ホーム白砂に沈んだ世界で、君と明日のパンを焼くセヴァン、砂根を煮る
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セヴァン、砂根を煮る

 
 地上へ出る頃には、陽が西へ傾いていた。

 真昼に白く光っていた砂は眩しさを失い、薄い青と金色を重ねながら長い影を伸ばしている。
 昼の熱は急速に空へ奪われ、汗の乾いた肌へ風が触れるたび、身体の表面から冷えていった。

 黒い箱は、セヴァンの背負い具へ固定した。
 回収した部品と工具はオレが持つ。

 荷が増えても、セヴァンの歩き方は変わらない。
 広い肩から長い脚まで、重さを身体全体へ散らすように歩く。

 黒髪だけが風に揺れ、白い荒野の中でやけに鮮明だった。

「本当に重くない? 途中で倒れられたら、オレまで足止め食うんだからね」
「倒れる前に言う」

「倒れる気はあるの?」
「ない」
「あのな......。だったら最初からそう言えよ」

 日が落ちた荒野を歩くのは危険だ。
 白い砂の下に隠れた亀裂きれつが見えにくくなり、昼間なら避けられる崩落ほうらく跡へ足を取られる。夜気やきが冷え込めば、身体も思うように動かなくなる。

 磁気じきが乱れ始めれば、方位器ほういきさえ信用できない。
 だから、旅人は陽が残っているうちに風を避けられる場所を探し、寝床を整える。

 オレたちは遺跡の外壁が突き出したくぼみを見つけ、今夜の野営地に決めた。
 崩れかけた壁へ近づきすぎれば危ないが、開けた砂地で夜風をまともに受けるよりはいい。

 黒い箱は布で二重に包み、砂へ直接触れないよう、拾った金属板の上へ載せる。
 荷物を置き、水袋の残量を確かめる。

 今夜の料理と、明日の朝のぶん。
 ナジュラまでの道のり。
 濾過ろか材が保つ日数。
 水は、使う前にすべて用途を決める。

 あのバッテリーが売れたら、まず濾過材、次に工具。
 靴底を張り替え、水と保存食を補充ほてんする。
 それでも余裕があれば、砂の入らない宿で一晩眠る。

 そう考えていると、背後で小鍋のふたが鳴った。
 セヴァンが火を起こしている。

「食料、使いすぎないでよ」
「食べなければ減らない」
「そういう話じゃなくて。ナジュラまでもたせろって言ってるの」

「分かっている」
「本当かなあ」

 セヴァンの「分かっている」は、料理に関してだけはあまり信用できない。
 限られた材料を無駄にする男ではない。
 むしろ、食材を駄目にしたときは、オレよりずっと深刻な顔をする。

 ただし、少しでも美味くなる余地を見つけると、必要以上に手を掛けたがる。

  ◇◇◇

 日が沈みきる前に、火がついた。

 野営で使える燃料は限られている。
 枯れ枝の残っている土地ならいいが、白砂ばかりの荒野では、乾燥させた獣糞じゅうふんや、遺跡から拾った燃料片へんを少しずつ使うしかない。

 火は明かりであり、熱であり、食事を作る道具だ。
 だから朝まで盛大に燃やし続けるわけにはいかない。

 必要なときだけ強くし、眠る頃には熾火おきびへ落とす。
 セヴァンは小さな炎の状態を確かめ、鍋へ水を量り入れた。

 オレは遺跡の壁へ背を預け、靴を脱ぐ。
 左の靴底は、思っていたより大きく開いていた。

「見せて」

 セヴァンが鍋を火へけながら言う。

「料理中だろ」
「煮えるまで時間がある」
「明日、ひもで巻けば平気」

「砂が入る」
「もう入ってるし」
「だから直す」

 言い返そうとしたが、足の裏がひりついていた。
 細かな硝子か金属片を踏んだのかもしれない。
 仕方なく靴を渡す。

 セヴァンは乾燥茸きのこを水へ沈めた後、靴底の剥がれへ細い革紐を通し始めた。

「料理しながら靴まで直す人、初めて見たんだけど」
「茸が戻るまで待つだけだから」
「鍋を見てなくていいの?」

「まだ水だ」
「そういう問題?」

 セヴァンの指は、靴の傷んだ革へ穴を開け、きつすぎないよう紐を通していく。

 大きな手だ。
 太く、傷が多く、見た目だけなら細かな作業には向いていない。
 それでも、針の先は一度も革を余計に裂かなかった。

「はい」

 返された靴を履く。
 歩けば少し固いが、がれはきちんと閉じている。

「......ありがとう」
「ああ」
「もっと嬉しそうにしろよ」

「嬉しい」
「顔に出てない」
「リュカも出ていない」
「今は出しただろ」

 セヴァンは、ほんのわずかに口元を緩めた。
 乾燥茸は、薄い色を水へにじませながら、ゆっくり元の形を取り戻していた。

 干からびて縮んでいた傘が水を吸い、柔らかな厚みを取り戻していく。
 セヴァンは鍋をのぞき込み、眉間へ薄くしわを寄せた。

「......少し早かったか」
「何が?」
「水が冷たい。戻る前に日が落ちた」

「お湯にすれば早いんじゃない?」
「熱すぎると、外だけ柔らかくなる」
「茸の話?」
「ああ」
「また始まったな」

 セヴァンは、茸の端を指でそっと押した。

「まだ中心が硬い。先に肉を切る」
「その水、にごってるけど、本当に使うの?」
「茸の味が出ている」

「汚れじゃなくて?」
「砂は先に払った。汚れなら底へ沈む。これは茸から出た味だ」

「ほんと? なんか舐めたら苦そう」
「少し苦い。でも肉の脂と砂根を入れると、苦みが奥へ引く」

 セヴァンは一度言葉を切り、鍋の中を見つめた。

「ただ、今日は茸が乾きすぎている。香りが弱いかもしれない」
「ふふっ、料理を始めると、本当によくしゃべるよな」

「そう?」
「さっきまでオレが話しかけても、一言ずつしか返さなかったじゃん」
「料理は、考えることが多い」
「遺跡で天井が崩れたときより難しい顔してるよ」

 昼間、あれだけのはりを支えていたときでさえ変わらなかった顔が、茸の戻り具合を前にして険しくなっている。
 本人は真剣なのだろう。
 だから余計に可笑しい。

 セヴァンは戻した茸を取り出し、水気を軽く絞った。

「端が柔らかくなりすぎた」
「駄目なの?」
「駄目ではない。でも香りが水へ出すぎる」

「その水も使うなら、同じじゃない?」
「茸をんだときの味が薄くなる」
「......細かいなあ」
「食べるものだから」

 当然のように言う。
 その答えを出されると、こちらもそれ以上は文句を言えない。

 セヴァンは乾燥肉のかたまりを取り出した。
 保存袋の底で、石みたいに固くなっていた肉だ。

 旅用の肉は、傷まないことが一番大切なので、塩を擦り込み、水分がなくなるまで干す。長く持つ代わりに、そのままめばあごが痛くなるほど硬い。
 セヴァンは肉の端へ刃を当て、薄い欠片かけらを削り始めた。

「そんなに薄くして足りる?」
「厚いまま入れると、中心が戻る前に外側だけ塩辛くなる」
「カッチコチなのに、そんな違いある?」
「固いから気をつける」

 数枚削ったところで、セヴァンの手が止まった。

「茸の水だけでは弱いな」
「弱いって何が?」
「肉を戻すには。先に脂を少し溶かしたほうがいい。けれど、火が強いと焦げる」

「弱くすればいいじゃん」
「弱すぎると、脂の香りが出ない」
「......おまえ、今夜ちゃんと完成させられるよね?」
「完成させる」

 妙に力強い返事だった。

「そこは自信あるんだ」
「ああ」

 セヴァンは肉の端にわずかに残っていた脂を切り分け、小鍋の底へ置いた。
 火へ近づける。
 白く固まっていた脂がゆっくり透き通り、鍋底へ薄く広がった。

「まだ早い......か。香りが立つ前に水を入れると、脂の匂いが汁へ馴染まない......焦げる前に止めないと......」

 セヴァンは鍋を火から少し離し、また近づける。
 納得できないのか、角度を変え、炎との距離を指一本ぶん調整した。
 崩れかけたはりを前にしても揺らがなかった男が、鍋と火の間隔に本気で悩んでいる。

「おまえ、料理してるとき、ちょっと面白いね」
「面白い?」
「独り言は多いし、鍋に向かって難しい顔するし」

「おいしくないほうがいい?」
「そんなことない。続けて」

 自分で言ってから、少し可笑しくなった。
 料理をしているセヴァンの話は、思ったより嫌いではない。
 普段なら「ああ」「そうか」で済ませる男が、食材のことになると、急に言葉を惜しまなくなる。

 乾いた肉は味を失ったのではなく、水分が抜けて固く閉じているだけだという。
 先に脂を少し溶かし、きのこの戻し汁でゆっくり温めれば、肉の中へ水分が戻り、閉じ込められていた味も汁へ出る。

「肉が閉じてるって何だよ」
「味が中に残っている」
「だったら最初からそう言えばいいのに。......いや、今の説明も同じか」

 セヴァンは答えず、鍋底のあぶらへ茸の戻し汁を少しだけ注いだ。
 じゅ、と小さな音がする。

 白い湯気が立ち、乾燥茸と肉の脂が混じった芳醇ほうじゅんな香りが、冷え始めた夜気やきへ広がった。
 一日中、砂とさびばかりを吸い込んでいた鼻の奥へ、食べ物の匂いが届く。
 それだけで、身体が自分の空腹を思い出した。

 腹が小さく鳴る。
 聞こえなかったふりをしたが、セヴァンの口元がわずかに緩んだ。

「笑うな」
「笑っていない」
「今のは絶対笑った」

「腹が減っていると思った」
「そりゃ減るだろ。一日中掘ってたんだから」

 セヴァンは薄く削った干し肉を鍋へ入れた。
 固かった肉が汁を吸い、端から少しずつ色を変えていく。

「次は?」
砂根すなね

 保存袋から取り出されたのは、薄い板切れのようなものだった。
 灰白色で、表面には細かな筋が走っている。
 半月ほど前、干上がった旧水路のそばで採った砂根だ。

 砂根は、白砂のどこにでも生えるわけではない。
 地下へ僅かな湿気が残る旧水路跡や、砂丘の陰に、小さな灰緑色の葉を出す。地上へ伸びる部分を最低限に抑え、細長い根の中へ水をたくわえて生き延びる植物だ。

 旅人にとっては、珍しくない食料でもある。
 地表へ出た葉の形を見分けられれば、砂の下から水分を含んだ根を掘り出せる。

 若い砂根は、薄い灰褐色はいかっしょくの皮を剥けば中が白い。
 採れたてへ刃を入れると、断面から僅かに水が滲む。
 噛めば、硬い梨かかぶに似た歯ざわりがあり、淡い甘みのあとへ少しだけ青臭さと土の匂いが残る。

 あの日は、オレが葉を見つけ、セヴァンが深く張った根を掘り出した。
 その場で若いものを一本ずつ齧り、残りは薄切りにして乾かした。

 採れたては水分が多いぶん傷みやすい。
 強い陽射しと乾いた風へ晒せば、板のように硬く縮む代わりに、長く保存できる。青臭さが薄れ、甘みも内側へ凝縮ぎょうしゅくされるらしい。

 少なくとも、セヴァンはそう言っていた。
 今、手の中にある砂根からは、あのときの瑞々みずみずしさを想像できない。

「これ、本当に戻る?」
「戻る」
「採ったときは、切っただけで汁が出てたのに。今じゃ靴底より硬いじゃん」

「靴底よりは薄い」
「比較するところ、そこ?」

 セヴァンは乾燥砂根を一枚持ち上げ、厚さを確かめた。

「少し厚いか......。薄いほうが早く戻るけでど、薄すぎると甘みを感じる前に、崩れてしまう。切る厚さは考えないと......」

 セヴァンは刃を寝かせ、乾燥砂根をさらに薄く削った。
 向こう側の火が、白い一片を淡く透かす。

「水だけで煮ると、土の匂いが残る」
「生のときもちょっと青臭かったもんな」
「茸の香りと肉の脂があれば、匂いは丸くなる。乾いた砂根は、生より甘みが強い」

「本当に?」
「たぶん」
「そこで急に自信なくすの?」
「前に煮たものより、今日は乾いている」

 セヴァンは砂根を鍋へ落とした。
 一枚。
 もう一枚。
 水面へ浮かんだ白い薄片が、湯を吸いながらゆっくり沈んでいく。

「少し厚かったか」
「大丈夫じゃない?」
「燃料が足りるなら、このままでいい」

「足りそう?」
「ぎりぎり」
「頼むよ。生煮えの板切れを食わせないでね」
「大丈夫。食わせない」

 砕いた種子しゅし一握にぎり。
 乾燥香草こうそうを少し。
 蓋をした鍋の中で、材料が煮える音が続く。

 日が落ちると、荒野の温度は急に下がった。
 火へ向けている指先は温かいのに、背中には冷たい夜気が忍び寄ってくる。

 けれど、鍋から立つ香りがあるだけで、さっきまでの寒さは少し遠く感じられた。
 これから温かいものが食べられる。
 その予感だけでも、人間は意外と元気になれる。
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「干し肉と砂根の温手鍋」
白砂に沈んだ世界で、君と明日のパンを焼く作者:玻璃 れにか
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 地上へ出る頃には、陽が西へ傾いていた。

 真昼に白く光っていた砂は眩しさを失い、薄い青と金色を重ねながら長い影を伸ばしている。
 昼の熱は急速に空へ奪われ、汗の乾いた肌へ風が触れるたび、身体の表面から冷えていった。

 黒い箱は、セヴァンの背負い具へ固定した。
 回収した部品と工具はオレが持つ。

 荷が増えても、セヴァンの歩き方は変わらない。
 広い肩から長い脚まで、重さを身体全体へ散らすように歩く。

 黒髪だけが風に揺れ、白い荒野の中でやけに鮮明だった。

「本当に重くない? 途中で倒れられたら、オレまで足止め食うんだからね」
「倒れる前に言う」

「倒れる気はあるの?」
「ない」
「あのな......。だったら最初からそう言えよ」

 日が落ちた荒野を歩くのは危険だ。
 白い砂の下に隠れた亀裂きれつが見えにくくなり、昼間なら避けられる崩落ほうらく跡へ足を取られる。夜気やきが冷え込めば、身体も思うように動かなくなる。

 磁気じきが乱れ始めれば、方位器ほういきさえ信用できない。
 だから、旅人は陽が残っているうちに風を避けられる場所を探し、寝床を整える。

 オレたちは遺跡の外壁が突き出したくぼみを見つけ、今夜の野営地に決めた。
 崩れかけた壁へ近づきすぎれば危ないが、開けた砂地で夜風をまともに受けるよりはいい。

 黒い箱は布で二重に包み、砂へ直接触れないよう、拾った金属板の上へ載せる。
 荷物を置き、水袋の残量を確かめる。

 今夜の料理と、明日の朝のぶん。
 ナジュラまでの道のり。
 濾過ろか材が保つ日数。
 水は、使う前にすべて用途を決める。

 あのバッテリーが売れたら、まず濾過材、次に工具。
 靴底を張り替え、水と保存食を補充ほてんする。
 それでも余裕があれば、砂の入らない宿で一晩眠る。

 そう考えていると、背後で小鍋のふたが鳴った。
 セヴァンが火を起こしている。

「食料、使いすぎないでよ」
「食べなければ減らない」
「そういう話じゃなくて。ナジュラまでもたせろって言ってるの」

「分かっている」
「本当かなあ」

 セヴァンの「分かっている」は、料理に関してだけはあまり信用できない。
 限られた材料を無駄にする男ではない。
 むしろ、食材を駄目にしたときは、オレよりずっと深刻な顔をする。

 ただし、少しでも美味くなる余地を見つけると、必要以上に手を掛けたがる。

  ◇◇◇

 日が沈みきる前に、火がついた。

 野営で使える燃料は限られている。
 枯れ枝の残っている土地ならいいが、白砂ばかりの荒野では、乾燥させた獣糞じゅうふんや、遺跡から拾った燃料片へんを少しずつ使うしかない。

 火は明かりであり、熱であり、食事を作る道具だ。
 だから朝まで盛大に燃やし続けるわけにはいかない。

 必要なときだけ強くし、眠る頃には熾火おきびへ落とす。
 セヴァンは小さな炎の状態を確かめ、鍋へ水を量り入れた。

 オレは遺跡の壁へ背を預け、靴を脱ぐ。
 左の靴底は、思っていたより大きく開いていた。

「見せて」

 セヴァンが鍋を火へけながら言う。

「料理中だろ」
「煮えるまで時間がある」
「明日、ひもで巻けば平気」

「砂が入る」
「もう入ってるし」
「だから直す」

 言い返そうとしたが、足の裏がひりついていた。
 細かな硝子か金属片を踏んだのかもしれない。
 仕方なく靴を渡す。

 セヴァンは乾燥茸きのこを水へ沈めた後、靴底の剥がれへ細い革紐を通し始めた。

「料理しながら靴まで直す人、初めて見たんだけど」
「茸が戻るまで待つだけだから」
「鍋を見てなくていいの?」

「まだ水だ」
「そういう問題?」

 セヴァンの指は、靴の傷んだ革へ穴を開け、きつすぎないよう紐を通していく。

 大きな手だ。
 太く、傷が多く、見た目だけなら細かな作業には向いていない。
 それでも、針の先は一度も革を余計に裂かなかった。

「はい」

 返された靴を履く。
 歩けば少し固いが、がれはきちんと閉じている。

「......ありがとう」
「ああ」
「もっと嬉しそうにしろよ」

「嬉しい」
「顔に出てない」
「リュカも出ていない」
「今は出しただろ」

 セヴァンは、ほんのわずかに口元を緩めた。
 乾燥茸は、薄い色を水へにじませながら、ゆっくり元の形を取り戻していた。

 干からびて縮んでいた傘が水を吸い、柔らかな厚みを取り戻していく。
 セヴァンは鍋をのぞき込み、眉間へ薄くしわを寄せた。

「......少し早かったか」
「何が?」
「水が冷たい。戻る前に日が落ちた」

「お湯にすれば早いんじゃない?」
「熱すぎると、外だけ柔らかくなる」
「茸の話?」
「ああ」
「また始まったな」

 セヴァンは、茸の端を指でそっと押した。

「まだ中心が硬い。先に肉を切る」
「その水、にごってるけど、本当に使うの?」
「茸の味が出ている」

「汚れじゃなくて?」
「砂は先に払った。汚れなら底へ沈む。これは茸から出た味だ」

「ほんと? なんか舐めたら苦そう」
「少し苦い。でも肉の脂と砂根を入れると、苦みが奥へ引く」

 セヴァンは一度言葉を切り、鍋の中を見つめた。

「ただ、今日は茸が乾きすぎている。香りが弱いかもしれない」
「ふふっ、料理を始めると、本当によくしゃべるよな」

「そう?」
「さっきまでオレが話しかけても、一言ずつしか返さなかったじゃん」
「料理は、考えることが多い」
「遺跡で天井が崩れたときより難しい顔してるよ」

 昼間、あれだけのはりを支えていたときでさえ変わらなかった顔が、茸の戻り具合を前にして険しくなっている。
 本人は真剣なのだろう。
 だから余計に可笑しい。

 セヴァンは戻した茸を取り出し、水気を軽く絞った。

「端が柔らかくなりすぎた」
「駄目なの?」
「駄目ではない。でも香りが水へ出すぎる」

「その水も使うなら、同じじゃない?」
「茸をんだときの味が薄くなる」
「......細かいなあ」
「食べるものだから」

 当然のように言う。
 その答えを出されると、こちらもそれ以上は文句を言えない。

 セヴァンは乾燥肉のかたまりを取り出した。
 保存袋の底で、石みたいに固くなっていた肉だ。

 旅用の肉は、傷まないことが一番大切なので、塩を擦り込み、水分がなくなるまで干す。長く持つ代わりに、そのままめばあごが痛くなるほど硬い。
 セヴァンは肉の端へ刃を当て、薄い欠片かけらを削り始めた。

「そんなに薄くして足りる?」
「厚いまま入れると、中心が戻る前に外側だけ塩辛くなる」
「カッチコチなのに、そんな違いある?」
「固いから気をつける」

 数枚削ったところで、セヴァンの手が止まった。

「茸の水だけでは弱いな」
「弱いって何が?」
「肉を戻すには。先に脂を少し溶かしたほうがいい。けれど、火が強いと焦げる」

「弱くすればいいじゃん」
「弱すぎると、脂の香りが出ない」
「......おまえ、今夜ちゃんと完成させられるよね?」
「完成させる」

 妙に力強い返事だった。

「そこは自信あるんだ」
「ああ」

 セヴァンは肉の端にわずかに残っていた脂を切り分け、小鍋の底へ置いた。
 火へ近づける。
 白く固まっていた脂がゆっくり透き通り、鍋底へ薄く広がった。

「まだ早い......か。香りが立つ前に水を入れると、脂の匂いが汁へ馴染まない......焦げる前に止めないと......」

 セヴァンは鍋を火から少し離し、また近づける。
 納得できないのか、角度を変え、炎との距離を指一本ぶん調整した。
 崩れかけたはりを前にしても揺らがなかった男が、鍋と火の間隔に本気で悩んでいる。

「おまえ、料理してるとき、ちょっと面白いね」
「面白い?」
「独り言は多いし、鍋に向かって難しい顔するし」

「おいしくないほうがいい?」
「そんなことない。続けて」

 自分で言ってから、少し可笑しくなった。
 料理をしているセヴァンの話は、思ったより嫌いではない。
 普段なら「ああ」「そうか」で済ませる男が、食材のことになると、急に言葉を惜しまなくなる。

 乾いた肉は味を失ったのではなく、水分が抜けて固く閉じているだけだという。
 先に脂を少し溶かし、きのこの戻し汁でゆっくり温めれば、肉の中へ水分が戻り、閉じ込められていた味も汁へ出る。

「肉が閉じてるって何だよ」
「味が中に残っている」
「だったら最初からそう言えばいいのに。......いや、今の説明も同じか」

 セヴァンは答えず、鍋底のあぶらへ茸の戻し汁を少しだけ注いだ。
 じゅ、と小さな音がする。

 白い湯気が立ち、乾燥茸と肉の脂が混じった芳醇ほうじゅんな香りが、冷え始めた夜気やきへ広がった。
 一日中、砂とさびばかりを吸い込んでいた鼻の奥へ、食べ物の匂いが届く。
 それだけで、身体が自分の空腹を思い出した。

 腹が小さく鳴る。
 聞こえなかったふりをしたが、セヴァンの口元がわずかに緩んだ。

「笑うな」
「笑っていない」
「今のは絶対笑った」

「腹が減っていると思った」
「そりゃ減るだろ。一日中掘ってたんだから」

 セヴァンは薄く削った干し肉を鍋へ入れた。
 固かった肉が汁を吸い、端から少しずつ色を変えていく。

「次は?」
砂根すなね

 保存袋から取り出されたのは、薄い板切れのようなものだった。
 灰白色で、表面には細かな筋が走っている。
 半月ほど前、干上がった旧水路のそばで採った砂根だ。

 砂根は、白砂のどこにでも生えるわけではない。
 地下へ僅かな湿気が残る旧水路跡や、砂丘の陰に、小さな灰緑色の葉を出す。地上へ伸びる部分を最低限に抑え、細長い根の中へ水をたくわえて生き延びる植物だ。

 旅人にとっては、珍しくない食料でもある。
 地表へ出た葉の形を見分けられれば、砂の下から水分を含んだ根を掘り出せる。

 若い砂根は、薄い灰褐色はいかっしょくの皮を剥けば中が白い。
 採れたてへ刃を入れると、断面から僅かに水が滲む。
 噛めば、硬い梨かかぶに似た歯ざわりがあり、淡い甘みのあとへ少しだけ青臭さと土の匂いが残る。

 あの日は、オレが葉を見つけ、セヴァンが深く張った根を掘り出した。
 その場で若いものを一本ずつ齧り、残りは薄切りにして乾かした。

 採れたては水分が多いぶん傷みやすい。
 強い陽射しと乾いた風へ晒せば、板のように硬く縮む代わりに、長く保存できる。青臭さが薄れ、甘みも内側へ凝縮ぎょうしゅくされるらしい。

 少なくとも、セヴァンはそう言っていた。
 今、手の中にある砂根からは、あのときの瑞々みずみずしさを想像できない。

「これ、本当に戻る?」
「戻る」
「採ったときは、切っただけで汁が出てたのに。今じゃ靴底より硬いじゃん」

「靴底よりは薄い」
「比較するところ、そこ?」

 セヴァンは乾燥砂根を一枚持ち上げ、厚さを確かめた。

「少し厚いか......。薄いほうが早く戻るけでど、薄すぎると甘みを感じる前に、崩れてしまう。切る厚さは考えないと......」

 セヴァンは刃を寝かせ、乾燥砂根をさらに薄く削った。
 向こう側の火が、白い一片を淡く透かす。

「水だけで煮ると、土の匂いが残る」
「生のときもちょっと青臭かったもんな」
「茸の香りと肉の脂があれば、匂いは丸くなる。乾いた砂根は、生より甘みが強い」

「本当に?」
「たぶん」
「そこで急に自信なくすの?」
「前に煮たものより、今日は乾いている」

 セヴァンは砂根を鍋へ落とした。
 一枚。
 もう一枚。
 水面へ浮かんだ白い薄片が、湯を吸いながらゆっくり沈んでいく。

「少し厚かったか」
「大丈夫じゃない?」
「燃料が足りるなら、このままでいい」

「足りそう?」
「ぎりぎり」
「頼むよ。生煮えの板切れを食わせないでね」
「大丈夫。食わせない」

 砕いた種子しゅし一握にぎり。
 乾燥香草こうそうを少し。
 蓋をした鍋の中で、材料が煮える音が続く。

 日が落ちると、荒野の温度は急に下がった。
 火へ向けている指先は温かいのに、背中には冷たい夜気が忍び寄ってくる。

 けれど、鍋から立つ香りがあるだけで、さっきまでの寒さは少し遠く感じられた。
 これから温かいものが食べられる。
 その予感だけでも、人間は意外と元気になれる。
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