第8話 江川商店
この斗鬼和島にはまだ住民たちの魂にとある悲劇が生々しく刻まれている。それは岩寄夕斗とか言う、人によっては女を追っかけて本土に逃げたと思われている成人男性の行方不明などでは当然ない。江川(えがわ)公子(きみこ)と言う当時10歳の少女が轢逃げによってその命を落とした事件である。
古今東西成人男性より、未成年女児の方が注目を浴びるものだから仕方ないと信じ込みたい。
公子は暁人である僕の4つ上であり、夕斗の時代から知っていた女の子だ。この島は令和になった今でも未だに住人同士の距離感が近く、他人と言う言葉がない。特に公子はこの辺に住む人なら誰でもお世話になっている江川商店の看板娘であり、甲斐甲斐しくお手伝いする姿に頬を緩めていたものだ。
そんな少女が唐突に奪われた時は島中に悲鳴が轟いていた。特に父親である江川卓(たく)一(いち)さんの嘆きは殊更酷く、葬式の場ではろくに話をすることも出来ず子供のように泣きじゃくっていた。今に至るまで見つかっていない犯人に島中の誰もが怒りを覚えており、そして同時に江川さんのことを心配しているのだ。
なにせ江川さんは、今でも公子を復活させようと馬鹿みたいに本気で考えているのだから。
「江川さん、お世話になってます」
江川商店にやってきた僕はちょうど奥からやってきた江川さんに向けて頭を下げた。190センチに近い身体にそんなことをするものだから身長差がさらに際立ってしまってしかたがない。頭には白い髪が増えているが、肉体の方は屈強に鍛え上げている。そのトラックでも引っ張れそうなマッスルは一般高校生である僕であってもとても敵わないだろう。この鍛え上げている理由が、今度こそ公子を守りきるためだと言うのだから頭が下がる。
「おお、暁人か。よく来たな。こっちこい」
江川商店は野菜から生鮮食品、ゲームやPC、はては動くものを感知してスマホに通知する機械まで置いている何を目指しているのか分からないほど幅広い商品層が特徴だ。店もそんな馬鹿多い商品を陳列するためにとても広く、この辺で一番大きな建物となっている。夕斗時代にはよくこの大きさが自分の器の広さだと言われたものだ。
「お邪魔します、江川さん」
「あたしもお邪魔しますね」
江川さんに促されるままバックヤードに入ろうとしたとき、後ろから聞き覚えのある声がした。咄嗟に振り向くと薄ら笑いが目に入る。
「紅魅、お前なんでこんなところいるんだよ」
「散歩してたら神妙な顔している貴方が見えたから勝手についてきたのよ。何か不都合でもあるかしら?」
「不都合しかないわ。さっさと帰れ」
紅魅は眉1つ動かさず江川さんに目を向けた。その動作は妙に色っぽく、キャバ嬢になったなら一瞬にしてトップに昇りつめそうだななんて思わせてくる。こいつのハナタレ姿は見たことが無いせいか、気を抜けばくらりとしてしまいそうだ。
「あたしも暁人と一緒にいても良いですよね」
「ああ、もちろん俺は構わんぞ」
「ありがとうございます。
暁人、そういうことよ」
それにしても昨日の僕の醜態を見ていたせいだろうか? いつもよりも距離が近くなっている。原田ならこの距離の近さを手放しで喜ぶところだろうが、僕にとっては気まずいし、気色の悪ささえある。
「......わーったよ。でも面白いことなんて何にもないからな」
「あら、貴方と一緒にいればなんだって愉快になるじゃない」
少年漫画ならプロポーズに等しいセリフだな。
「さいで」
なんにせよこうなれば紅魅はとりもちでも使ったかのように粘着してくる。適当にしておくのが吉だ。
「江川さん、今ちょっと無理かい?」
「どうした?」
少し遠くから森重さんが顔を出した。相も変わらずワイルドに髭を蓄えているが身体はひょろい。そんな彼は、女性ものの服を手に持ってなんとも気の抜けた笑みを浮かべているではないか。一瞬女装趣味に目覚めたのかと思ったが、どうやら違うらしい。
「いやねぇ、俺のハニーにプレゼントでもと思ったんだがちょいと最近財布がダイエット中でね。よければ負けてくれないか?」
「お前なぁ、もうすぐ結婚するってのにそんなケツの穴の小さいこと言ってどーすんだ?男なら定価でドカンと買え!」
「ふっ、令和の男はケツの穴を小さくしてでも愛する女を守るものなのさ」
「へぇ、そうなの暁人?」
「知らんわ」
だって僕平成の男だもん。
「ったく、仕方ねー奴だな。わーったよ、半額にしてやる。ただし3着以上同時に買ったらだぞ。合計3万以上じゃないと、その服半額にしてやらねーからな」
「やっふー。流石江川さんだぜ!」
商売上手な店主は「くくく、単純な奴め」と下卑た嗤いを浮かべ、すぐに心の中に戻した。どうでもいいが、さっきの服、値札に2000円って書いてあったような気がする。
「それじゃあこい、斗鬼和花について知りたいんだったな」
「はい。お忙しいのにありがとうございます」
「いんだよ、お前にはよく手伝ってもらってるし。それに輪ちゃんや心寧さんにも世話になっているからな」
バックヤードからまた扉をくぐり、適当に放置されている台車やいくつかの扉を横切った。この扉の奥の大抵は物置になっている。いちおう会議室や休憩室みたいなものもあるのだが如何せん商品の数が多いので自然と物置小屋が必要になってくるのだ。
そんな数々の物置部屋の扉を通り抜けると、一際厳重に鍵をされた扉が目に映る。扉の細工は可愛らしく、女児から人気のあるアニメキャラがプリントされていた。
「公子に挨拶していくか?」
そう、この部屋の中には亡き娘である江川公子が眠っているのである。無論公式な墓場と言うわけでなく、江川さんが特別に作った安置室だ。僕たちが軽くお辞儀をしようとすると、半ば強引に扉の中に押し込まれる。
「そんなところじゃなくてちゃんと顔見てくれよ。暁人の顔みりゃ元気になるかも知れねーだろ」
中には公子の部屋を彩っていたであろうおもちゃやぬいぐるみ、そして二世代ほど前のゲームハードなどが置かれていた。いくつかある写真立てには生前の公子と江川さんの楽しそうな笑みが映っていたり、その隣には夕斗に抱き着いている公子の写真もあったりする。
「公子、2人が来たぞ」
優しく語り掛けた先にいるのは公子だ。彼女は大人も入れるほどに大きな冷凍カプセルの中で眠っているのである。重厚な低音を絶えず放っているその冷たい棺桶の正面には在りし日の江川家三人の写真が張られていた。
当然のことだが死体をそのまま放置していればあっという間に愛らしい少女の姿は腐り落ちてしまう。それを嫌った江川さんは細胞が停止するように窒素で満たされたマイナス数十度の世界に公子の死体を保管しているのだ。彼女の肌からは真珠のような光沢が放たれている。この光はグリセリンを塗っており、ミイラのように乾燥してしまうのを防いでいるのだとかなんとか。液体窒素を噴き出して急速冷凍できる機能もあるのだとか言う。一体どれほどの金額がかかっているのか気になるのは少々俗っぽいだろうか。
「公子さん、いつも通り白くて綺麗な肌ね。羨ましいわ」
「ありがとよ」
こいつは夕斗にとても懐いてくれていた......それなのに今では夕斗と同様死んでしまっているなんて......僕はこうして生き返ってしまっているというのに......
あまり考えない方が良いな。このカプセルの値段はいくらなのか考えてる方がよっぽど楽だ。