第6話 決意
自分の死体を自分で見る。如何なる貴賤だろうと、どんな人生を送っていようとそれが出来る人間はただの1人もいやしない。死ねばあらゆる知覚が失われるのだから当然だ。僕が今こうして見ている岩寄夕斗の死体も果たして僕の死体と言えるのであろうか。
「はは」
............どうでもいいか。
イカレた絵画のような眼の前の光景を真砂暁人の網膜が深く刻み込む。心臓があっという間に過重労働をしだし、細胞から熱を帯びてくる。熱砂の上に立っているが如く汗腺から体温を下げるための水が噴き出し、乾いた声だけが辺りを虚しく散歩した。
「......」
信じたくなかった。岩寄夕斗の死を。僕に夕斗の記憶があるのは何かの手違いで僕は純然たる真砂暁人なのではないかと信じようとしていたこともあった。
だが、細胞よりももっと深いところにあるものが全力で叫んでいる。これが僕のなれの果てだと。真砂暁人の前世は岩寄夕斗であると。
無意識のうちに膝を地面につけ、夕斗の頬に手を伸ばしていた。だがその手は霧に触れるが如く透過する。
「触れない?」
もう一度、今度はしっかりと意識をして行うがやはり触ることができない。ならばと腹から咲いている斗鬼和花に目標を変えるがやはり結果は同じであった。
「............頭痛くなるぞ、おい」
困惑するには十分すぎる現実が驟雨のように襲い掛かってくる。少しよろけていると後ろから肩を掴まれた。
「ちょっと暁人、熱中症?」
「......紅魅?」
そこには先ほど別れたはずの紅魅がいた。
どうしてより先に、不味いと飛来する。直感的に夕斗の視線に目をやった。こんなものを紅魅が見たら大変なことになる。
だが、僕の曖昧な心配はすぐに露と消えた。
「こんなところに神社なんてあったのね。もう使われてないみたいだけど」
「......??」
紅魅の視界には間違いなく斗鬼和花と、夕斗の死体が入っているはずだ。それなのに彼女は微塵も調子を崩したように見えない。どんなに肝が据わっている勇者であっても、毎週のように殺人事件に出くわしている名探偵であってもこんな異様な光景を認識すれば普通ではいられないはずだ。
......まさか、見えていないのか。
「どうしたのよ、そんな驚いた顔して」
「い......いや」
やはり見えていない、そうとしか思えない。どういうメカニズムかは知らないが紅魅には死体も斗鬼和花も見えていないらしい。
口内に溜まった唾を呑み込む。
「さっき別れたのになんでお前がここにいるんだよ」
「貴方の様子が変だったから一回別れたふりして跡をつけたのよ」
僕が出し抜いたと思ったが逆だったらしい。はははははは。
「なるほどなるほど、そういうことね。ああ、気づかなかったなんてバカバカしくて情けない」
「ちょっと、暁人本当に大丈夫? 変な物でも見たの?」
ああ見たよ、この世に存在するどんな変な物よりも奇妙奇天烈なものをな。まぁ本当にこの世にあるかなんて分からないけど、お前には見えないようで嬉しいよ。知覚できなきゃないのと同じだからな。
「暁人......」
「あん?」
唐突に紅魅がペットボトルを僕の額にこすりつけた。瞬間的に脳みそが冷える。
「つめっ......」
「夏は若者を馬鹿にするなんて言うけど、あんたはそんなタマじゃないでしょう。もっとしっかりしてちょうだい。そんな腑抜けた顔は見たくないわ」
真摯に僕の芯を労わる目であった。
実年齢じゃとっくにアラフォーだってのに情けないな僕......
「悪い、ちょっと嫌なことがあってな。詳しくは聞かないでくれ」
「......ええ、そうね。あたしも今のシーンは白昼夢でも見たと思って忘れるわ」
大きく息を吸い込んで紅魅より前に一歩出た。
「じゃ、帰るとするか」
「......ええ。家までちゃんと送ってちょうだいね」
「わーってるよ」
正直まだ分からないことだらけだ。なればこそ、僕にはやらないといけないことがある。
岩寄夕斗を、僕を殺した犯人、その真実を見つけ出しぶっ潰してやるよ。
罪には罰を......だからな。
ドロリ
何かが僕が僕である為に大切なところへ滴り落ちた音がした。