第24話 こんにちは、岩寄夕斗さん
月と星の明かりで冷たく熱された空気は酷く澱んでいるようだった。こんなに緑溢れる場所だと言うのに何と言うことだろうか。
「ったくよぉ」
色褪せた鳥居を潜ってボロボロの賽銭箱の前に出る。その後ろで飽きることなくバカ面で寝ている夕斗に視線を落とした。
「......お前は僕でいいんだよな」
足音を殺してゆっくりと拝殿の中に忍び込む。今にも崩れ落ちそうな腐った木が鼻を殴り、軋む音が耳をつんざくようだ。しかし、幸いと言うかなんというか風が当たる音がそれを誤魔化してくれているようであった。
拝殿は意外に広く、ちょっとした一軒家ほどはある。僕は以前輪から教えられた通りのルートを辿りながら不穏に高鳴る鼓動を抑える。
やがて、それは見えた。こんな夜闇の中でも一際目立つ、我の強い美しく妖艶な黒髪が金庫の前で身をかがめている。以前輪に見せてもらった時、あの金庫には6粒ほどの斗鬼和花の種が保管されていったけかな。
「よう」
肩がビクリと震えた。距離を取りながらこちら側に振り向いた。
「......暁人?」
「こんな夜更けに何してんだ紅魅」
「どうしてあんたがここにいるのよ」
「なぁに、僕は僕なりに色々と考えていることがあってさ」
穴の開いたボロ屋根から差し込む月光が紅魅を照らしている。その表情はほんの少しだけ罰が悪そうだ。
「今回の事件に斗鬼和花が関係していることは多分間違いない。実のところ僕は碁羅さんがそれを指摘する前、怜人さんの葬式の後にはもう察してたんだ」
察していた、と言うのは嘘だ。実際はそうであって欲しくないと根拠ロジックもなく、ただただ臆病に思ったから根拠を手に入れるために罠を張っていたのだ。
原田、腑抜けが腑抜けなり備えていたことが役に立ちそうだよ。
「この拝殿の入り口に人が入ったら反応するセンサーを設置してたんだ」
「そんなのどこから......」
言葉は少し腰が引けているが、紅魅の口角は微かに上がっていた。
「江川商店に売ってたよ。あそこは本当に何でも揃ってるよな。人が通ったらスマホに通知が来る優れものさ」
「......こんな古びたところにそぐわない最新技術ね」
「最新技術ってのは、古い所にこそ使うべきなんだよ」
本当はこんな罠にかかって欲しくなかった。でも、罠が発動してしまった。それも、考える限り最悪の人間を捕まえた状態で。
意識して目を鋭くした。
「で、話を戻そう。紅魅、こんなところでこんな夜更けに何をしてんだ?」
「......息が詰まるから夜の散歩をしてたのよ。若い女性が狙われる夜に、たった一人で夜歩きするなんてなんとも刺激的じゃない」
「おい」
「ふふふ、そんな怖い顔しないでちょうだい。貴方に似合わない目つきしていたからちょっと和ませようと思っただけでしょう」
紅魅は少し嗤った。
「それより暁人、貴方さっき失言したことに気づいているかしら?」
「失言だと」
「ここは斗鬼和花が関係している場所だって告白しちゃったでしょう。駄目じゃない、そんなこと言われたらあたしますます自分がやっていることに意義を見出しちゃうわ」
雰囲気はいつもの紅魅そのものだ。だがどうにも異形の雰囲気を纏っている気がしてならない。
「んなもん失言でも何でもないな。こんな時間に、こんなところにいる時点で後ろ暗い目的を胸に斗鬼和花の何かを求めてここに来たことは間違いない。そんな奴に隠しておく必要もないだろう」
この神社の話は、碁羅さんからも聞いていない。つまり常に一緒に碁羅さんから話を聞いていた紅魅も知らないということだろう。仮に碁羅さんがこの神社のことを調べていて、それを紅魅だけに話していたなんて不自然なことが事実としてあったとしても命の危険もある夜に1人で来る理由には到底ならない。
「あら、開き直ったわね」
「その目的が何かまでは具体的には分からないけれど、今の島の状況を考えるに怜人さん、原田の連続殺人事件に関係していることに違いない。つまり」
ヒートアップしていく僕の声色を遮るように紅魅が静かに口を動かした。
「あたしが2人を殺した犯人だとでも思ってるのかしら?」
「......もしくは、直接手を下していないとしても共犯者的立場にいるんじゃないかと思ってる」
「もしこの世界が推理小説だとしたら落第点よ。ろくなロジックもなく、事件と密接に関わっている場所にいるってだけで犯人だと決めつけるなんて。暁人らしくないわね」
「煙に巻こうとしても無駄だぞ。ロジックもクソも関係ないね。華麗な論理の積み重ねだろうと偶然犯行現場を目撃したでもいい、過程なんてどうでもいい。犯人なんてもんは捕まればそれでいい」
「......ねぇ、暁人。この事件に斗鬼和花がどういう形で関係しているのか分かるかしら?」
「んなもん知るか。せいぜい昔話に沿って事件が進んでるってことくらいしかまだ分かってねーよ」
「そうよね。今の貴方に分かるのはせいぜいその程度でしょうね。暁人」
暁人、いつも通り呼ばれた名前には鉛のような重みがあった。
「訳の分からないこと言ってないでなんでこんなところにいるのかさっさと吐け!」
微笑みを崩さずに紅魅は壁に体重を預けた。首筋に髪がかかる。
「まず先に言っておくとあたしはお爺ちゃんも龍臣も殺してないわ。もちろん実行犯の共犯者でもない。これまで言ってきたとおり犯人を捜している方の立場よ」
「ことここに至ってまだそんなことを」
指を2本立てた。
「何故ここにいるのか、その返答は2つ、1つは斗鬼和姫の伝説と関係のありそうなこの神社を調べることで今回の事件の真相に繋がるヒントを手に入れるため。そしてもう1つは斗鬼和花の種を手に入れるためよ」
「そんなのこんな夜遅くにたった1人で行動している理由にはならない。そもそもお前、本当に斗鬼和花なんてものがあると思ってるのか?」
だとしたら、伝説を現実にしようとしている狂った女だという可能性も出てくる......出てきちまう。
「そんな辛そうな顔しないでちょうだい。龍臣が悲しむわよ」
紅魅は僕の心内を読み取ったようにそう言った。そして見下すように嗤う。
「そして暁人、斗鬼和花があるか? なんて本気で言ってるのかしら?」
「当たり前だろうが。そんなファンタジー植物がこの世にあるわけないだろう」
「生き証人がよくほざく」
「な?」
たった一言だ。だがその一言により全身、いや、魂に至るまでが一気に冷えていった。
「さて、ここからは敬語にした方が良いかしら? 取り合えず言いなれた方で挨拶しておきましょう」
紅魅は僕の前まで歩いて柔和に、だが悍ましく嗤った。
「こんばんは、岩寄夕斗さん」