第27話 木村警官
意気軒昂と疾く動いた僕の身体は今や、首根っこを押さえられながら自宅へと連行される木偶の坊へと化していた。
「まったく、最近の高校生はどうなってるんだ? 危険なんだから夜に1人で行動するなと言われているだろう」
僕を連行しているのは名も知らない警察官だ。夜中にパトロールをしていた中の1人なのだろうが僕と同様悲鳴の方へ駆けつけていたところ鉢合わせしてしまったのである。そしてその後は何とか逃げ出そうとしたり、くどくどと自分は無害だとアピールしていたのであるが、最終的には大人の凄みと国家権力を盾にされ補導されてしまったというわけだ。
「それともなんだ、まさか君が連続殺人の犯人なのか?」
偉丈夫と言うに相応しい体躯をした警察官は推定20代後半で、彫りの深い顔をしていた。
「まさか、僕も僕なりにパトロールをしていただけですよ。それにほら、凶器もないし、そもそも悲鳴のした方に向かっていたんですよ。もし犯人だったら悲鳴のした方からやってきてるんでしょう」
「まぁそれはそうだが」
犯人でないことは納得してくれたようだがなんというか、これだけで納得してくれるのも少々複雑だ。素直は美徳かもしれないが、もっと猜疑心をもって職務に当たって欲しい。
そうして家に帰ると玄関に電気がついていた。足音に気づいたのかインターホンを押す前に扉が開かれ輪が飛び出してきた。
「暁人!」
「おっと」
矢も楯もたまらずといった具合で警察官を押しのけて僕に抱き着く。
「良かった、ちゃんと帰ってきてくれた」
「当たり前でしょうが」
玄関の靴箱の上に置かれている時計の針は既に午前1時をさしていた。ここを出てから2時間近く経っていたらしい。
「あの、お母さんですか?」
随分とかしこまった声となった警察官が輪に話しかける。
「ああはい。どうしましたか?」
「いえ、息子さんがこんな中外に出ていたので補導したんです」
「申し訳ありません。ただ暁人も悪気があった訳じゃないんです。この島で起こっている事件を一刻も早く解決しようと行動していただけで」
「それは分かりますが、大変危険な行動です。お母さんの方からもキチンと止めていただきたいです」
心なしか輪に向けられる目線が肉欲を帯びているような気がする。いや、僕の考え過ぎだろうか。
「それはこっちのセリフですよ」
唐突に現れたのは心寧さんだ。寝間着姿ではあるが目はしっかりと起きており、名も知らぬ警官を睨みつけているかのようだ。
「貴方達が早くに凶行を止めてくれれば暁人ちゃんもこんな真似しないで済んでいるんですよ。ついさっきもまた事件が起こってしまったらしいじゃないですか」
「何故そのことを」
警官が情報をあっさりばらすなよ。
「狭い島です。話はあっという間に伝わる物なんですよ。特に、娯楽も少ないこの島じゃ年寄りたちはスマートフォンを使うのが得意でね」
「うっ......それは......申し訳ありません」
「昔からそうだ、貴方達は偉そうに注意はするが事件を解決してくれない。江川さんところの公子ちゃんが轢逃げされた時も、夢浦さんの夫婦が失踪した時もだ。今回だって本腰入れたのは原田さんのところの子供が殺されてからじゃないかい。あんた達がそんなだから暁人ちゃんも動こうと思ったんじゃないかね」
警察の顔が明らかに渋くなってきた。
「ちょっとお母さん、そんなことこの方に言っても仕方ないでしょう」
「仕方なくなんてないよ。やる気を出してもらわないと困るでしょう」
「だから、お母さん落ち着いて」
「いえ、その奥方の言う通りです。我々の力不足のせいで大変ご迷惑をおかけしております。私共も専門家に話を伺い、斗鬼和花の怪物が出るのは夜間の2時から4時までの可能性が高いという情報を元にパトロールをしていたのですが」
「言い訳は良いんですよ」
「うっ......申し訳ございません」
警察は深々と90度以上のお辞儀をしてきた。
「それで? 栗村さんところ理恵ちゃんはちゃんと保護したんだよね」
「はいっ。そのように聞いております」
さっきの悲鳴は理恵さんだったのか。親とは徒歩5分ほど離れた家で愛犬シャーンと暮らしているんだったっけか。取り合えず無事でよかった。
「心寧さん、その辺にしてあげてちょうだい」
「紅魅ちゃん」
奥から現れたのはしっかりとパジャマに袖を通している紅魅であった。1人でしっかりと帰ってきていたらしい。心寧さんは少し怖がった様子で紅魅から距離を取る。
「暁人も疲れているでしょうし、警察の方もこれからお忙しくなるんだから一旦お開きにしましょう。
こんな遅くに不肖の幼馴染を無事に保護してくれてありがとうございました」
「いえ、これが本官の職務ですので」
「お名前伺ってもよろしいかしら?」
16歳とは思えない艶めいた微笑みが再び警察官から肉欲を引き出したような気がする。
「木村悟巡査長27歳です! 何かお困りごとがありましたらいつでもお呼びください」
「ありがとうございます。
あたしの名前は、夢浦紅魅」
「夢浦......紅魅さん?」
夢浦という名字に聞き覚えがあったのだろう、木村さんは途端にバツの悪そうな顔になる。
「一日も早い解決を願っていますよ」
「は、はい!!全力で捜査させていただきます!」
しっかりと敬礼をした後に逃げるように去っていった。その様を紅魅は笑いながら見送る。
「ふふふ」
「それで暁人、ケガはない? あの人に嫌なこととかされてない?」
「母さん、子供じゃないんだから大丈夫だってば。でも心配させてごめんね。今日は疲れたからもう休むわ」
「......そうね。じゃあ一つだけ教えてちょうだい」
「何?」
「後悔しない行動が出来たの?」
「......」
そうだなぁ。
「出来たよ」
「なら良かった」
輪はそれ以上聞かなかった。