第28話 夥しい死の上
輪や心寧さんから極めて真っ当なお小言を受けながら朝食を取った後僕は栗村さんの家へと歩を進めていた。あわよくば事件当時のことが聞けるのではと思ったのだが残念ながら彼女は酷く衰弱してしまい現在警察の保護の下、本土の病院に向かっているのだという。わざわざ本土まで行くのは症状が酷いからと言うよりも、現在警察の手によって定期船の監視なども行われ、実質的にクローズドサークルとなっている斗鬼和島から離れたいという栗村さんの希望だろう。
「ま、そう上手く話聞けるわけないわな」
僕の死の真相は昨日明らかになった。だけどそれが明らかになって得をするのは過去に囚われている僕くらいのものだ。今、現在進行形で起こっている事件を解決しないことには島に平穏は訪れない。
「暁人じゃねーか」
「ああ、江川さんご苦労様です」
愛車である白い軽トラからひょっこりと顔を出して柔和に微笑む。
「昨日お前ポリ公の世話になったらしいな」
本当に噂が広まるのが早い島だな。嫌になる。
「ちょっとやんちゃし過ぎましたかね」
「んなことねーよ。お前がお前なりに島を思ってやったことだろう。実を言うと俺も昨夜ちょっと同じことしてたんだぞ。
それにポリ公ごときいくらでも迷惑かけてやればいいんだよ。無能なあいつらが悪いんだから」
「......そうですね」
江川さんの目は少し遠くでパトロールしている警察の人に向けられていた。
「それで江川さんは何してるんですか?」
「ああ聞いてくれよ。もう少し待ってりゃ客足も戻ってくると思ったんだが昨夜の事件のせいでまた人が来なくなっちまってよ。正直野球見るくらいしか出来ることがねーんだわ。お前も一緒に野球見るか?」
「いや、そう言うのじゃなく。たった今軽トラ乗り回して何やってんですかってことですよ」
「ああそっちか」
普通そっちしかない。
「公子の好きな花を買いにお前ん家にいく途中だったんだよ。輪ちゃんが育ててる花は俺みたいな無精者にも分かるくらい綺麗だからな」
「公子さんに」
「ああ、あいつは花が好きだからな。最も手入れなんかは全くしてくれねーから俺が仕入れから何まで全部するしかねーんだが」
「そうですか......大変ですね」
「大変だが、ま、親ってのは子供の我がままを聞くのが仕事だからな。ああそうだ、良い機会だから聞いときたかったんだけど輪ちゃんって何であんなに綺麗に花を咲かせられるんだ?俺もちょっと花を咲かせたことあるんだけど、輪ちゃんには全然及ばなくってな」
「すいませんが僕にもそれは分かりませんね。ただ」
「ただ?」
不意に輪の言葉が脳裏に過ぎってきた。
『ねぇ、知ってる? お花がこんなに綺麗に咲くのは死のおかげなんだよ』
『お前何物騒なこといきなり言ってんだよ』
暁人じゃない、夕斗時代の記憶だ......僕たちがまだ中学生の頃......
『ふふふ、まぁそんな構えないでよ。昨日テレビでやってたの』
輪は土をいじりながら花に微笑みを送る。
『綺麗に咲く桜の下には死体が植えられているって聞いたことあるでしょ。死体の養分を吸い取って桜は綺麗に咲けるんだって』
『なんとなく聞いたことあんな』
嘘だ。この時の僕はそんな話を聞いたことなんてなかった。しかしそんな僕の見栄張りに気づかない。
『死体なんて言うと怖いイメージあるかもしれないけれど、それはきっと勝手に人間の死体って脳内変換しているからでしょう。そんなんじゃないよ、沢山の微生物たちや落ち葉なんかが堆積していったものだって立派な死体でしょう。死骸って言ったほうがしっくりくるかな』
『あっはっは、確かにそうだな』
『夕斗、私ねそれ聞いて思ったの。
綺麗な花の下には......いえ、私達の生を支えてくれているのは』
輪は赤い花を撫でながら僕のことを真っすぐに見据えた。
『夥しいほどの死なんじゃないかってね』
『はっ、中二病ってのはこんな片田舎でも発症者が出てくるんだな』
『ちょっと、少しは感心してよ。私凄い発見だと思ったんだから』
輪はプクリと頬を膨らませていた
「......いえ、なんでもありません」
1秒にも満たない回顧をした後に僕は無理やり笑みを作る。
「まぁしょっちゅう世話はしてますよ。肥料や水の上げる量も種類やその日の気温や湿度ごとに変えているみたいですよ」
「ひゃぁぁ、こだわってんなぁ。頭が下がるわ」
「全くですね」
「で。お前も乗るか? それとも別に行くところあるか?」
「そうですね。ちょっとやりたいことがあるので一人で帰ります」
「そっか。じゃあまたな」
「はい、お気をつけて」
少し名残惜しそうな江川さんを見送った後僕は何をするでもなくただフラフラと足の望むままに歩いていた。用事なんてない、ただ1人になりたかったのだ。
人間の喧騒なんて意にも介していない鳥たちを眺めながら歩いていると、また昨夜と同じ場所にやってきていた。
「夥しいほどの死の上に生きているか......まったく、おっさんになって芯を喰った言葉だと思うようになるとは思わなかったよ」
色褪せた鳥居をくぐり、賽銭箱の裏で寝転がっている夕斗を知覚で見るべく膝をかがめた。
「暁人も夕斗の死の上にある。そして当然のように僕たちは毎日のように何かの死の上に生きている」
蜘蛛の巣に白い蝶々が引っ掛かっている。地面を歩く蟻の行列がパンくずを巣に運んでいる。
「あっはっは、哲学に目覚めてみるのも良い暇つぶしになるかもな」
唐突に降ってきた考えを振り切るように頭を左右に振った後拝殿の中に侵入した。昨日僕が暴れまわった痕跡がボロい拝殿をさらに荒らしていることでしっかりと刻まれていた。
「ああ、タブレットも落ちてやがる......不味いことしたよな。紅魅がその気だったら弁償しないといけねーよな」
念のため電源ボタンを触ってみると画面が光った。少しだけ安堵する。ディスプレイは割れているように見えたがとりあえずまだ使えるようだ。昨日も読んだ夢浦怜人の日記が浮かび上がっている。
「ったく、とんでもねーもの残してやがったなあのボケ爺」
これがないと僕の事件の犯人は分からなかったとはいえやはり見ていて気持ちの良いものじゃない。電源ボタンをもう一度押そうとした。
「......ん?」
その刹那、日記をもう一度読んだ僕に何かが産まれた。何か引っかかる。何か......何か。
「......あっ」
そうだ、そうだったんだ。ああくそ、僕は何で今までこんなことに気づかなかったんだ。
「待て待て待て待て待て」
瞼の上を掻きむしる。
今僕が考えていることが正しいとすれば、もし万が一そうだとしたら......
「この連続殺人事件の犯人って......」
血液が脳みそに集中する。赤血球から白血球に至るまで本来の機能を捨て、不意に湧いてきた考えをさらに思考するために使われているようだ。
「辻褄は......合う。この日記は......」
だけど、この考えが合っていたとしても......
ガツンッ!
「がっ??」
唐突に痛い光が走った。脳みそが力ずくでシェイクされたような不快と危険な感触が襲い掛かる。
なんだ? なんだなんだ?
僕はまた死ぬのか? そんなの止めてくれ......まだやらないといけないことがあるんだ。
今死んで、この斗鬼和島を更なる狂気を追加させるわけにはいかない。
今回の事件は......認めたくはないが、僕の死から全ては始まってしまったと言わざるを得ない......僕には責任があるんだ。
紅魅......輪......お前らに......僕はまだ......
強く意識を保とうとするが、嘲笑うかのようにもう一度後頭部に響いた鉄の感触が僕から五感を奪い取った。