ホーム白砂に沈んだ世界で、君と明日のパンを焼く「干し肉と砂根の温手鍋」
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「干し肉と砂根の温手鍋」

 なべから穏やかにやわらかい湯気が立ち上る。
 オレは鍋の中でゆらゆらと揺れる砂根すなねをじっと見つめる。

「......まだ?」
「もう少し」
「さっきも言ってた」

「砂根の中心がまだ固い」
「もう柔らかそうに見えるけど」
「表面だけ」

 セヴァンは木匙きさじの先で一片を押し、首を横へ振った。

「まだ早い」
「根と会話してんの?」
「触れば分かる」

「オレには分かんないよ」
「少し待てば、リュカにも分かる」
「食べたらってこと?」
「ああ」

 火の加減を変え、鍋を少し横へずらす。

「強すぎるな」
「さっき弱いって言ってたじゃん」
「風向きが変わった」
「やれやれ、忙しいなあ」

 セヴァンは鍋と火を見比べ、また位置を調整した。

「砂根がくずれる前に、肉を柔らかくしたい」
「そこまで同時に考えてるの?」
「ひとつの鍋のなかで起こってることだから」

 真顔だった。
 オレは思わず吹き出した。

「何?」
「別に。おまえ、料理してるときだけ、本当に熱いなと思って」
「熱い?」

「普段は何を聞いても『ああ』とか『分かった』なのに、鍋の話になると止まらないじゃん」
「必要だから話している」
「料理中の独り言も?」

「必要だった」
「誰に?」
「自分に」

 また真面目に返され、オレは笑った。

 風の音。
 火の弾ける音。
 鍋の中で、小さく続く煮える音。
 その間へ、セヴァンの低い声が混じる。

 今日見つけた黒い箱のことは気になっている。
 あの青白い光も、セヴァンだけが聞いた声も。
 けれど、いま考えても答えは出ない。

 答えの出ないものを抱え続けるより、目の前の鍋が焦げないかを見ているほうが、ずっと有意義ゆういぎで楽しかった。

 やがてセヴァンがふたを開ける。

 白い湯気が、ほどけるように夜の空気へ立ち昇った。
 きのこと砂根は柔らかく煮え、砕いた種子しゅしのおかげで汁には薄いとろみがついている。乾燥肉も、角の硬さを失っていた。

「どう?」
「まだ味を見ていない」

 セヴァンは木匙きさじで少量をすくい、息を吹きかけてから口へ入れた。
 目を伏せる。

「薄いな」
「水を入れすぎた?」
「違う。味は出ている。でも、まとまっていない」
「まとまるって?」

「茸も、肉も、砂根も、それぞれの味が離れている」
「一緒の鍋で煮たのに?」
「ああ」

 セヴァンは荷物の奥へ手を入れ、小さな袋を取り出した。
 中身に気づき、オレは身を起こす。

「待って」
「何?」
「それ、塩だろ」
「ああ」

「使わないでよ。ナジュラまで取っておくって言ったじゃん」
「少しだけ」
「ひとつまみでも減るの。次に買える保証だってないんだから」

 この世界を旅するのに、塩は水に次いでものすごく貴重だ。ただ味をつけるためだけのものではない。
 暑い中を長く歩いた身体に必要で、肉や野菜を保存するためにも使える。傷口を洗うことだってある。

 金があっても、売っている場所がなければ手に入らない。
 荒野では、磨かれた宝石より役に立つことさえある。

「まだ箱も売れてないんだよ?」
「分かっている」
「値打ちがあるかも分からないものを拾っただけで、気を大きくしないで」

「気は大きくなっていない」
「だったら、しまって」

 セヴァンは袋を持ったまま、湯気の立つ鍋へ目を落とした。

「今日は、リュカが空洞を見つけた」
「だってそれが仕事だよ」
「隠し区画も開けた」
「風に気づいたのはおまえ」
「二人で箱を持ち出した」
「それが?」

「二人とも怪我をしないで戻った」
「当たり前でしょ」
「当たり前でも、喜んでいい」

 静かな声だった。

 押しつけるでも、さとすでもない。
 ただ、本当にそう思っている声。

「喜んだら腹がふくれる?」
「膨れない」
「だったら――」

「少しうまいものを食べれば、明日も歩こうと思える」

 言われて、返す言葉が一瞬遅れた。

 今日一日、砂を掘り、古い梯子はしごを降り、崩れかけた区画から得体の知れない箱を持ち出した。
 それでも大きな怪我けがはしていない。

 火がある。
 水がある。
 二人ぶんの食事が、鍋の中で温かく煮えている。

 確かに、喜んではいけない理由もなかった。

 セヴァンが指先で塩をつまんだ。
 本当に、ごくわずかだった。
 白い粒が湯気の中へ落ち、音もなく溶けていく。

「......勝手にすれば」
「もう入れた」
「見れば分かるよ」

 腹は立つ。
 貴重な塩だ。

 明日、体調を崩すかもしれない。
 保存食を作る必要が出るかもしれない。
 使わずに済むなら、取っておくべきだった。

 それでも、セヴァンが鍋を一度混ぜると、立ち上がる香りは塩を入れる前より濃く感じられた。

 きのこの匂い。
 肉のあぶら
 砂根の淡い甘さ。
 それまで別々だったものが、湯気の中で一つへ近づいていく。

 セヴァンは二つの器へスープを注ぎ、片方を差し出した。
 器を受け取る。
 冷えていたてのひらへ、じんわり熱が移った。
 湯気が頬へ触れる。

 まず茸の香り。
 その奥に、肉の脂と香草。
 乾いたときにはほとんど匂いのなかった砂根の甘い香りまで、はっきり分かる。

「食べて」
「分かってる」

 ひと口すすった。
 熱が舌から喉へ落ちていく。

 最初に茸の香りが鼻へ抜けた。
 少し苦い。
 けれど、その苦みはすぐに肉の脂へ包まれ、重たく残らず奥へ引いていく。

 次に、砂根を噛んだ。
 採れたての頃にあった青臭さも、土のような後味も、もうどこにもなかった。
 板切れみたいに固かった一片は、茸の汁を吸って柔らかく戻っている。舌で押せば繊維せんいがほどけ、その奥から、思いがけないほどはっきりした甘さが滲んだ。

「......砂根、甘い」
「ああ」
「採ったときより甘くない?」
「乾かすと、水分が抜ける。甘みが残るから、生より濃く感じる」

「じゃあ、あのカチカチの板になったのも、悪いことばっかりじゃないんだ」
「保存もできる。煮れば、生とは違う味になる」

 半月前、二人で旧水路の砂を掘り、まだ水分を含んでいた根を引き抜いた。
 それを薄く切り、昼の陽のもとへ並べた。
 何日も荷物の中で運び、袋の底で硬く乾いたものが、今夜の鍋の中でまた食べ物へ戻っている。

 荒野を越えてきた時間まで、一緒に煮込まれているような気がした。

 干し肉もむ。
 保存袋ほぞんぶくろの底で、石みたいに固くなっていたあの肉だ。

 さっきまで、本当に同じものだったはずなのに。
 噛むたびに、濃い味が出てくる。
 脂なんてほとんど残っていなかったのに、舌の奥へ肉の甘さが長く残った。

 最後に塩気が来る。
 強くはない。
 それでも、それまで別々だった味が急に輪郭りんかくを持った。

 茸は香り豊かな味がする。
 砂根はとろけるように甘い。
 肉には肉の旨味と濃さがある。

 ばらばらだったものが、一つの器の中で、ちゃんと一つの食事になっていた。

 セヴァンが独り言をらしながら火を調整したことも。
 肉の薄さに悩んだことも。
 砂根の一枚一枚を見比べたことも。
 全部、このひと口へつながっている。

「どう?」
「......普通」

 反射的に答える。美味いことを認めるのがなんとなく悔しくて、素直になれない自分に腹が立つ。

「そう」

 セヴァンは気を悪くするでもなく、自分の器へ口をつけた。

 もう一口。
 今度は肉と砂根を一緒に食べる。

「ちょっと待って」
「何?」

「これ、本当にあの干し肉と砂根?」
「ああ」

「嘘だろ。肉は噛むたびに味が出るし、砂根なんてあの板切れから想像できないくらい甘い。茸の苦みも嫌じゃない。むしろ、後からもう一口欲しくなる」
「塩が入ったから」
「それだけじゃないだろ」

 セヴァンが僅かに目を細めた。

「茸の水を捨てなかった。肉の脂を先に出した。砂根は崩れる前まで煮た」
「うん。ずっと見てたし」

「茸から出た旨味が、肉にみこんでる。砂根の苦みも丸くしてる」
「......すっごいな......」

 口にしてから、少し恥ずかしくなる。
 けれど、もう遅い。

「美味いよ、これ」

 セヴァンの手が止まる。

「本当に?」
「何でそこ疑うの。普通って言ったのは嘘。腹立つくらい美味い」
「腹が立つ?」
「塩を使ったのは、まだ完全には納得してない。でも、使った理由は分かった」

 もう一口食べる。
 身体の内側へ、ゆっくり熱が広がっていく。
 一日中、道具を握って強張こわばっていた指が緩む。肩の力が抜け、冷えていた腹が少しずつ温まった。

 さっきまで気になっていた靴の痛みも、黒い箱への不安も、なくなったわけではない。
 ただ、少し遠くへ離れていった。

 温かいものを食べると、明日のことを考えられる。
 セヴァンが言ったのは、たぶんこういうことだ。

「あれ......俺のほうが肉が多くない?」

 自分の器を見る。間違いなく、肉が妙に多い。
 向かいのセヴァンの器には、細かな欠片かけらしか浮いていなかった。

「ちょっと、器、出して」
「まだ食べている」
「いいから」

 大きな手とともに差し出された器へ、自分の肉を二片ふたかけ落とす。

「盛り方、かたよりすぎ」
「リュカのほうが動いたから」
はりを支えてたのはおまえだろ」

「俺は身体が大きい」
「だったら、そのぶん食べなきゃ駄目じゃん」

「リュカも身体を大きくしたいのかと思った」
喧嘩けんか売ってる?」

 セヴァンの口元が、ほんの少し緩む。
 火の光に照らされ、鋭く見えるはずの目元まで柔らかくなった。

「今、笑っただろ」
「少し」
「認めたな」

「リュカが大きくなるところを想像した」
「やっぱり喧嘩売ってるよね?」

 セヴァンは味わうようによく噛んで肉を食べた。
 塩を使ったぶんくらい、こいつにもきちんと食べてもらわなければ割に合わない。

 器の中身は、オレたちが食べるたびに減っていく。
 惜しいような気もした。
 けれど、食べなければ意味がない。
 残して守るだけが、大切にすることではない。

 今日無事に戻ったから、今日食べる。
 明日歩くために、今夜身体を温める。
 そういう使い方なら、ひとつまみの塩も無駄ではないのかもしれない。
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白砂に沈んだ世界で、君と明日のパンを焼く作者:玻璃 れにか
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 なべから穏やかにやわらかい湯気が立ち上る。
 オレは鍋の中でゆらゆらと揺れる砂根すなねをじっと見つめる。

「......まだ?」
「もう少し」
「さっきも言ってた」

「砂根の中心がまだ固い」
「もう柔らかそうに見えるけど」
「表面だけ」

 セヴァンは木匙きさじの先で一片を押し、首を横へ振った。

「まだ早い」
「根と会話してんの?」
「触れば分かる」

「オレには分かんないよ」
「少し待てば、リュカにも分かる」
「食べたらってこと?」
「ああ」

 火の加減を変え、鍋を少し横へずらす。

「強すぎるな」
「さっき弱いって言ってたじゃん」
「風向きが変わった」
「やれやれ、忙しいなあ」

 セヴァンは鍋と火を見比べ、また位置を調整した。

「砂根がくずれる前に、肉を柔らかくしたい」
「そこまで同時に考えてるの?」
「ひとつの鍋のなかで起こってることだから」

 真顔だった。
 オレは思わず吹き出した。

「何?」
「別に。おまえ、料理してるときだけ、本当に熱いなと思って」
「熱い?」

「普段は何を聞いても『ああ』とか『分かった』なのに、鍋の話になると止まらないじゃん」
「必要だから話している」
「料理中の独り言も?」

「必要だった」
「誰に?」
「自分に」

 また真面目に返され、オレは笑った。

 風の音。
 火の弾ける音。
 鍋の中で、小さく続く煮える音。
 その間へ、セヴァンの低い声が混じる。

 今日見つけた黒い箱のことは気になっている。
 あの青白い光も、セヴァンだけが聞いた声も。
 けれど、いま考えても答えは出ない。

 答えの出ないものを抱え続けるより、目の前の鍋が焦げないかを見ているほうが、ずっと有意義ゆういぎで楽しかった。

 やがてセヴァンがふたを開ける。

 白い湯気が、ほどけるように夜の空気へ立ち昇った。
 きのこと砂根は柔らかく煮え、砕いた種子しゅしのおかげで汁には薄いとろみがついている。乾燥肉も、角の硬さを失っていた。

「どう?」
「まだ味を見ていない」

 セヴァンは木匙きさじで少量をすくい、息を吹きかけてから口へ入れた。
 目を伏せる。

「薄いな」
「水を入れすぎた?」
「違う。味は出ている。でも、まとまっていない」
「まとまるって?」

「茸も、肉も、砂根も、それぞれの味が離れている」
「一緒の鍋で煮たのに?」
「ああ」

 セヴァンは荷物の奥へ手を入れ、小さな袋を取り出した。
 中身に気づき、オレは身を起こす。

「待って」
「何?」
「それ、塩だろ」
「ああ」

「使わないでよ。ナジュラまで取っておくって言ったじゃん」
「少しだけ」
「ひとつまみでも減るの。次に買える保証だってないんだから」

 この世界を旅するのに、塩は水に次いでものすごく貴重だ。ただ味をつけるためだけのものではない。
 暑い中を長く歩いた身体に必要で、肉や野菜を保存するためにも使える。傷口を洗うことだってある。

 金があっても、売っている場所がなければ手に入らない。
 荒野では、磨かれた宝石より役に立つことさえある。

「まだ箱も売れてないんだよ?」
「分かっている」
「値打ちがあるかも分からないものを拾っただけで、気を大きくしないで」

「気は大きくなっていない」
「だったら、しまって」

 セヴァンは袋を持ったまま、湯気の立つ鍋へ目を落とした。

「今日は、リュカが空洞を見つけた」
「だってそれが仕事だよ」
「隠し区画も開けた」
「風に気づいたのはおまえ」
「二人で箱を持ち出した」
「それが?」

「二人とも怪我をしないで戻った」
「当たり前でしょ」
「当たり前でも、喜んでいい」

 静かな声だった。

 押しつけるでも、さとすでもない。
 ただ、本当にそう思っている声。

「喜んだら腹がふくれる?」
「膨れない」
「だったら――」

「少しうまいものを食べれば、明日も歩こうと思える」

 言われて、返す言葉が一瞬遅れた。

 今日一日、砂を掘り、古い梯子はしごを降り、崩れかけた区画から得体の知れない箱を持ち出した。
 それでも大きな怪我けがはしていない。

 火がある。
 水がある。
 二人ぶんの食事が、鍋の中で温かく煮えている。

 確かに、喜んではいけない理由もなかった。

 セヴァンが指先で塩をつまんだ。
 本当に、ごくわずかだった。
 白い粒が湯気の中へ落ち、音もなく溶けていく。

「......勝手にすれば」
「もう入れた」
「見れば分かるよ」

 腹は立つ。
 貴重な塩だ。

 明日、体調を崩すかもしれない。
 保存食を作る必要が出るかもしれない。
 使わずに済むなら、取っておくべきだった。

 それでも、セヴァンが鍋を一度混ぜると、立ち上がる香りは塩を入れる前より濃く感じられた。

 きのこの匂い。
 肉のあぶら
 砂根の淡い甘さ。
 それまで別々だったものが、湯気の中で一つへ近づいていく。

 セヴァンは二つの器へスープを注ぎ、片方を差し出した。
 器を受け取る。
 冷えていたてのひらへ、じんわり熱が移った。
 湯気が頬へ触れる。

 まず茸の香り。
 その奥に、肉の脂と香草。
 乾いたときにはほとんど匂いのなかった砂根の甘い香りまで、はっきり分かる。

「食べて」
「分かってる」

 ひと口すすった。
 熱が舌から喉へ落ちていく。

 最初に茸の香りが鼻へ抜けた。
 少し苦い。
 けれど、その苦みはすぐに肉の脂へ包まれ、重たく残らず奥へ引いていく。

 次に、砂根を噛んだ。
 採れたての頃にあった青臭さも、土のような後味も、もうどこにもなかった。
 板切れみたいに固かった一片は、茸の汁を吸って柔らかく戻っている。舌で押せば繊維せんいがほどけ、その奥から、思いがけないほどはっきりした甘さが滲んだ。

「......砂根、甘い」
「ああ」
「採ったときより甘くない?」
「乾かすと、水分が抜ける。甘みが残るから、生より濃く感じる」

「じゃあ、あのカチカチの板になったのも、悪いことばっかりじゃないんだ」
「保存もできる。煮れば、生とは違う味になる」

 半月前、二人で旧水路の砂を掘り、まだ水分を含んでいた根を引き抜いた。
 それを薄く切り、昼の陽のもとへ並べた。
 何日も荷物の中で運び、袋の底で硬く乾いたものが、今夜の鍋の中でまた食べ物へ戻っている。

 荒野を越えてきた時間まで、一緒に煮込まれているような気がした。

 干し肉もむ。
 保存袋ほぞんぶくろの底で、石みたいに固くなっていたあの肉だ。

 さっきまで、本当に同じものだったはずなのに。
 噛むたびに、濃い味が出てくる。
 脂なんてほとんど残っていなかったのに、舌の奥へ肉の甘さが長く残った。

 最後に塩気が来る。
 強くはない。
 それでも、それまで別々だった味が急に輪郭りんかくを持った。

 茸は香り豊かな味がする。
 砂根はとろけるように甘い。
 肉には肉の旨味と濃さがある。

 ばらばらだったものが、一つの器の中で、ちゃんと一つの食事になっていた。

 セヴァンが独り言をらしながら火を調整したことも。
 肉の薄さに悩んだことも。
 砂根の一枚一枚を見比べたことも。
 全部、このひと口へつながっている。

「どう?」
「......普通」

 反射的に答える。美味いことを認めるのがなんとなく悔しくて、素直になれない自分に腹が立つ。

「そう」

 セヴァンは気を悪くするでもなく、自分の器へ口をつけた。

 もう一口。
 今度は肉と砂根を一緒に食べる。

「ちょっと待って」
「何?」

「これ、本当にあの干し肉と砂根?」
「ああ」

「嘘だろ。肉は噛むたびに味が出るし、砂根なんてあの板切れから想像できないくらい甘い。茸の苦みも嫌じゃない。むしろ、後からもう一口欲しくなる」
「塩が入ったから」
「それだけじゃないだろ」

 セヴァンが僅かに目を細めた。

「茸の水を捨てなかった。肉の脂を先に出した。砂根は崩れる前まで煮た」
「うん。ずっと見てたし」

「茸から出た旨味が、肉にみこんでる。砂根の苦みも丸くしてる」
「......すっごいな......」

 口にしてから、少し恥ずかしくなる。
 けれど、もう遅い。

「美味いよ、これ」

 セヴァンの手が止まる。

「本当に?」
「何でそこ疑うの。普通って言ったのは嘘。腹立つくらい美味い」
「腹が立つ?」
「塩を使ったのは、まだ完全には納得してない。でも、使った理由は分かった」

 もう一口食べる。
 身体の内側へ、ゆっくり熱が広がっていく。
 一日中、道具を握って強張こわばっていた指が緩む。肩の力が抜け、冷えていた腹が少しずつ温まった。

 さっきまで気になっていた靴の痛みも、黒い箱への不安も、なくなったわけではない。
 ただ、少し遠くへ離れていった。

 温かいものを食べると、明日のことを考えられる。
 セヴァンが言ったのは、たぶんこういうことだ。

「あれ......俺のほうが肉が多くない?」

 自分の器を見る。間違いなく、肉が妙に多い。
 向かいのセヴァンの器には、細かな欠片かけらしか浮いていなかった。

「ちょっと、器、出して」
「まだ食べている」
「いいから」

 大きな手とともに差し出された器へ、自分の肉を二片ふたかけ落とす。

「盛り方、かたよりすぎ」
「リュカのほうが動いたから」
はりを支えてたのはおまえだろ」

「俺は身体が大きい」
「だったら、そのぶん食べなきゃ駄目じゃん」

「リュカも身体を大きくしたいのかと思った」
喧嘩けんか売ってる?」

 セヴァンの口元が、ほんの少し緩む。
 火の光に照らされ、鋭く見えるはずの目元まで柔らかくなった。

「今、笑っただろ」
「少し」
「認めたな」

「リュカが大きくなるところを想像した」
「やっぱり喧嘩売ってるよね?」

 セヴァンは味わうようによく噛んで肉を食べた。
 塩を使ったぶんくらい、こいつにもきちんと食べてもらわなければ割に合わない。

 器の中身は、オレたちが食べるたびに減っていく。
 惜しいような気もした。
 けれど、食べなければ意味がない。
 残して守るだけが、大切にすることではない。

 今日無事に戻ったから、今日食べる。
 明日歩くために、今夜身体を温める。
 そういう使い方なら、ひとつまみの塩も無駄ではないのかもしれない。
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