第25話 咆哮
「こんばんは、岩寄夕斗さん」
「.........あ?」
嘘だろ。
「その反応、どうやら図星だったみたいね」
してやったりと言わんばかりにくすりと笑った。
「お前、何でそんなことを......」
「幼馴染が死人の生まれ変わりだなんて突飛なことを思ったのは一か月ちょっと前、あたしがとあるものを発見したのがきっかけよ」
バッグからタブレットを取り出して電源をつける。人工的な青白い光が古ぼけた屋内で星光たちを押しのけた。
「とにもかくにも見てちょうだい」
差し出されたタブレットをひったくるように取りその内容に目を這いずらせた。カクカクとした筆圧の強い字で書かれた日記のようだ。
「......これ、怜人さんの?」
「ええ。お祖母ちゃんにボケ防止の為に日記くらい書いときなさいって言われたのが始まりみたいね」
タブレットに保存こそされているがどうやら紙のノートをスマホか何かで撮ったようだ。ところどころに傾きなどが伺える。紅魅がこっそり保管していたのだろう。
最初のページあたりに書かれていた内容は取り留めもないものであった。日記と言うものに相応しい日常の1ピースを書き連ねた平凡かつ尊いもの。中には僕が優勝した時の将棋大会についても記載されていた。『あのガキ、いつの日か思い知らせてやる』なんて恨み言が書かれているが。
そんな毒にも薬にもならない文字を斜め読みしながらスワイプを続けていると、17年前の8月17日、つまり夕斗が死んだ日にやってきていた。
その日はいつもより遥かに汚い字で記されており、ところどころに誤字脱字も書かれていた。
『不味い、やばいやばいやばい。やってしまった。気持ちよく飲んだ後にひいちまった。なんであの野郎普段は通らない雑りんの中にいやがったんだ。あんなぼろっちい神社しかないところを歩くな。暗くて良く見えなかった、車のライトはあった、ついてたはずだ。だから気づかなかった夕斗の野郎が悪んいだ。そうに決まってる』
「なんだこれ......」
震える指で翌日にスワイプした。
『車に酷い跡が残っていた。ひしゃげているし、こんなの面倒くさい。イノシシと事故ったとでもしておけばいいか?だが、あいつの眼鏡がフロントにひかっかってやがった。捨てたいが、捨てられない。捨てたらあの忌み子に本格的に祟られる気がする。俺はもすぐ孫も産まれるんだ、こんなバカなことでつまかりたくない』
「......嘘だろ......おい」
『夕斗は行方不明になったらしい。どういうことだ? くたばらずに海にでも落ちたのか? そんなのあり得るのか?意味が分からない。あいつは今どこにいるんだ?』
浅くて短い息が口元から聞こえてきていた。目が潤いをなくし喉の奥が随分と渇いている。
日記は次の左ページで終わっていた。
『3月19日
半年くらい島から出ていた輪が帰ってきたと思ったら赤子をこさえてやがった。夕斗の子だ、俺には分かる。それしか考えられない。死ぬ前に種を残してたんだ。
なんの贖罪にもならないかもしれないが、暁人と名付けられたこいつは可愛がってやる。紅魅と一緒にな。
もうこの日記を書くのも疲れた、これで終わりにしよう』
微かに裏のページの文字が見えた。最後の最後まで濃い字で書き切っているようだ。
クルクル、くるくる、狂狂。脳みその中にある歯車がよく回る。
「読み終えたみたいね」
「日記はここで終わりか?」
「ええそうよ」
「僕を殺したのは怜人さんだった......??」
この日記を見る限りそうとしか考えられない。思いもしないところからずっと知りたかったことを知ってしまった。嬉しさは湧いてこない、達成感すらない。
『ちょうどよかった。暁人暇なら来い、一局指してやる』
「......ええそうよ。それがお爺ちゃんの大罪。あたしを抱くことを勝手に免罪符にして夕斗さんの殺人を隠した。最初にそれを読んだ時はとても信じられなかったわ、だからあたしはそこに書かれていることが本当か調べてみたのよ」
『ちっ、また負けたか。しゃーない。小遣いやるよ』
聞きなれた紅魅の声がふわふわと宙に舞っている。
「今思えばわざわざ裏を取るなんて不要だったかもしれないけれど、肉親が大罪を犯したかもしれないって信じたくなかったのかもね。
お爺ちゃんにバレちゃまずいと思ったから日記は写真だけ撮って元あった場所に戻したわ。それから日記を頼りに場所の特定に勤しんだり、17年前にお爺ちゃんが車の修理をしていたんじゃないかって栗村さんのところに話を聞きに行ったりね。ほら、栗村さんって車も含めて色んなもの修理してるでしょう。そしたらすぐにそういう過去があったってのは分かったわ」
『なんかあったら俺に言え、協力してやるよ』
あの爺さんが僕を殺していた? そして僕に優しくしていただと?
『お前になら俺の孫娘を任せても良いかもしれんな』
もう一度日記を読んだ。そうしているとふと何かがキレる。
「んだとこらぁぁぁぁぁぁぁ!」
怪物の咆哮が身体の中から響き渡った。