だ、それに常に刺激に飢えている島民たちの間では誰かの恋バナですら高校のように一瞬で広まる。当然人死になんてセンセーショナル極まりないニュースは閃光のように島民全員が知ることとなり、根も葉もない噂が無節操にあちらこちらへと飛び交っていた。
怜人さんの死の噂を聞き付けた僕は、紅魅の下に向かったのであるが既に夢浦家の周辺には多くの人の野次馬の塊ができている。大半は喪に服すような黒を身に纏っていた。
「おい、暁人!」
「原田か......これってあの噂はマジってことなんだな」
原田は柄にもなく神妙な顔で深く頷いた。
「ああ、爺さんは死んだ......酷い有様だったぞ。身体はぐちゃぐちゃにされてて、顔もかなり傷つけられていた。爺さんだって判断するのがギリギリだった」
「獣害か?」
「いや、どうやら違うみたいだ」
「なんだと。じゃあまさか」
あたりの人間に隠すように口を手で隠す。
「身体の傷はナイフでやられていたみたいだ」
「なっ......」
つまり、殺人事件ってことか。
岩寄夕斗の死体が脳裏にちらつく。
「とにかく、紅魅んところ行くぞ!」
「あ、ああ」
玄関には多くの人間がいるので辺りの奴らを掻き分けながら裏口に回る。2人しか暮らしていないのに夢浦家は無駄に広く、少しばかり裏に行くだけでも時間がかかる。しかし、微かな労苦の末にやってきたにも関わらず玄関と同様にこっちにも人が多くいてとてもじゃないがここから入れそうにはなかった。
「ちっ、じゃあこっちだ」
僕たちは東側に回った。そして幼い頃偶に使っていたどんでん返しを使って家の中に侵入する。
「あの爺さんが作ったお遊びの仕掛けをこの年になって使うことになるとは思わなかったな」
「......そうだな」
紅魅の両親が行方不明になった後、爺さんが少しでも紅魅を楽しませる為に工作の技術を使って作った仕掛けである。もっとも知っているのは、僕たち幼馴染だけだが。
とにもかくにも僕たちはリビングに向かった。そこには力なく項垂れている紅魅が椅子に座っている。
「紅魅!」
原田が勢いよく紅魅の肩を掴んだ。いつもより光のない眼光で僕たちを見る。
「どうしたのよ、不法侵入者たち......あたしを襲う気にでもなったのかしら?」
「バカ言ってんじゃねーよ! 爺さんが死んだって言うから心配してきたんだよ!」
「耳が早いわね」
虫でも払うように原田の手を押しのけ紅魅は改めて椅子に座りなおした。
「でも知ってるなら話は早いでしょう。あたしは今疲れてるのよ、これから警察も来て話をするらしいし、お葬式の準備もする必要があるわ。悪いけどあんた達と話す暇はないのよ」
凹凸が一切感じられない虚ろな声音で僕たちを突き放す。
「紅魅......お前大丈夫か? 俺になんか出来ることあるか?」
「帰ってお葬式のマナーでも勉強してきなさい」
「そう言うことじゃなく、俺は......俺は......」
「帰ってちょうだい!」
原田が驚き飛びのいた。
「このあたしに同情だか憐憫だか知らないけど、妙な気を回すんじゃないわよ。
龍臣に出来ることは何にもないわ。それとも何? 弱った女は落としやすいとでも思ったのかしら?」
「ちがっ......俺は......ただ」
「帰って」
険悪になりつつある2人の間に割り込む。
「悪かったな、余計なお節介した」
「分かったならさっさと帰ってちょうだい......」
「原田、帰るぞ」
「いやでも」
「1人にさせてやれ」
「......っ......」
半ば無理やり原田を家の外に連れて行こうとすると背中に「来てくれたのにごめんなさいね」なんて声をかけられた。
「紅魅......俺は......」
こんなに疲労感に満ちた紅魅を見たのは初めてだった。あいつもやっぱり16の女の子なんだな。
「許さねぇ」
「......原田?」
「紅魅を悲しませた野郎を、俺は絶対に許さねぇ」
怒気、いや、殺気まで噴出する般若の如き顔でそう呟いた。僕にその言葉が届いているのか、それさえも分からない様子で。