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第四話 斗鬼和姫

 死して罪ある人間は閻魔の裁量によってその罪に応じた八大地獄だか無間地獄だか知らない地獄に叩き落とされるのだとか。これを考えた人(お釈迦様か?)は随分と想像力豊かなのは間違いない。もし現代に生きていればベストセラー小説を連発する程度の才能は間違いなく持っているであろう。

 だがしかし、偉大な作家であってもこの地獄は想像できなかったに違いない。否、想像されてたまるものか。

「暁人。こっちこっち、おいでおいで」

 暁人として生を与えられ6年、僕は輪の息子として幼き対応をせざるを得ない恥辱の極みを日々のように受け続けていた。

 毎日毎日甘ったるい声と愛に満ち満ちた笑みを浮かべながら僕のことを抱きしめ、キスの嵐を僕の身体に焼き付け、挙句の果てにはキスを強要する輪。そんな輪の望むがままに幼児のフリをし続けるなんて一体僕の罪過はどれほどのものだと言うのだろうか。親族殺しや王殺しよりもさらに深奥にある闇に刻まれた何かをしてしまったレベルとしか思えない。

 僕が夕斗であることを輪に告白しようと考えたことも一度や二度ではない。舌の上まで「実は」という言葉が幾度となくやってきた。しかしながらどう考えても尋常ではないこの状況を受け入れ、真実をぶちまけると言うのはリスクが高いことだとしか思えないのだ。その告白を油として運命の歯車よりももっと複雑で理不尽なものが滑らかに動くような気がする。少々大袈裟な表現をすれば、世界が一変してしまいそうなのだ。だからこれまで歯の向こう側まで僕の言葉は通過しなかった。

 今は文字通りの第二の人生を存分に謳歌し、望んでもいない強くてニューゲームを精いっぱい行ったり、見たくもない輪の裸を見られることに何とか幸せを感じ取ることしかできないだろう。

「はーい、それじゃあ今日は読み聞かせをしまーす」

「はーーい!」

 輪は午前中に紙袋片手にどこかへ行ったと思ったら、ハーメルンの笛吹の如く大量の子供たちを引き連れて帰ってきた。都会なら警察への通報を考えるところであるが、ここは女性の1人暮らしでも玄関がフリーパスばかりな斗鬼和島、笛を吹かない笛吹になることは決して珍しいことではない。その子供たちは畳の上で正座をしたり、胡坐をかいたりしながらも皆一様に椅子の上でニコニコ笑っている輪に期待の目を見せている。

「早く早く、輪さん」

「ふふっ、龍臣君。そんなにがっつかないで」

 輪の手にある手作りの絵本に、原田龍臣は一際目を輝かせていた。いや、よくよく見るとその絵本の奥にある輪の胸だろうか? 将来有望そうで何よりである。

「それでは『斗鬼和姫』のお話、始まり始まり~~」

 こなれた声で読み聞かせが始まる。輪は僕たち一人一人の顔を愛おしそうに見ながらゆっくりと、そして穏やかに言葉を紡いでいく。ガキの耳で聞けば福音だろうが、幼馴染の鼓膜には少々奇天烈なものである。

「昔々、とある島を収めている偉い王様の下にとっても綺麗な少女がいました。その少女は太陽よりも眩しく笑うとっても美しい女の子で、島中の人が結婚したいと思うほどです。そんな少女は1人で散歩をしている時、狼に襲われてしまいましたが農民の男の子に助けてもらいました。それから男の子のことを好きになった少女はこっそりお付き合いを始めたのです」

 『斗鬼和姫』の昔話。斗鬼和島に住んでいる人間ならば誰でも知っている伝説の話だ。恐らくこの島に限れば桃太郎や浦島太郎よりも知名度は大きく、きびだんごの名産地を知らない人間でも斗鬼和姫の話は知っているくらいだ。

「しかし、秘密にしていたそのお付き合いもやがて王様にバレてしまいました。自分に秘密にしていたことにとても怒った王様は怒りのままにその男の子を殺してしまったのです」

 何度も聞かされているだろうに子供たちはこの部分で「ひっ」と無邪気に声を上げる。都合の良い観客だらけで輪もやりやすかろう。

 その時ふと1人の少女が目に入った。今の僕と同年代だろうに一際目を引く容姿を誇っている。全体のパーツがバランスよく整っており、この世代の子供ならば問答無用で備わっている可愛さと、一握りの存在だけに恵まれた、絵画のような美しさが綺麗に同居していた。烏の濡れ羽色のような黒髪はキチンと手入れされており、いつも寝癖さえ直さない僕とは随分な違いだ。本当にガキかと疑いたくなる。

 そんな少女は僕の視線に気づいたのか、にこりと笑った。なんとなく会釈を返す。

「少女はとっても哀しみました。哀しんで哀しんで、なんと少女も男の子のお墓の前で死んでしまったのです。王様はとても哀しみました。海より大きな自分の罪を悔いて悔いて悔いました。
 それから半年後、不思議なことが起こったのです。何と2人が眠っているお墓から一本の紅い花が生えてきました。大人の身長ほどの長さの茎にパンダさんよりも大きな花はうっとりするほど綺麗で、誰もが目を奪われてしまったのです。
 そしてしばらくした後に、その花から女の子が産まれました。女の子は王様の娘である少女と、王様が殺してしまった男の子の2人にそっくりで、2人の子供だと誰もが思いました。そこで王様は自分の罪を償うためにその女の子を引き取り、育てることにしたのです。
 女の子は斗鬼和姫と名前をつけられ、彼女が産まれた花は斗鬼和花と呼ばれるようになりました」

 不意にちょこんと服の裾を掴まれた。みると先ほどの女の子が僕の隣まできているではないか。恥じらいがない年頃だからなのか、彼女は何も言わずに僕の隣に座り、肩に寄りかかってきた。襟首から髪が服の中に転がり込みこそばゆい。

「斗鬼和姫はすくすくと育ち、町の人たちからも愛されながら美しい女性となっていきました。しかし、斗鬼和姫が16歳のある夏、町民が何者かに襲われる事件が起きたのです。その死体はとても無残な姿となっており、人々は鬼に襲われたのだと口々に噂をします。そんな時、誰かが気づきました。被害に遭ったのは、斗鬼和姫の両親を馬鹿にし、父親に一番酷く石を投げていたお爺さんであったのだと。
 それからしばらくして、また同じような被害者が出ました。今度の被害者は元気いっぱいの青年です。彼は斗鬼和姫に酷いことをよく口にしていた青年でした。青年の死を受けて婚約者の女の子はいっぱい泣きました。
 それからも何人も、何人も殺されます。その誰もが原型が分からなくなるほど酷い傷を受けており、また斗鬼和姫か、その両親に何らかの悪いことをした人々でした。誰にともなく新しい噂が流れ始めます。
 斗鬼和姫は鬼なのだと。そうして斗鬼和姫と口を聞いてくれる人は誰もいなくなりました。彼女を恐れ、距離を取ったのです」

「ふふっ」

 輪の声に混じって無邪気な笑い声が耳の中に転がってきた。隣にいた少女から発されたのだと少し遅れて理解する。

「斗鬼和姫はとても悲しみました。そして両親の眠っている墓から土を掘り起こし、その土を懐に入れた後に海に身を投げたのです。
 それから少しして、姫がいた島は大津波に襲われて島民たちのほとんどは亡くなってしまいました。生き残った僅かな人は、斗鬼和姫に謂われもない罪を被せた自分たちに天が与えた罰なのだと考えました。
 そして罪には正しい罰を与えなければならない、さもなくば更なる厄災に見舞われる......その真実を知ったのです」

 絵本を閉じて輪は頭を下げた。

「めでたしめでたし。皆は罪のない良い子に育ってね」

「うんっ!」

「もちろんだよ!」

 子供たちが元気溌剌かつ無邪気に何の根拠もないが、本人たちは至って真剣な肯定の意を伝える。そんな子供たちに輪は御褒美とばかりに頭を撫でていた。

「ふふふ」

 だが、僕の隣にいる黒髪の少女だけは少し様子が違う。サンタクロースを信じることなんて産まれてから一度もしていないかのような静謐な大人っぽさを醸し出しながら、表情筋をあどけなく動かしながら笑っている。否、嗤っている。

「ねぇ暁人、今のお話どう思った?」

 唐突に声をかけられた。小太鼓のような柔らかくも確かに身体に響くあどけない声だ。

「なんで僕のこと知ってんの?」

「そりゃ読み聞かせの会の主催者である輪さんの子供だもの。そもそも島民は皆家族でしょう。知ってて当然よ」

 ごめん、僕お前の名前知らないわ。

「冗談よ。あたしのお爺ちゃんが貴方を褒めていたから知っていただけ。
それでお話はどう思った?」

 有無を言わせないわがままな圧力。なんとなく背筋にたわしが擦り付けられたような感触がする。

「......別に、特には」

「あらそう。あたしはこう思ったわ」

 少女は僕の耳に小さな口を近づけて小悪魔のように囁く。

「罪には罰をって、素敵よね」

「......ほう」

 ドストエフスキーが書いた不朽の名作、『罪と罰』の熱烈なファン......のわけないか。漢字も読めないくせに島民の99.9%以上が読んだことが無い(僕の独断と偏見から引用)作品を好むわけがない。なんて思うのは拙速だろうか。
 ちなみに僕は読んだことはない。

「......君、なんて言うの?」

「あたしの名前? 夢浦(ゆめうら)紅魅(くみ)よ」
 畳が軋み、家鳴りがした。女の子は黒髪を優しくかき上げながら妖しく口角を吊り上げる。ガキの分際でまるでそれが自分のあるべき姿だと言わんばかりに。

「仲良くしてね、暁人」

 ドロリ。そう、聞こえた気がした。

 そしてこの読み聞かせ会の丁度10年後の8月17日のことだ。僕の、いや斗鬼和島の歯車は大きくクルクル、くるくる、狂狂と回り始めてしまう。

 僕が僕の死体を発見してしまうことで。
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 死して罪ある人間は閻魔の裁量によってその罪に応じた八大地獄だか無間地獄だか知らない地獄に叩き落とされるのだとか。これを考えた人(お釈迦様か?)は随分と想像力豊かなのは間違いない。もし現代に生きていればベストセラー小説を連発する程度の才能は間違いなく持っているであろう。

 だがしかし、偉大な作家であってもこの地獄は想像できなかったに違いない。否、想像されてたまるものか。

「暁人。こっちこっち、おいでおいで」

 暁人として生を与えられ6年、僕は輪の息子として幼き対応をせざるを得ない恥辱の極みを日々のように受け続けていた。

 毎日毎日甘ったるい声と愛に満ち満ちた笑みを浮かべながら僕のことを抱きしめ、キスの嵐を僕の身体に焼き付け、挙句の果てにはキスを強要する輪。そんな輪の望むがままに幼児のフリをし続けるなんて一体僕の罪過はどれほどのものだと言うのだろうか。親族殺しや王殺しよりもさらに深奥にある闇に刻まれた何かをしてしまったレベルとしか思えない。

 僕が夕斗であることを輪に告白しようと考えたことも一度や二度ではない。舌の上まで「実は」という言葉が幾度となくやってきた。しかしながらどう考えても尋常ではないこの状況を受け入れ、真実をぶちまけると言うのはリスクが高いことだとしか思えないのだ。その告白を油として運命の歯車よりももっと複雑で理不尽なものが滑らかに動くような気がする。少々大袈裟な表現をすれば、世界が一変してしまいそうなのだ。だからこれまで歯の向こう側まで僕の言葉は通過しなかった。

 今は文字通りの第二の人生を存分に謳歌し、望んでもいない強くてニューゲームを精いっぱい行ったり、見たくもない輪の裸を見られることに何とか幸せを感じ取ることしかできないだろう。

「はーい、それじゃあ今日は読み聞かせをしまーす」

「はーーい!」

 輪は午前中に紙袋片手にどこかへ行ったと思ったら、ハーメルンの笛吹の如く大量の子供たちを引き連れて帰ってきた。都会なら警察への通報を考えるところであるが、ここは女性の1人暮らしでも玄関がフリーパスばかりな斗鬼和島、笛を吹かない笛吹になることは決して珍しいことではない。その子供たちは畳の上で正座をしたり、胡坐をかいたりしながらも皆一様に椅子の上でニコニコ笑っている輪に期待の目を見せている。

「早く早く、輪さん」

「ふふっ、龍臣君。そんなにがっつかないで」

 輪の手にある手作りの絵本に、原田龍臣は一際目を輝かせていた。いや、よくよく見るとその絵本の奥にある輪の胸だろうか? 将来有望そうで何よりである。

「それでは『斗鬼和姫』のお話、始まり始まり~~」

 こなれた声で読み聞かせが始まる。輪は僕たち一人一人の顔を愛おしそうに見ながらゆっくりと、そして穏やかに言葉を紡いでいく。ガキの耳で聞けば福音だろうが、幼馴染の鼓膜には少々奇天烈なものである。

「昔々、とある島を収めている偉い王様の下にとっても綺麗な少女がいました。その少女は太陽よりも眩しく笑うとっても美しい女の子で、島中の人が結婚したいと思うほどです。そんな少女は1人で散歩をしている時、狼に襲われてしまいましたが農民の男の子に助けてもらいました。それから男の子のことを好きになった少女はこっそりお付き合いを始めたのです」

 『斗鬼和姫』の昔話。斗鬼和島に住んでいる人間ならば誰でも知っている伝説の話だ。恐らくこの島に限れば桃太郎や浦島太郎よりも知名度は大きく、きびだんごの名産地を知らない人間でも斗鬼和姫の話は知っているくらいだ。

「しかし、秘密にしていたそのお付き合いもやがて王様にバレてしまいました。自分に秘密にしていたことにとても怒った王様は怒りのままにその男の子を殺してしまったのです」

 何度も聞かされているだろうに子供たちはこの部分で「ひっ」と無邪気に声を上げる。都合の良い観客だらけで輪もやりやすかろう。

 その時ふと1人の少女が目に入った。今の僕と同年代だろうに一際目を引く容姿を誇っている。全体のパーツがバランスよく整っており、この世代の子供ならば問答無用で備わっている可愛さと、一握りの存在だけに恵まれた、絵画のような美しさが綺麗に同居していた。烏の濡れ羽色のような黒髪はキチンと手入れされており、いつも寝癖さえ直さない僕とは随分な違いだ。本当にガキかと疑いたくなる。

 そんな少女は僕の視線に気づいたのか、にこりと笑った。なんとなく会釈を返す。

「少女はとっても哀しみました。哀しんで哀しんで、なんと少女も男の子のお墓の前で死んでしまったのです。王様はとても哀しみました。海より大きな自分の罪を悔いて悔いて悔いました。
 それから半年後、不思議なことが起こったのです。何と2人が眠っているお墓から一本の紅い花が生えてきました。大人の身長ほどの長さの茎にパンダさんよりも大きな花はうっとりするほど綺麗で、誰もが目を奪われてしまったのです。
 そしてしばらくした後に、その花から女の子が産まれました。女の子は王様の娘である少女と、王様が殺してしまった男の子の2人にそっくりで、2人の子供だと誰もが思いました。そこで王様は自分の罪を償うためにその女の子を引き取り、育てることにしたのです。
 女の子は斗鬼和姫と名前をつけられ、彼女が産まれた花は斗鬼和花と呼ばれるようになりました」

 不意にちょこんと服の裾を掴まれた。みると先ほどの女の子が僕の隣まできているではないか。恥じらいがない年頃だからなのか、彼女は何も言わずに僕の隣に座り、肩に寄りかかってきた。襟首から髪が服の中に転がり込みこそばゆい。

「斗鬼和姫はすくすくと育ち、町の人たちからも愛されながら美しい女性となっていきました。しかし、斗鬼和姫が16歳のある夏、町民が何者かに襲われる事件が起きたのです。その死体はとても無残な姿となっており、人々は鬼に襲われたのだと口々に噂をします。そんな時、誰かが気づきました。被害に遭ったのは、斗鬼和姫の両親を馬鹿にし、父親に一番酷く石を投げていたお爺さんであったのだと。
 それからしばらくして、また同じような被害者が出ました。今度の被害者は元気いっぱいの青年です。彼は斗鬼和姫に酷いことをよく口にしていた青年でした。青年の死を受けて婚約者の女の子はいっぱい泣きました。
 それからも何人も、何人も殺されます。その誰もが原型が分からなくなるほど酷い傷を受けており、また斗鬼和姫か、その両親に何らかの悪いことをした人々でした。誰にともなく新しい噂が流れ始めます。
 斗鬼和姫は鬼なのだと。そうして斗鬼和姫と口を聞いてくれる人は誰もいなくなりました。彼女を恐れ、距離を取ったのです」

「ふふっ」

 輪の声に混じって無邪気な笑い声が耳の中に転がってきた。隣にいた少女から発されたのだと少し遅れて理解する。

「斗鬼和姫はとても悲しみました。そして両親の眠っている墓から土を掘り起こし、その土を懐に入れた後に海に身を投げたのです。
 それから少しして、姫がいた島は大津波に襲われて島民たちのほとんどは亡くなってしまいました。生き残った僅かな人は、斗鬼和姫に謂われもない罪を被せた自分たちに天が与えた罰なのだと考えました。
 そして罪には正しい罰を与えなければならない、さもなくば更なる厄災に見舞われる......その真実を知ったのです」

 絵本を閉じて輪は頭を下げた。

「めでたしめでたし。皆は罪のない良い子に育ってね」

「うんっ!」

「もちろんだよ!」

 子供たちが元気溌剌かつ無邪気に何の根拠もないが、本人たちは至って真剣な肯定の意を伝える。そんな子供たちに輪は御褒美とばかりに頭を撫でていた。

「ふふふ」

 だが、僕の隣にいる黒髪の少女だけは少し様子が違う。サンタクロースを信じることなんて産まれてから一度もしていないかのような静謐な大人っぽさを醸し出しながら、表情筋をあどけなく動かしながら笑っている。否、嗤っている。

「ねぇ暁人、今のお話どう思った?」

 唐突に声をかけられた。小太鼓のような柔らかくも確かに身体に響くあどけない声だ。

「なんで僕のこと知ってんの?」

「そりゃ読み聞かせの会の主催者である輪さんの子供だもの。そもそも島民は皆家族でしょう。知ってて当然よ」

 ごめん、僕お前の名前知らないわ。

「冗談よ。あたしのお爺ちゃんが貴方を褒めていたから知っていただけ。
それでお話はどう思った?」

 有無を言わせないわがままな圧力。なんとなく背筋にたわしが擦り付けられたような感触がする。

「......別に、特には」

「あらそう。あたしはこう思ったわ」

 少女は僕の耳に小さな口を近づけて小悪魔のように囁く。

「罪には罰をって、素敵よね」

「......ほう」

 ドストエフスキーが書いた不朽の名作、『罪と罰』の熱烈なファン......のわけないか。漢字も読めないくせに島民の99.9%以上が読んだことが無い(僕の独断と偏見から引用)作品を好むわけがない。なんて思うのは拙速だろうか。
 ちなみに僕は読んだことはない。

「......君、なんて言うの?」

「あたしの名前? 夢浦(ゆめうら)紅魅(くみ)よ」
 畳が軋み、家鳴りがした。女の子は黒髪を優しくかき上げながら妖しく口角を吊り上げる。ガキの分際でまるでそれが自分のあるべき姿だと言わんばかりに。

「仲良くしてね、暁人」

 ドロリ。そう、聞こえた気がした。

 そしてこの読み聞かせ会の丁度10年後の8月17日のことだ。僕の、いや斗鬼和島の歯車は大きくクルクル、くるくる、狂狂と回り始めてしまう。

 僕が僕の死体を発見してしまうことで。
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