第9話 父の想い
【江川卓一】
俺は公子を、愛しい我が娘をこれ以上なく愛おしく見つめる。
こうして公子を見ていると、ひょっこりと起きて「お父さん、おはよう」なんて言ってくるんじゃないかっていつも夢みてしまう。
『お父さん、将来私がお母さんになってあげるね』
『お母さんに?』
『結婚してあげるってことだよ~~』
アニメを見た後に、顔をふにゃふにゃにしてそう言ってきたときは愛おしくて思わず抱きしめてしまった。後で『え? お父さんと結婚って出来ないんだって』と心底驚いた顔を見せてくれたのも、本当に可愛かった。
『お父さん、私がボッキをとってあげるね』
何の脈絡もなくつぶらな口でそう言った時は魂がひっくり返るかと思うほど驚いた。反射的に夕斗の野郎をミンチにすべくハンマーを手にしたものだ。だがよくよく聞いてみれば『お父さん、いつも計算大変そうでしょ。だから私が手伝ってあげようと思って。ボッキって資格取ればいいんだよね』とのことだった。安堵のため息と共に簿記という言葉を教えてやったものだ。
『ねぇお父さん、夕斗って好きな人いるのかな?』
そう言ってきた時は取り合えず夕斗の野郎を殺してやろうと大人げなく思ってしまったっけかな。あの野郎、よくも俺の可愛い娘をたぶらかしやがってと包丁を握ったところまでは覚えている。
夕斗は聡くていい奴だったが、男として認めていたわけじゃなかった。だが公子になんで好きになったのかを聞いても『乙女の秘密だよ~~』なんてのらりくらり。だから俺はあいつのことをよりよく知る為に、島外の大学なんてもんに行き、案の定空気に馴染めず帰ってきたあいつに内定を出してやったものだ。そして渋々ながら公子との付き合いを認めてやった。無論、まだ10にもなっていない女の子なので健全極まりないものにしろと強く念を押したものだ。
だというのにあいつは『子供の言うことを真に受けないでくださいよ』なんてほざきやがったのにはムカついたものだがな。
だが、そんな夕斗もある時姿を消した。しばらくの間公子は泣きじゃくっていたものだ。『夕斗が何にも言わずにいなくなるなんておかしい』『きっと神隠しにあったんだ』『お父さん、夕斗を探してあげて』
悲痛な訴えに俺は何もできなかった。無力な父親を許してくれと虚しい言葉を言い続けることしかできなかった。
そうしてようやく夕斗のことも吹っ切れていた頃、公子が轢逃げに遭い、そして死んだ。
赦せなかった。轢いた奴も、そして公子から目を離してしまった俺自身も。
俺は公子を諦めたりしない。公子には沢山の夢があった、希望があった、他の誰よりも幸せになる権利があったんだ。俺が公子の復活を諦めることは決してない、もしそんなことをしたら俺は公子の未来を奪ったクズ野郎共と同じになってしまう。
眠る公子にいつも通り声をかけた。
「また、お前と楽しく話したい」
もうすぐだ。もうすぐ俺の悲願が叶う。俺はそうずっと信じてる。