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第12話 愛してるわよ

 テレビからキンキンと五月蠅いだけのお笑い芸人がネタを披露していた。テレビの前に輪はおらず鼻歌交じりにニンジンを切っている。BGMにするには適した声量であるらしい。

「あっ、お帰り暁人」

「ただいま母さん」

 ニンジンをそこそこに切り、冷蔵庫からウーロン茶を取り出して僕に勧めてきた。僕は首を横に振り、リビングチェアーに座り込むがどうにも心地が悪い。身体が正しく伸びていないのだろう。骨も臓腑も正しい場所に収まっていないようだ。

「暁人?」

 輪の顔が曇っていた。鼻歌はどこかに消え去っていき、僕に注意が集中している様子だ。

 息を大きく吸い込む。この世界全ての酸素を吸い込むように大きく、深く。

「死体を見つけたよ」

「!?」

 時が止まった。見えるはずのない僕の言葉を視認しようとしているかのように輪はただでさえ大きな瞳をさらに見開いていた。

「ちょっ、それどういうこと?」

「腹から紅い花が生えた全裸の死体だよ。かなり古い神社で見つけたんだ」

「っ......」

 やっぱり......そうか。

「暁人、貴方どこまで分かってるの?」

「さっきさ、碁羅さんって人から斗鬼和花の性質について聞いたんだ。死体に根付き、その死体から遺伝子を吸い取って新しい生命を産むってさ」

 淡々と、平坦と、感情を出さないことに力を注ぐ。もしほんの僅かでも噴出させてしまえば、そのまま崖下まで落ちていくような気がするから、全身全霊だ。

「僕ってさ、かなり母さんに似てるよね。でも、死体の人にも似てるなって思ったんだ」

 さっき怜人さんにも言われたことだ。僕は、暁人はかなり輪に似ている。目の良さも、顔のバランスも、この茶髪も輪から受け継いだものだと確信できるほどだ。

「僕に父親はいない。母さんはこれまで父親についていくら聞いても教えてくれなかった......島の人に聞いても父親は分からない。しばらく姿を消したと思ったら僕を抱っこして戻ってきたと言うばかり」

 鮮烈に覚えてしまっている言葉がある。僕が、暁人としての意識を得てすぐに輪が言った言葉「ごめんね、おっぱいあげられなくて」。きっとこれは

「母さんは僕を妊娠してないんでしょう」

 輪は何も言わずに、言うことも出来ずに、ただただ僕を見ていた。刹那、躊躇ったがそれでも無理やり言葉を繋げる。

「僕は、斗鬼和花から産まれた存在なんだ。母さんが、血液を注ぎ込んだ死体から生えている斗鬼和花から」

 言い切った。何とか言い切った。恐る恐る顔をあげ、輪を見ると目がばっちりとあった。

「......貴方は本当に頭がいいわね。流石は夕斗の子供」

 それは紛れもなく肯定の意を示す言葉だった。

 視界がぐりゃりと歪む。

「私にその話をしたということは......知りたいのね。
 教えてあげるわ。貴方の出生について。出生に深く結びついている私達真砂家の役割と一緒にね」

 全てを受容、いや諦観したような輪が僕を外へと促した。

 
 暑くない、寒くもない、虚無の感触だけが肌に染み渡る。

 一緒に歩いているのに一言も喋らない輪を見るのは初めてかもしれない。夕斗の時からピーチクパーチクと餌をもらう前のひな鳥のように鳴いていたのに。

 静けさに押しつぶされそうになっていると僕は夕斗の死体が転がっている神社へとやってきていた。輪は色褪せた鳥居を優しく撫でる。

「この神社は斗鬼和神社って言うの。この斗鬼和島にとって一番大事なものを祀っている神社よ。もっとも、そのことを知っているのは真砂家の人間だけなんだけど」

「この神社は......」

「ええ、夕斗の死体が眠っている場所よ」

 小さな石を踏みつけながら輪は死体の下へ向かう。一直線で夕斗の死体までやってきたら、その前でしゃがみこみ神か仏にするかのように恭しく手を合わせた。

「夕斗、私達の子供は貴方に似て本当に聡い子に育ったわ。貴方の遺伝子がよっぽど良かったのね」

 一人の女が身の丈ほどもある紅い花を咲かせた死体に手を合わせている。なんと滑稽な光景だろうか。なんと哀愁漂う背中であろうか。掠れた息が口の隙間から漏れ出ていきそうだ。

「暁人、貴方のお父さんよ。名前は岩寄夕斗って言う――」

「んなことはどうでもいいんだよ!」

 僕が知りたいのはそんなことじゃないんだよ。

「なんで、死体がこんなところにあるの? どうして母さんはそのことも知っているの?」

 風が僕たちの間に吹き込みつむじ風を巻き起こす。緑の落ち葉が舞い上がる中、輪はゆっくりと立ち上がる。

「私達真砂家は、この斗鬼和島の成り立ちからいる存在なの。そして斗鬼和花を見守る役目がある」

「......」

「斗鬼和花についての性質は碁羅さんとやらが教えてくれた通りよ。でも、まだ足りていない情報がいくつかある。
 例えば、斗鬼和花の種を植えつけられた死体はやがて知覚することが出来なくなる。死体の中の遺伝子と同じ遺伝子を持つ存在以外はね。だから夕斗を弔うことが出来るのは私と貴方だけなのよ」

 『私』と僕だけってか......

「だから、僕が知りたいのはそんなことじゃ」

 産まれて初めて輪に向けて、拳を突きつけたくなった。輪はそんな僕とは対照的に、懐かしむ様子さえ醸し出しながら小さく語りだす。

「夕斗の死体をここに隠したのは私よ」

「......なっ......」

「17年前のある夜、夕斗はこの近くで死んでいたのよ。多分轢逃げにでもあったんでしょうね。酷い有様だったわ。夕斗はこの島の誰より幸せに生きるべきだったのに、無念だったでしょうね。
 最初に見つけたのはお祖母ちゃんだったわ、真砂家のお役目でもあるこの神社の清掃の為に来たんだけどその途中で夕斗の死体を見つけたの」

 大きな瞳に真珠の粒が宿った。

「私はすぐに駆け付けたわ。泣いて泣いて、泣きじゃくった......って、こんなこと話しても仕方ないわね」

 輪は弱々しく微笑む。

「......見つけた後、どうしてすぐに警察に通報しなかったの?」

「暁人、貴方は夕斗に似てとっても賢い子よ。どうしてなのか、もう分かってるんじゃないかしら?」

 母としての誇りなのか、それともその理由が自分で口にするのが憚られるほど狂気的なものであると理解しているのか。

「僕が欲しかったからでしょう」

「ええ、そうよ」

 狂ってる。

「私は夕斗との子供が欲しかった。私と夕斗は幼馴染でね、いつかは結婚して子供を授かって、幸せに一緒に死んでいくんだと思っていたの。でも、その未来はある時誰かのせいで失われた」

 知らなかった。輪が僕のことを好いてくれていたなんて......そして......そして

「だからせめて子供だけでも欲しいと思ったのよ。だから一旦夕斗を賽銭箱の裏に隠した。本当は拝殿に隠したかったんだけど、しきたりで生者以外は入れちゃいけないってことになってるのよ。それから私は自分の血を少しずつ夕斗の中に注ぎ込んでいった」

 輪は自分の腕を傷つけるジェスチャーをした。

「少しずつ、少しずつ、馴染むように、遺伝子をしっかりと伝えられるように。一週間くらい時間をかけて夕斗の中に私を入れこんだわ。その後に、斗鬼和花の種を埋め込んだのよ。10分くらいで見えなくなって、半年くらい後に貴方が産まれたの。
ちなみに斗鬼和花の種はこの神社の隠し部屋の中に保管されているわ。あとで貴方にも場所を教えてあげる」

 やっぱり......つまり......

「父さんの死の真相より、僕を産むことを選んだんだね」

「ええ、そうよ」

 分かっている。輪はしっかり分かっている。

 死体が見えなくなるということは、夕斗が死んだということを知られなくなるということ。犯人捜しなんてことは起きないし、警察なんて絶対に動かない。
輪は、死を放置して、外法と呼ぶべき新たな生を選んだんだ。

 狂ってる......狂ってる。輪が、あの輪が......僕のせいで狂った。 

 ふわりとした匂いが僕を包み込んだ。輪に抱きしめられたのだと気づく。

「貴方は私の全て。愛しているわよ、暁人」

 赤子の時から何度も聞いた甘くて優しい母の言葉。そして、一人の男の死で狂ってしまった女の言葉。

「......分かったよ、母さん」

 これはきっと僕の罪だ。一番近くにいた輪の狂気的な愛に気づかず、のほほんと生き、唐突に死んだ夕斗の罪。こうなった輪を受け入れ、生き続ける必要がある。

 夕暮が斗鬼和花をさらに紅く染め上げる。おどろおどろしいまでに、紅く、不気味なまでに紅く。そんな斗鬼和花を見ながら僕はただただ輪に身を任せ、抱擁を受け続けた。

 次の日、夢浦怜人さんの死が斗鬼和島に響き渡ることなんて知らずに。
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輪廻の罪と嗤う花作者:曇りの夜空
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 テレビからキンキンと五月蠅いだけのお笑い芸人がネタを披露していた。テレビの前に輪はおらず鼻歌交じりにニンジンを切っている。BGMにするには適した声量であるらしい。

「あっ、お帰り暁人」

「ただいま母さん」

 ニンジンをそこそこに切り、冷蔵庫からウーロン茶を取り出して僕に勧めてきた。僕は首を横に振り、リビングチェアーに座り込むがどうにも心地が悪い。身体が正しく伸びていないのだろう。骨も臓腑も正しい場所に収まっていないようだ。

「暁人?」

 輪の顔が曇っていた。鼻歌はどこかに消え去っていき、僕に注意が集中している様子だ。

 息を大きく吸い込む。この世界全ての酸素を吸い込むように大きく、深く。

「死体を見つけたよ」

「!?」

 時が止まった。見えるはずのない僕の言葉を視認しようとしているかのように輪はただでさえ大きな瞳をさらに見開いていた。

「ちょっ、それどういうこと?」

「腹から紅い花が生えた全裸の死体だよ。かなり古い神社で見つけたんだ」

「っ......」

 やっぱり......そうか。

「暁人、貴方どこまで分かってるの?」

「さっきさ、碁羅さんって人から斗鬼和花の性質について聞いたんだ。死体に根付き、その死体から遺伝子を吸い取って新しい生命を産むってさ」

 淡々と、平坦と、感情を出さないことに力を注ぐ。もしほんの僅かでも噴出させてしまえば、そのまま崖下まで落ちていくような気がするから、全身全霊だ。

「僕ってさ、かなり母さんに似てるよね。でも、死体の人にも似てるなって思ったんだ」

 さっき怜人さんにも言われたことだ。僕は、暁人はかなり輪に似ている。目の良さも、顔のバランスも、この茶髪も輪から受け継いだものだと確信できるほどだ。

「僕に父親はいない。母さんはこれまで父親についていくら聞いても教えてくれなかった......島の人に聞いても父親は分からない。しばらく姿を消したと思ったら僕を抱っこして戻ってきたと言うばかり」

 鮮烈に覚えてしまっている言葉がある。僕が、暁人としての意識を得てすぐに輪が言った言葉「ごめんね、おっぱいあげられなくて」。きっとこれは

「母さんは僕を妊娠してないんでしょう」

 輪は何も言わずに、言うことも出来ずに、ただただ僕を見ていた。刹那、躊躇ったがそれでも無理やり言葉を繋げる。

「僕は、斗鬼和花から産まれた存在なんだ。母さんが、血液を注ぎ込んだ死体から生えている斗鬼和花から」

 言い切った。何とか言い切った。恐る恐る顔をあげ、輪を見ると目がばっちりとあった。

「......貴方は本当に頭がいいわね。流石は夕斗の子供」

 それは紛れもなく肯定の意を示す言葉だった。

 視界がぐりゃりと歪む。

「私にその話をしたということは......知りたいのね。
 教えてあげるわ。貴方の出生について。出生に深く結びついている私達真砂家の役割と一緒にね」

 全てを受容、いや諦観したような輪が僕を外へと促した。

 
 暑くない、寒くもない、虚無の感触だけが肌に染み渡る。

 一緒に歩いているのに一言も喋らない輪を見るのは初めてかもしれない。夕斗の時からピーチクパーチクと餌をもらう前のひな鳥のように鳴いていたのに。

 静けさに押しつぶされそうになっていると僕は夕斗の死体が転がっている神社へとやってきていた。輪は色褪せた鳥居を優しく撫でる。

「この神社は斗鬼和神社って言うの。この斗鬼和島にとって一番大事なものを祀っている神社よ。もっとも、そのことを知っているのは真砂家の人間だけなんだけど」

「この神社は......」

「ええ、夕斗の死体が眠っている場所よ」

 小さな石を踏みつけながら輪は死体の下へ向かう。一直線で夕斗の死体までやってきたら、その前でしゃがみこみ神か仏にするかのように恭しく手を合わせた。

「夕斗、私達の子供は貴方に似て本当に聡い子に育ったわ。貴方の遺伝子がよっぽど良かったのね」

 一人の女が身の丈ほどもある紅い花を咲かせた死体に手を合わせている。なんと滑稽な光景だろうか。なんと哀愁漂う背中であろうか。掠れた息が口の隙間から漏れ出ていきそうだ。

「暁人、貴方のお父さんよ。名前は岩寄夕斗って言う――」

「んなことはどうでもいいんだよ!」

 僕が知りたいのはそんなことじゃないんだよ。

「なんで、死体がこんなところにあるの? どうして母さんはそのことも知っているの?」

 風が僕たちの間に吹き込みつむじ風を巻き起こす。緑の落ち葉が舞い上がる中、輪はゆっくりと立ち上がる。

「私達真砂家は、この斗鬼和島の成り立ちからいる存在なの。そして斗鬼和花を見守る役目がある」

「......」

「斗鬼和花についての性質は碁羅さんとやらが教えてくれた通りよ。でも、まだ足りていない情報がいくつかある。
 例えば、斗鬼和花の種を植えつけられた死体はやがて知覚することが出来なくなる。死体の中の遺伝子と同じ遺伝子を持つ存在以外はね。だから夕斗を弔うことが出来るのは私と貴方だけなのよ」

 『私』と僕だけってか......

「だから、僕が知りたいのはそんなことじゃ」

 産まれて初めて輪に向けて、拳を突きつけたくなった。輪はそんな僕とは対照的に、懐かしむ様子さえ醸し出しながら小さく語りだす。

「夕斗の死体をここに隠したのは私よ」

「......なっ......」

「17年前のある夜、夕斗はこの近くで死んでいたのよ。多分轢逃げにでもあったんでしょうね。酷い有様だったわ。夕斗はこの島の誰より幸せに生きるべきだったのに、無念だったでしょうね。
 最初に見つけたのはお祖母ちゃんだったわ、真砂家のお役目でもあるこの神社の清掃の為に来たんだけどその途中で夕斗の死体を見つけたの」

 大きな瞳に真珠の粒が宿った。

「私はすぐに駆け付けたわ。泣いて泣いて、泣きじゃくった......って、こんなこと話しても仕方ないわね」

 輪は弱々しく微笑む。

「......見つけた後、どうしてすぐに警察に通報しなかったの?」

「暁人、貴方は夕斗に似てとっても賢い子よ。どうしてなのか、もう分かってるんじゃないかしら?」

 母としての誇りなのか、それともその理由が自分で口にするのが憚られるほど狂気的なものであると理解しているのか。

「僕が欲しかったからでしょう」

「ええ、そうよ」

 狂ってる。

「私は夕斗との子供が欲しかった。私と夕斗は幼馴染でね、いつかは結婚して子供を授かって、幸せに一緒に死んでいくんだと思っていたの。でも、その未来はある時誰かのせいで失われた」

 知らなかった。輪が僕のことを好いてくれていたなんて......そして......そして

「だからせめて子供だけでも欲しいと思ったのよ。だから一旦夕斗を賽銭箱の裏に隠した。本当は拝殿に隠したかったんだけど、しきたりで生者以外は入れちゃいけないってことになってるのよ。それから私は自分の血を少しずつ夕斗の中に注ぎ込んでいった」

 輪は自分の腕を傷つけるジェスチャーをした。

「少しずつ、少しずつ、馴染むように、遺伝子をしっかりと伝えられるように。一週間くらい時間をかけて夕斗の中に私を入れこんだわ。その後に、斗鬼和花の種を埋め込んだのよ。10分くらいで見えなくなって、半年くらい後に貴方が産まれたの。
ちなみに斗鬼和花の種はこの神社の隠し部屋の中に保管されているわ。あとで貴方にも場所を教えてあげる」

 やっぱり......つまり......

「父さんの死の真相より、僕を産むことを選んだんだね」

「ええ、そうよ」

 分かっている。輪はしっかり分かっている。

 死体が見えなくなるということは、夕斗が死んだということを知られなくなるということ。犯人捜しなんてことは起きないし、警察なんて絶対に動かない。
輪は、死を放置して、外法と呼ぶべき新たな生を選んだんだ。

 狂ってる......狂ってる。輪が、あの輪が......僕のせいで狂った。 

 ふわりとした匂いが僕を包み込んだ。輪に抱きしめられたのだと気づく。

「貴方は私の全て。愛しているわよ、暁人」

 赤子の時から何度も聞いた甘くて優しい母の言葉。そして、一人の男の死で狂ってしまった女の言葉。

「......分かったよ、母さん」

 これはきっと僕の罪だ。一番近くにいた輪の狂気的な愛に気づかず、のほほんと生き、唐突に死んだ夕斗の罪。こうなった輪を受け入れ、生き続ける必要がある。

 夕暮が斗鬼和花をさらに紅く染め上げる。おどろおどろしいまでに、紅く、不気味なまでに紅く。そんな斗鬼和花を見ながら僕はただただ輪に身を任せ、抱擁を受け続けた。

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輪廻の罪と嗤う花作者:曇りの夜空
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