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第6話 声が鍵になった日

「君......キミ、大丈夫? 具合悪くない?」

ヨシの声によって、ジョウの意識は強制的に現実へと引き戻された。
目の前にヨシがしゃがみ込んでいる。
いつからそこにいたのか気づかなかったが
彼は心配そうにジョウの顔を覗き込んでいた。

「ん......ああ。大丈夫」

本当に大丈夫なのか、ジョウ自身にも正直わからなかった。
今の記憶の断片は、一体何なのだろう。

「なんか......見えた気がしたんだ。景色みたいなやつが」

ヨシの視線が動いた。ほんの一瞬。
その穏やかな瞳が、何かに触れたように細かく揺れ――
そして、いつもの凪いだ目へとすぐに戻る。

「そっか」

一言だけ伝えた。だが、ヨシが何かを言いかけて飲み込んだ気配を
ジョウは敏感に感じ取っていた。

「でも、助かったよ。ありがとね」

ヨシが鍵を収めると同時に、空間が大きく揺らいだ。
――色が、戻ってくる。

白んでいた景色に夕焼けの光が差し込み
じわじわと鮮やかな橙色が世界を満たしていく。
音も完全に戻り、遠くを走る車の音や
どこかの学生たちの笑い声が鼓膜をくすぐった。

世界の膜が消え去り、
気づけば、ジョウの手にあった鍵は消え失せていて、
いつもの路地に座り込んでいた。
しばらく、誰も喋らなかった。
トウゴも鍵を握ったまま手の甲を口元に当て、そこから静かに手を放した。
群青の光が粒子となって散り、鍵ごと消滅していく。
ヨシが小さく息をついた。肩の力が抜ける気配がした。
ジョウは地面に手をついたまま、二人を見上げて問いかけた。

「あんたら一体何なんだ?......二人は、何をしてたんだよ」

最初に口をついて出たのは、それが精一杯の問いかけになってしまった。
我ながら間抜けな質問だと思ったが、他に言葉が見つからなかった。
トウゴが厳しい視線で振り返る。

「鍵も出しておいて......質問する立場か?」
「だってワシ、何も知らんし」
「知らないなら、なおさら首を突っ込むな」
「でも、突っ込んじゃったもんはしょうがないし」
トウゴの眉間に深い皺が寄る。
口を開き、さらに言い返そうとしたトウゴの前に、
ヨシがひらりと割って入った。

「まあまあ」

ヨシは飄々と二人を宥めながらも
どこか楽しそうにジョウへと手を差し伸べた。
ジョウはその手を掴んで立ち上がる。
「僕達は世界に入って来た怪物を倒すヒーローみたいな事をやってるんだ」
「何だよ......それ」
ジョウの困惑に答える事もなく、ヨシはすぐには手を離さなかった。
何かを確かめるように掴んだままジョウの手を少し持ち上げ
その手の甲をじっと見つめる。そして、問いかけてきた。

「一応......名前、聞いてもいい?」
「か、鍵城ジョウ。一年」
その名を聞いたヨシが手が一瞬止まりジョウの顔を見た。
「ジョウ...か...」
さっきまで、確かにここに鍵があった。ジョウの声が形になったもの。
説明はできないが、紛れもない事実でもあった。

「へえ〜」

ヨシの唇が少しだけ弧を描く。
笑っているような、そうでないような......
でも今度は確かに親愛の情が含まれた笑みをジョウに向けた。

「僕はヨシ。三年。声紋鍵せいもんけんは『トレブル(高音域)』。よく『よっさん』って呼ばれてる」

ヨシの自己紹介はそれだけで終わった。
声紋鍵とは何なのか、さっきの声が鍵になったそれか――ヨシはそれ以上説明しなかった。
今はその説明が必要ない、とでも言うような顔で、今度はトウゴを振り返る。

「ごーさんは?」
「......俺はよっさんと違って、すぐに馴れ合いをするつもりはない」

「名前くらい言えばいいのに~守ろうとしたんだから、最後まで責任取ったら?」
「うるさい」

ジョウはトウゴを見た。
トウゴは頑なにジョウと目を合わせようとせず
視線を逸らしたまま、低い声でぶっきらぼうに言った。

「......トウゴだ。二年。鍵は『バス(低音域)』」
「じゃあ、ごーさんで」ジョウがぽつりと呟いた。「よっさんもそう呼んでたし」
「......好きにしろ」

ジョウから距離を置く方向へトウゴが歩き出した。
ヨシはその後ろ姿を見送りながら、また少しだけ楽しそうに笑っていた。

しかし――その様子を遠くのフェンス越しからじっと窺っている一人の人影があった。

*

「あの力は......危険すぎる......」

人影はポツリとそう呟く。一秒と経っていなかった。
ジョウが視線を向けた瞬間にはもうそこには誰もいなかった。
トウゴが一瞬だけ足を止め、視線をフェンスの向こうへと走らせた。
だが、何も言わなかった。ヨシもまた、同じ方向をほんの一瞬だけ見つめた。
しかし、二人ともそれ以上は動かなかった。
何かを察知し、あえて今は流した――そんな身のこなしに感じた。
その意図を読み解くことは、今のジョウにはまだできなかった。
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法鍵士は夕暮れに鳴る作者:福天六(ふくたむ)
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第6話 声が鍵になった日

「君......キミ、大丈夫? 具合悪くない?」

ヨシの声によって、ジョウの意識は強制的に現実へと引き戻された。
目の前にヨシがしゃがみ込んでいる。
いつからそこにいたのか気づかなかったが
彼は心配そうにジョウの顔を覗き込んでいた。

「ん......ああ。大丈夫」

本当に大丈夫なのか、ジョウ自身にも正直わからなかった。
今の記憶の断片は、一体何なのだろう。

「なんか......見えた気がしたんだ。景色みたいなやつが」

ヨシの視線が動いた。ほんの一瞬。
その穏やかな瞳が、何かに触れたように細かく揺れ――
そして、いつもの凪いだ目へとすぐに戻る。

「そっか」

一言だけ伝えた。だが、ヨシが何かを言いかけて飲み込んだ気配を
ジョウは敏感に感じ取っていた。

「でも、助かったよ。ありがとね」

ヨシが鍵を収めると同時に、空間が大きく揺らいだ。
――色が、戻ってくる。

白んでいた景色に夕焼けの光が差し込み
じわじわと鮮やかな橙色が世界を満たしていく。
音も完全に戻り、遠くを走る車の音や
どこかの学生たちの笑い声が鼓膜をくすぐった。

世界の膜が消え去り、
気づけば、ジョウの手にあった鍵は消え失せていて、
いつもの路地に座り込んでいた。
しばらく、誰も喋らなかった。
トウゴも鍵を握ったまま手の甲を口元に当て、そこから静かに手を放した。
群青の光が粒子となって散り、鍵ごと消滅していく。
ヨシが小さく息をついた。肩の力が抜ける気配がした。
ジョウは地面に手をついたまま、二人を見上げて問いかけた。

「あんたら一体何なんだ?......二人は、何をしてたんだよ」

最初に口をついて出たのは、それが精一杯の問いかけになってしまった。
我ながら間抜けな質問だと思ったが、他に言葉が見つからなかった。
トウゴが厳しい視線で振り返る。

「鍵も出しておいて......質問する立場か?」
「だってワシ、何も知らんし」
「知らないなら、なおさら首を突っ込むな」
「でも、突っ込んじゃったもんはしょうがないし」
トウゴの眉間に深い皺が寄る。
口を開き、さらに言い返そうとしたトウゴの前に、
ヨシがひらりと割って入った。

「まあまあ」

ヨシは飄々と二人を宥めながらも
どこか楽しそうにジョウへと手を差し伸べた。
ジョウはその手を掴んで立ち上がる。
「僕達は世界に入って来た怪物を倒すヒーローみたいな事をやってるんだ」
「何だよ......それ」
ジョウの困惑に答える事もなく、ヨシはすぐには手を離さなかった。
何かを確かめるように掴んだままジョウの手を少し持ち上げ
その手の甲をじっと見つめる。そして、問いかけてきた。

「一応......名前、聞いてもいい?」
「か、鍵城ジョウ。一年」
その名を聞いたヨシが手が一瞬止まりジョウの顔を見た。
「ジョウ...か...」
さっきまで、確かにここに鍵があった。ジョウの声が形になったもの。
説明はできないが、紛れもない事実でもあった。

「へえ〜」

ヨシの唇が少しだけ弧を描く。
笑っているような、そうでないような......
でも今度は確かに親愛の情が含まれた笑みをジョウに向けた。

「僕はヨシ。三年。声紋鍵せいもんけんは『トレブル(高音域)』。よく『よっさん』って呼ばれてる」

ヨシの自己紹介はそれだけで終わった。
声紋鍵とは何なのか、さっきの声が鍵になったそれか――ヨシはそれ以上説明しなかった。
今はその説明が必要ない、とでも言うような顔で、今度はトウゴを振り返る。

「ごーさんは?」
「......俺はよっさんと違って、すぐに馴れ合いをするつもりはない」

「名前くらい言えばいいのに~守ろうとしたんだから、最後まで責任取ったら?」
「うるさい」

ジョウはトウゴを見た。
トウゴは頑なにジョウと目を合わせようとせず
視線を逸らしたまま、低い声でぶっきらぼうに言った。

「......トウゴだ。二年。鍵は『バス(低音域)』」
「じゃあ、ごーさんで」ジョウがぽつりと呟いた。「よっさんもそう呼んでたし」
「......好きにしろ」

ジョウから距離を置く方向へトウゴが歩き出した。
ヨシはその後ろ姿を見送りながら、また少しだけ楽しそうに笑っていた。

しかし――その様子を遠くのフェンス越しからじっと窺っている一人の人影があった。

*

「あの力は......危険すぎる......」

人影はポツリとそう呟く。一秒と経っていなかった。
ジョウが視線を向けた瞬間にはもうそこには誰もいなかった。
トウゴが一瞬だけ足を止め、視線をフェンスの向こうへと走らせた。
だが、何も言わなかった。ヨシもまた、同じ方向をほんの一瞬だけ見つめた。
しかし、二人ともそれ以上は動かなかった。
何かを察知し、あえて今は流した――そんな身のこなしに感じた。
その意図を読み解くことは、今のジョウにはまだできなかった。
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