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第11話 夢浦怜人

 江川商店から脱出した僕はそのあたりを適当に彷徨っていた。後ろから紅魅の声が聴こえる。だが何も言葉を返さず足を無茶苦茶に前へ前へと動かした。

 肩を掴まれる。

「おい、何をしてるんだ小僧」

「......ん?」

「あっ」

 誰が掴んだのかと思ったら、そこにいたのは夢浦怜人さんだった。僕の肩に伸びている手は枯れ木のように細いが、眼光はかんなで削ったかのように鋭い。

「お爺ちゃん?」

「なんだ紅魅、小僧と逢引きでもしているのか?」

「ふざけないでちょうだい。それに、そんなふしだらな目的があったらお爺ちゃんの工房になんてこないわよ」

 工房?

「ああ、そういうことか」

 夢浦怜人さんは僕が夕斗の時から家具一式を手作りで作り販売している職人だ。どうやら僕たちは気づかぬうちに彼の工房の前まで来てしまっていたらしい。

「しかしお前具合悪そうだな。ちょっと休んでけ、ちょうどお前のダチのガキも来てるしな」

 そのまま僕の返答も聞かずに、強制的に工房の中へと連れ込まれてしまった。

「あっ? 暁人に紅魅? お前らどうしてこんなところにいんだよ」

「あら、龍臣じゃない。そっちこそどうしてお爺ちゃんのところにいるのかしら?」

 相も変わらず、雑多な木材の匂いが入り混じった独特な空間だ。龍虎や鳳凰、麒麟のような雄々しい生物から鳥獣戯画に描かれている兎や蛙のように愛らしい動物たちが描かれている机やタンスなんかの木造家具が大量に置かれているのだ。

「ああ、ちょっとうっかり机壊しちまってさ」

「そうだよ、このガキ。ゲームで負けた時机をぶっ叩いたらしいんだよ。そしたら足がポッキリだ」

 パワフルで楽しそうだな。

「はぁ、龍臣あんた何してんのよ」

 紅魅のため息が工房の中に漂う。もう光合成もしなくなったのに形を変えられた木々達がその二酸化炭素を吸い取っているようであった。

「いや、ちげーんだよ。相手がクソはめ技使ってきて気づいたら台パンしてただけで......でも机も爺ちゃんからのおさがりで元々壊れかけだったんだよ。マジだからな、これマジだから」

「あらそう」

 必死に言い訳の弁を述べる原田に適当な言葉を吐いた後、奥の冷蔵庫からお茶を出してコップに注いだ。

「ほら、とにかく飲みなさい」

「ああ、サンキュ」

 冷たい液体が僕の身体に染みわたった。想っていたより身体に熱がこもっていたらしい。

「甲斐甲斐しいな紅魅。やっぱり暁人のことがお気に入りか?」

「だから、悍ましいことをいわないでちょうだいお爺ちゃん。今日のご飯抜きにするわよ」

「俺が悪かった」

 怜人さんは両手を上げてまさしくお手上げの意を示した。

 紅魅と怜人さんは2人で暮らしている。怜人さんの奥さん、つまり紅魅の祖母はまだ僕が夕斗の時から既に病気により他界していたらしい。その後、紅魅が6歳の頃両親は蒸発してしまったのである。そんな状況だからか、紅魅と怜人さんの間は普通の祖父と孫のそれとは少し違っているように見受けられる。

「それよりか、龍臣。お前新しい机ならこいつとかどうだ? 秘密の扉があるからエロ本とか隠すのに便利だぞ」

「そんなもんねーよ! 爺さん、最近の若者のこと全然わかってねーな」

「おっと、そいつは失礼」

 分かりやすく話題を変えた怜人さんに冷ややかな視線を向け、紅魅は僕の隣に腰を下ろした。

「暁人、あんたと斗鬼和花に何かあるのかしら?」

「......んなわけないだろ」

「そう......」

 またお茶を喉に流す。お茶以外にあった躊躇いも呑み込んでいった。

「何か悩み事があるなら相談してくれていいのよ」

「冗談よせよ」

 アラフォーが未成年のガキに相談なんて出来るわけなーだろ。

 そんな僕のくだらないプライドなぞ知る由もない紅魅は顔を動かさずに一瞬間を開ける。

「あたしに出来ないなら輪さんにすればいいわ。母親だもの、甘えればいいの」

「おっ、輪ちゃんか? あの子は別嬪さんだよな。暁人も輪ちゃんに似てイケメンになれて良かったなぁ」

「お爺ちゃん、黙ってて」

「すまん」

 輪か......

「まぁそうだな、母さんに話さないといけないことあるな」

 紅魅は空になったコップにまたお茶を注ぎ込んだ。トクトクトクトクと。

「気持ち悪いものは早く吐き出したほうが良いわよ」

「余計なお世話だっての」

 僕は勢いよくお茶を飲み干した。

「でもまぁ、その通りだな」

 ぶつけてみるか。吉と出るか凶と出るか......悩んでたって仕方ないし、出たとこ勝負だ。

 原田と怜人さんの喧々とした値下げ交渉をBGMにしながら僕と紅魅は音1つ出さず座りながら時を過ごしたのであった。
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第11話 夢浦怜人

 江川商店から脱出した僕はそのあたりを適当に彷徨っていた。後ろから紅魅の声が聴こえる。だが何も言葉を返さず足を無茶苦茶に前へ前へと動かした。

 肩を掴まれる。

「おい、何をしてるんだ小僧」

「......ん?」

「あっ」

 誰が掴んだのかと思ったら、そこにいたのは夢浦怜人さんだった。僕の肩に伸びている手は枯れ木のように細いが、眼光はかんなで削ったかのように鋭い。

「お爺ちゃん?」

「なんだ紅魅、小僧と逢引きでもしているのか?」

「ふざけないでちょうだい。それに、そんなふしだらな目的があったらお爺ちゃんの工房になんてこないわよ」

 工房?

「ああ、そういうことか」

 夢浦怜人さんは僕が夕斗の時から家具一式を手作りで作り販売している職人だ。どうやら僕たちは気づかぬうちに彼の工房の前まで来てしまっていたらしい。

「しかしお前具合悪そうだな。ちょっと休んでけ、ちょうどお前のダチのガキも来てるしな」

 そのまま僕の返答も聞かずに、強制的に工房の中へと連れ込まれてしまった。

「あっ? 暁人に紅魅? お前らどうしてこんなところにいんだよ」

「あら、龍臣じゃない。そっちこそどうしてお爺ちゃんのところにいるのかしら?」

 相も変わらず、雑多な木材の匂いが入り混じった独特な空間だ。龍虎や鳳凰、麒麟のような雄々しい生物から鳥獣戯画に描かれている兎や蛙のように愛らしい動物たちが描かれている机やタンスなんかの木造家具が大量に置かれているのだ。

「ああ、ちょっとうっかり机壊しちまってさ」

「そうだよ、このガキ。ゲームで負けた時机をぶっ叩いたらしいんだよ。そしたら足がポッキリだ」

 パワフルで楽しそうだな。

「はぁ、龍臣あんた何してんのよ」

 紅魅のため息が工房の中に漂う。もう光合成もしなくなったのに形を変えられた木々達がその二酸化炭素を吸い取っているようであった。

「いや、ちげーんだよ。相手がクソはめ技使ってきて気づいたら台パンしてただけで......でも机も爺ちゃんからのおさがりで元々壊れかけだったんだよ。マジだからな、これマジだから」

「あらそう」

 必死に言い訳の弁を述べる原田に適当な言葉を吐いた後、奥の冷蔵庫からお茶を出してコップに注いだ。

「ほら、とにかく飲みなさい」

「ああ、サンキュ」

 冷たい液体が僕の身体に染みわたった。想っていたより身体に熱がこもっていたらしい。

「甲斐甲斐しいな紅魅。やっぱり暁人のことがお気に入りか?」

「だから、悍ましいことをいわないでちょうだいお爺ちゃん。今日のご飯抜きにするわよ」

「俺が悪かった」

 怜人さんは両手を上げてまさしくお手上げの意を示した。

 紅魅と怜人さんは2人で暮らしている。怜人さんの奥さん、つまり紅魅の祖母はまだ僕が夕斗の時から既に病気により他界していたらしい。その後、紅魅が6歳の頃両親は蒸発してしまったのである。そんな状況だからか、紅魅と怜人さんの間は普通の祖父と孫のそれとは少し違っているように見受けられる。

「それよりか、龍臣。お前新しい机ならこいつとかどうだ? 秘密の扉があるからエロ本とか隠すのに便利だぞ」

「そんなもんねーよ! 爺さん、最近の若者のこと全然わかってねーな」

「おっと、そいつは失礼」

 分かりやすく話題を変えた怜人さんに冷ややかな視線を向け、紅魅は僕の隣に腰を下ろした。

「暁人、あんたと斗鬼和花に何かあるのかしら?」

「......んなわけないだろ」

「そう......」

 またお茶を喉に流す。お茶以外にあった躊躇いも呑み込んでいった。

「何か悩み事があるなら相談してくれていいのよ」

「冗談よせよ」

 アラフォーが未成年のガキに相談なんて出来るわけなーだろ。

 そんな僕のくだらないプライドなぞ知る由もない紅魅は顔を動かさずに一瞬間を開ける。

「あたしに出来ないなら輪さんにすればいいわ。母親だもの、甘えればいいの」

「おっ、輪ちゃんか? あの子は別嬪さんだよな。暁人も輪ちゃんに似てイケメンになれて良かったなぁ」

「お爺ちゃん、黙ってて」

「すまん」

 輪か......

「まぁそうだな、母さんに話さないといけないことあるな」

 紅魅は空になったコップにまたお茶を注ぎ込んだ。トクトクトクトクと。

「気持ち悪いものは早く吐き出したほうが良いわよ」

「余計なお世話だっての」

 僕は勢いよくお茶を飲み干した。

「でもまぁ、その通りだな」

 ぶつけてみるか。吉と出るか凶と出るか......悩んでたって仕方ないし、出たとこ勝負だ。

 原田と怜人さんの喧々とした値下げ交渉をBGMにしながら僕と紅魅は音1つ出さず座りながら時を過ごしたのであった。
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