ホーム›法鍵士は夕暮れに鳴る›第15話 沈黙の宝石
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第15話 沈黙の宝石

*

クラヴィスを捕捉しかけたのは、翌朝のこと。
情報屋から緊迫した連絡が入ったのだ。
学外にある廃ビルの地下。
深夜、そこに奇妙な光の明滅を見たという目撃情報が届いた。

三人は一言も交わさず、現場へと急行した。
埃の舞う廃ビルの一室。
その中央に、クラヴィスは平然と佇んでいた。
笑っていた。いつもと変わらない、張り付いた穏やかな笑みを浮かべ
まるで旧友を迎えるかのように三人をもてなす。

「これはこれは。B-ブロードの皆さんが揃って、何の御用でしょうか」
「彼女はどこだ」

トウゴが一歩前に出た。その声のトーンは、地鳴りのように低く重い。
クラヴィスは小首を傾げた。

「ああ。あの方ですか」
「どこにいると聞いている」
「ここにはいませんが?」

室内の空気が一瞬で氷結する。
クラヴィスは優雅な動作で上着のポケットに手を滑らせ
一本の『鍵』を取り出した。
色がない。形状は確かに存在するのに、輝きが一切ない。

――いや、違った。

ジョウはそれを見た瞬間、直感的に理解してしまった。
三日前の夜、あの練習室の窓から聞こえてきた美しい歌声がいま
ジョウの脳裏で鮮烈に鳴り響く。
あの奔放で芯のある旋律が、この男の手の中で無残な形に変えられている。

「綺麗な声でしたよ」
クラヴィスはうっとりとした声で言った。
「とても素直な方で。最期まで精一杯、声を絞り出してくださって――本当に」
「黙れ」

ジョウの声は、自分の耳にも他人のもののように聞こえた。
高くもない。低くもない。ただ、それだけの声でジョウはクラヴィスを睨んだ。クラヴィスの視線がジョウへと移動する。

「おや、その様子......無事に『ミッド』の法鍵士として目覚めたのですね?」
「黙れと言ったんだ」

ジョウの喉が鳴っていた。
喉から漏れる光の粒が、瞬きのたびに強くなって行き、
淡いゴールドの光が滲み出す。だが、完全に鍵の形にはならなかった。
技術ではなく、純粋な怒りが先走り、能力の制御を完全に追い抜いていたのだ。
掴む鍵が揺れる度に光が後追いする。
先にトウゴの群青の鍵が地を這い、強烈な圧を放つ。
クラヴィスは半歩身を引いた。その笑顔の仮面は微塵も崩れない。

「今日は少し、趣が違いますね。皆さん、いつもより――ずいぶんと怒っていらっしゃる」
「当然だ」

ヨシが静かに言った。物腰は穏やかだ。
しかし、声の底には牙のような冷徹さが隠されていた。

「あんたが一体どれほど悍ましいことをしたか、分かって言っているのか?」
「分かっていますとも」
「本当か?」
「ええ。至高の声紋鍵を、確かにいただきました。
あの『莢(さや)』に近い極上の音域でしたが――ほんの少しだけ質が違いましたね。
そこだけが、少々残念でした」

ヨシの拳が、音を立てずに握り込まれていく。白くなった指の関節を、ジョウは見た。
それだけで、理解した。名前の意味は分からない。
でも、触れてはいけない場所だということは分かった。
クラヴィスは、光なき鍵を胸の前で弄んでいる。

「声はこうして、永遠の形として残ります。
声を失った鍵というのは、こんなにも宝石のように静寂で、......実に美しい。声とは、持ち主が離れても消えない、唯一の宝石です」

ジョウは、男の指の隙間の鍵を見た。
色がない。音もない。
三日前の夜が、耳の奥で再生される。
開いた窓。誰もいない時間の、ひたむきな声。
同じフレーズを、何度も歌い直していた、あの――。

「――ふざけるなッ!」

ジョウの喉が爆発的に鳴り響いた。
淡いゴールドの鍵を完全に具現化させると同時に、右足で地を強く蹴る。
狙いも間合いも定めない、まっすぐな突進を起こした。

「ジョウ、止まれ!」

背後からトウゴの鋭い制止の声が飛ぶ。 だが、足は止まらない。
クラヴィスは突っ込んでくるジョウを正面に見据えたまま、
半歩だけ右へ体をずらした最小限の動作だけで、
ジョウの振り下ろした一撃は、クラヴィスの立っていた空間を
むなしく切り裂くだけに終わる。

「おやおやぁ」

体勢を崩したジョウへ向け、クラヴィスがそのまま返す動作で
死んだ鍵をジョウの鍵の側面へ滑り込ませた。

「感情的になるのは――鍵の扱い方として、あまり感心しませんね」
「うるさい!」

ジョウは踏みとどまり、両足を踏ん張って二撃目を叩き込む。
今度はクラヴィスも動かず、正面から死んだ鍵を突き出して受け止めた。
衝突音はしない。淡いゴールドと無音の鍵が接触した瞬間
そこには完全な真空の静寂が生まれた。
しかし、ジョウの攻撃は弾かれなかった。
両足を地面に踏みしめ、体重のすべてを鍵に乗せて
クラヴィスを強引に押し込んでいく。
クラヴィスの細められた瞳の奥に、初めて冷徹な計算の光が走った。

「力任せのゴリ押しですか。なるほど、面白い」
「返せ......!」

クラヴィスは押し込まれる力に逆らわず
逆に半身を沈めて 鍵の角度を滑らかに変えた。
支えを失ったジョウの重心が、前のめりに崩れる。

「――ただ、頂戴しただけです」

その隙を見切り、クラヴィスが軽く手首を返すだけで
凄まじいカウンターの衝撃がジョウを襲った。
完璧に計算された術式の反発力。感情の勢いだけで押していたジョウの鍵は
強引に弾き飛ばされ、大きく後退させられる。

「退け、ジョウ!」

すれ違いざま、トウゴの獰猛な肉食獣の様な速度で躍り出た。
右足で床を踏み砕くように蹴り、低い姿勢のまま間合いを一気に詰める。
構えられた群青の鍵が空気を破り、廃ビルのコンクリート床を激しく踏み荒らした。
凄まじい重低音の衝撃波が走り、クラヴィスの足元の床を粉砕しながら
その自由を奪いにかかる。
クラヴィスは寸前で膝を深く折り、両足のバネだけで垂直に近い跳躍を見せ
トウゴの一撃を頭上へとかわした。

だが――その空中退避の軌道は、
すでにヨシによって完全に「先読み」されていた。
ヨシはトウゴが踏み込んだ瞬間から
右足を軸に半身を開いて クラヴィスの着地点を計算し
そこへ向けて右腕を伸ばしていた。
閃光。白銀の鍵が、クラヴィスが着地するはずの座標へ
先回りするように突き出される。無駄のない、超高速の刺突。
クラヴィスの動きが、空中でぴたりと止まった。
着地しようとした瞬間、両足が地面につくよりも先に、
ヨシの鍵の鋭利な切っ先が、自らの喉元から一ミリの距離で固定されていたからだ。

「......これは」

クラヴィスが、珍しく息を呑んだ。


「よっさんが......動きを先読みした......?」

体勢を立て直したジョウが、驚愕の声を漏らす。

「当然だよ。一度見れば分かる」

ヨシの声は穏やかに答えていたが、その眼鏡の奥の目は完全に凍りついている。
いつも張り付いている飄々とした笑みは、その顔から跡形もなく消え去っていた。

「あなたの動きは合理的すぎるんだよ。
だから、次にどこへ回避するか、計算すれば一目瞭然だ」
「お褒めの言葉として、受け取っておきましょう」
「褒めてないけどね」

ヨシの白銀の光紋が、より一層鋭く研ぎ澄まされる。

「その鍵を置いていけ」
「それは......」
「置いていけと言っているんだ!」

地を這うような重い低音。ヨシがここまで声を荒らげ、
威圧的なトーンを放つのは極めて異例だった。
トウゴはその声の気配を察し、群青の鍵を厳しく構え直す。
クラヴィスはヨシの鍵の切っ先と一定の間を保ったまま、ゆっくりと体勢を変えた。

「......置いていくことは、不可能です」
「なぜだ」
「元に戻す方法が、この世に存在しないからです」
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法鍵士は夕暮れに鳴る作者:福天六(ふくたむ)
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第15話 沈黙の宝石

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クラヴィスを捕捉しかけたのは、翌朝のこと。
情報屋から緊迫した連絡が入ったのだ。
学外にある廃ビルの地下。
深夜、そこに奇妙な光の明滅を見たという目撃情報が届いた。

三人は一言も交わさず、現場へと急行した。
埃の舞う廃ビルの一室。
その中央に、クラヴィスは平然と佇んでいた。
笑っていた。いつもと変わらない、張り付いた穏やかな笑みを浮かべ
まるで旧友を迎えるかのように三人をもてなす。

「これはこれは。B-ブロードの皆さんが揃って、何の御用でしょうか」
「彼女はどこだ」

トウゴが一歩前に出た。その声のトーンは、地鳴りのように低く重い。
クラヴィスは小首を傾げた。

「ああ。あの方ですか」
「どこにいると聞いている」
「ここにはいませんが?」

室内の空気が一瞬で氷結する。
クラヴィスは優雅な動作で上着のポケットに手を滑らせ
一本の『鍵』を取り出した。
色がない。形状は確かに存在するのに、輝きが一切ない。

――いや、違った。

ジョウはそれを見た瞬間、直感的に理解してしまった。
三日前の夜、あの練習室の窓から聞こえてきた美しい歌声がいま
ジョウの脳裏で鮮烈に鳴り響く。
あの奔放で芯のある旋律が、この男の手の中で無残な形に変えられている。

「綺麗な声でしたよ」
クラヴィスはうっとりとした声で言った。
「とても素直な方で。最期まで精一杯、声を絞り出してくださって――本当に」
「黙れ」

ジョウの声は、自分の耳にも他人のもののように聞こえた。
高くもない。低くもない。ただ、それだけの声でジョウはクラヴィスを睨んだ。クラヴィスの視線がジョウへと移動する。

「おや、その様子......無事に『ミッド』の法鍵士として目覚めたのですね?」
「黙れと言ったんだ」

ジョウの喉が鳴っていた。
喉から漏れる光の粒が、瞬きのたびに強くなって行き、
淡いゴールドの光が滲み出す。だが、完全に鍵の形にはならなかった。
技術ではなく、純粋な怒りが先走り、能力の制御を完全に追い抜いていたのだ。
掴む鍵が揺れる度に光が後追いする。
先にトウゴの群青の鍵が地を這い、強烈な圧を放つ。
クラヴィスは半歩身を引いた。その笑顔の仮面は微塵も崩れない。

「今日は少し、趣が違いますね。皆さん、いつもより――ずいぶんと怒っていらっしゃる」
「当然だ」

ヨシが静かに言った。物腰は穏やかだ。
しかし、声の底には牙のような冷徹さが隠されていた。

「あんたが一体どれほど悍ましいことをしたか、分かって言っているのか?」
「分かっていますとも」
「本当か?」
「ええ。至高の声紋鍵を、確かにいただきました。
あの『莢(さや)』に近い極上の音域でしたが――ほんの少しだけ質が違いましたね。
そこだけが、少々残念でした」

ヨシの拳が、音を立てずに握り込まれていく。白くなった指の関節を、ジョウは見た。
それだけで、理解した。名前の意味は分からない。
でも、触れてはいけない場所だということは分かった。
クラヴィスは、光なき鍵を胸の前で弄んでいる。

「声はこうして、永遠の形として残ります。
声を失った鍵というのは、こんなにも宝石のように静寂で、......実に美しい。声とは、持ち主が離れても消えない、唯一の宝石です」

ジョウは、男の指の隙間の鍵を見た。
色がない。音もない。
三日前の夜が、耳の奥で再生される。
開いた窓。誰もいない時間の、ひたむきな声。
同じフレーズを、何度も歌い直していた、あの――。

「――ふざけるなッ!」

ジョウの喉が爆発的に鳴り響いた。
淡いゴールドの鍵を完全に具現化させると同時に、右足で地を強く蹴る。
狙いも間合いも定めない、まっすぐな突進を起こした。

「ジョウ、止まれ!」

背後からトウゴの鋭い制止の声が飛ぶ。 だが、足は止まらない。
クラヴィスは突っ込んでくるジョウを正面に見据えたまま、
半歩だけ右へ体をずらした最小限の動作だけで、
ジョウの振り下ろした一撃は、クラヴィスの立っていた空間を
むなしく切り裂くだけに終わる。

「おやおやぁ」

体勢を崩したジョウへ向け、クラヴィスがそのまま返す動作で
死んだ鍵をジョウの鍵の側面へ滑り込ませた。

「感情的になるのは――鍵の扱い方として、あまり感心しませんね」
「うるさい!」

ジョウは踏みとどまり、両足を踏ん張って二撃目を叩き込む。
今度はクラヴィスも動かず、正面から死んだ鍵を突き出して受け止めた。
衝突音はしない。淡いゴールドと無音の鍵が接触した瞬間
そこには完全な真空の静寂が生まれた。
しかし、ジョウの攻撃は弾かれなかった。
両足を地面に踏みしめ、体重のすべてを鍵に乗せて
クラヴィスを強引に押し込んでいく。
クラヴィスの細められた瞳の奥に、初めて冷徹な計算の光が走った。

「力任せのゴリ押しですか。なるほど、面白い」
「返せ......!」

クラヴィスは押し込まれる力に逆らわず
逆に半身を沈めて 鍵の角度を滑らかに変えた。
支えを失ったジョウの重心が、前のめりに崩れる。

「――ただ、頂戴しただけです」

その隙を見切り、クラヴィスが軽く手首を返すだけで
凄まじいカウンターの衝撃がジョウを襲った。
完璧に計算された術式の反発力。感情の勢いだけで押していたジョウの鍵は
強引に弾き飛ばされ、大きく後退させられる。

「退け、ジョウ!」

すれ違いざま、トウゴの獰猛な肉食獣の様な速度で躍り出た。
右足で床を踏み砕くように蹴り、低い姿勢のまま間合いを一気に詰める。
構えられた群青の鍵が空気を破り、廃ビルのコンクリート床を激しく踏み荒らした。
凄まじい重低音の衝撃波が走り、クラヴィスの足元の床を粉砕しながら
その自由を奪いにかかる。
クラヴィスは寸前で膝を深く折り、両足のバネだけで垂直に近い跳躍を見せ
トウゴの一撃を頭上へとかわした。

だが――その空中退避の軌道は、
すでにヨシによって完全に「先読み」されていた。
ヨシはトウゴが踏み込んだ瞬間から
右足を軸に半身を開いて クラヴィスの着地点を計算し
そこへ向けて右腕を伸ばしていた。
閃光。白銀の鍵が、クラヴィスが着地するはずの座標へ
先回りするように突き出される。無駄のない、超高速の刺突。
クラヴィスの動きが、空中でぴたりと止まった。
着地しようとした瞬間、両足が地面につくよりも先に、
ヨシの鍵の鋭利な切っ先が、自らの喉元から一ミリの距離で固定されていたからだ。

「......これは」

クラヴィスが、珍しく息を呑んだ。


「よっさんが......動きを先読みした......?」

体勢を立て直したジョウが、驚愕の声を漏らす。

「当然だよ。一度見れば分かる」

ヨシの声は穏やかに答えていたが、その眼鏡の奥の目は完全に凍りついている。
いつも張り付いている飄々とした笑みは、その顔から跡形もなく消え去っていた。

「あなたの動きは合理的すぎるんだよ。
だから、次にどこへ回避するか、計算すれば一目瞭然だ」
「お褒めの言葉として、受け取っておきましょう」
「褒めてないけどね」

ヨシの白銀の光紋が、より一層鋭く研ぎ澄まされる。

「その鍵を置いていけ」
「それは......」
「置いていけと言っているんだ!」

地を這うような重い低音。ヨシがここまで声を荒らげ、
威圧的なトーンを放つのは極めて異例だった。
トウゴはその声の気配を察し、群青の鍵を厳しく構え直す。
クラヴィスはヨシの鍵の切っ先と一定の間を保ったまま、ゆっくりと体勢を変えた。

「......置いていくことは、不可能です」
「なぜだ」
「元に戻す方法が、この世に存在しないからです」
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法鍵士は夕暮れに鳴る作者:福天六(ふくたむ)
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