ホーム法鍵士は夕暮れに鳴る ―三声の共鳴、世界を守護する三人の絆―第2話 音のない場所へ
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第2話 音のない場所へ

九月に入った夕方は、追いかけてくる。

ジョウは大学のキャンパスの裏手に行くつもりだった。
いつもそこに行くと安心する為、理由もなく何度も訪れていた。
しかし、今日は違った。
フェンス沿いの細い路地に入る。いつもの様に足が勝手に向っていたが
ふと、違和感が段々とジョウに押し寄せて来ているのが分かり
気づいて立ち止まり空を見上げた。
先程と同じく紫になりかけた空が、
雲のふちにはまだオレンジの欠片が残っていて、
薄い水彩画のように色が滲み合っていた。
踏み込むにつれて、その色がじわりと薄れていく。
フェンスの錆も、アスファルトの黒も、雑草の緑も――
気づけば、すべてが白と灰色に沈んでいた。
オレンジも紫も、もうどこにもない。
空を見上げていると突然......喉が鳴った
喉の奥から胸にかけてはっきりと強かった。今日は特に強い。
何かが共鳴しようとしているかのように震えていた。
ジョウは自分の喉を手で押さえ、声を出してみる。

「......あ」

普通の声に響いた。普通の筈だった。
だが、薄いはずの周囲の空気が微妙に揺れた感覚に
やめた方がいい、という直感があった。理由はわからない。
それでも、足はすでに動いていた。
次の瞬間、音が遠くなった。
走る車の音も、風の音も、遠い。
自分の息の音だけが、やけにはっきりと聞こえる。
ジョウは動きを止め、景色を見回した。
まるで何かに呼ばれている――そう感じながらも、もう一歩、踏み込んだ。
けれど、ジョウはこの景色を知っている。
先程のスマホの画面の中で見たのではない。
もっと直接的に身体が覚えていた。
この空気の薄さ、この音の消え方、この色の抜け方――。
足が止まらなかった。震えるはずの膝が、いつも通り動いている。
心臓だけが速い。だがそれは、恐怖の速さではない気がした。
辺りを見渡していたジョウの鼓膜を、何かが微かに揺らした。
遠く微かで、まだ言葉にはなっていなかったが。
確かに誰かの声がした。
その声に引き寄せられるかの様に、歩を進めるたびに喉の振動が強くなっていく。
ジョウ自身に行き先はわからなかったが、身体はこの感覚を委ねていた。
自分の足音が、いつの間にか消えていた。
でもまだ――アスファルトを踏みしめる感触はある。
ただ、音がしない。他の音も同じに響く。
全ての音が、分厚い壁の向こうに吸い込まれていくように感じた。
残った音は、自身の呼吸と、内側に感じる脈拍だけ。

(なんだここ......)

先程、階段を駆け下り、長い廊下を駆け抜け外へと飛び出した......筈だった。
外の景色は色が失われ、白みがかっていく。
周囲の喧騒が、遥か遠くへ追いやられていく。
気が付けば周りの空気も薄い気がする。呼吸をしているのかすら実感が湧かない。
何度も呼吸しても酸素が口に入っては綿菓子の様にサッと溶けて行く。
その間にも雲の輪郭が、少しずつ滲むように消えていく。

「な、んで......」

ジョウ自身がおかしくなったのかと錯覚を起こすような情景。
大学の敷地全体が色身と音が失われ、まるで異世界に来たかのような感覚。
外に足が地に着いた瞬間。ジョウは絶望感に足を止める。

目の前にそれは『いた』

形容しがたい存在――。大型犬に近い大きさ。
カエルのような風貌に見えるがが、影に近い。
輪郭はあるが中身が闇のように見えない。
周囲の光を吸い込むように、その存在の周りだけが昏く淀んでいた。
四つん這いになったそれは、一体だけではなかった。
三つ、あるいは四つ。それがゆっくりと蠢いていた。

「なんだよ......これ」
「異形ですよ......この世界に居てはいけないモノです」

突然、無音の世界の筈の背後から靴音が聞こえ、振り返ると男一人そこに立っていた。大学の関係者だろうか?

「ふふ......いい声ですね。良い声というのは、探そうと思って見つかるものではございません。向こうから、勝手に転がり込んでくるものなのですよ?」

すると男は左手を上げ指を弾くや颯爽と姿を変えた。
一瞬で、何もかもが変わっていた。
目の前にいるのは、仮面で一部の顔を隠し黒いマントを纏った――何か、別の生物を彷彿とさせた。
頭が理解を拒んでいた。今見ているものが現実だと思いたくなかった。
これが本来の姿なのか、それとも別の何かへ変わったのか――
判断する余裕は、ジョウにはなかった。

「やっと見つけましたよ?鍵城ジョウくん?」
「......どうしてワシの名を知ってるんだ?」

ジョウの問いに男は平然と笑っていた。

「あら、敷地内の外に出たかったのですか?――残念ですがここはもう、『外』ではないですよ?」
(外じゃ......ないってどういう事なんだ?)

男はニタリと不気味にジョウに笑い返し、
その姿に背筋が冷たくなるのを感じたジョウは、
男の姿を視界に捉え二、三歩後退りしたジョウは再び走り出した。
キャンパスを必死に駆け抜ける。
講義棟の角を曲がり、中庭を突き抜けた。
走る間にも辺りは不自然に代わっていた。まだ大学の敷地内だと言うのに
誰一人とも遭遇していない。駆け出している足音と荒く続く吐息だけしか聞こえてこない鼓膜が何処かジョウを焦らせる。
どこへ向かっているのか、自分でも分からなかった。
ジョウの喉が激しく鳴る。自分の意志とは関係なしに何かが喉から出ようとする感覚がジョウを襲い、思わず喉を抑えるが喉は鳴り続ける。

(本当に何なんだよ......これ!)
「これはこれは......お疲れのご様子ですね。少々、お時間をいただけますか?」

背後から突然かけられた声に、背筋が凍り付く。
呼吸を荒くしたジョウがゆっくりと視界を変えた。
振り向くや仮面男はそこに居た。
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法鍵士は夕暮れに鳴る ―三声の共鳴、世界を守護する三人の絆―作者:福天六(ふくたむ)
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ジョウは大学のキャンパスの裏手に行くつもりだった。
いつもそこに行くと安心する為、理由もなく何度も訪れていた。
しかし、今日は違った。
フェンス沿いの細い路地に入る。いつもの様に足が勝手に向っていたが
ふと、違和感が段々とジョウに押し寄せて来ているのが分かり
気づいて立ち止まり空を見上げた。
先程と同じく紫になりかけた空が、
雲のふちにはまだオレンジの欠片が残っていて、
薄い水彩画のように色が滲み合っていた。
踏み込むにつれて、その色がじわりと薄れていく。
フェンスの錆も、アスファルトの黒も、雑草の緑も――
気づけば、すべてが白と灰色に沈んでいた。
オレンジも紫も、もうどこにもない。
空を見上げていると突然......喉が鳴った
喉の奥から胸にかけてはっきりと強かった。今日は特に強い。
何かが共鳴しようとしているかのように震えていた。
ジョウは自分の喉を手で押さえ、声を出してみる。

「......あ」

普通の声に響いた。普通の筈だった。
だが、薄いはずの周囲の空気が微妙に揺れた感覚に
やめた方がいい、という直感があった。理由はわからない。
それでも、足はすでに動いていた。
次の瞬間、音が遠くなった。
走る車の音も、風の音も、遠い。
自分の息の音だけが、やけにはっきりと聞こえる。
ジョウは動きを止め、景色を見回した。
まるで何かに呼ばれている――そう感じながらも、もう一歩、踏み込んだ。
けれど、ジョウはこの景色を知っている。
先程のスマホの画面の中で見たのではない。
もっと直接的に身体が覚えていた。
この空気の薄さ、この音の消え方、この色の抜け方――。
足が止まらなかった。震えるはずの膝が、いつも通り動いている。
心臓だけが速い。だがそれは、恐怖の速さではない気がした。
辺りを見渡していたジョウの鼓膜を、何かが微かに揺らした。
遠く微かで、まだ言葉にはなっていなかったが。
確かに誰かの声がした。
その声に引き寄せられるかの様に、歩を進めるたびに喉の振動が強くなっていく。
ジョウ自身に行き先はわからなかったが、身体はこの感覚を委ねていた。
自分の足音が、いつの間にか消えていた。
でもまだ――アスファルトを踏みしめる感触はある。
ただ、音がしない。他の音も同じに響く。
全ての音が、分厚い壁の向こうに吸い込まれていくように感じた。
残った音は、自身の呼吸と、内側に感じる脈拍だけ。

(なんだここ......)

先程、階段を駆け下り、長い廊下を駆け抜け外へと飛び出した......筈だった。
外の景色は色が失われ、白みがかっていく。
周囲の喧騒が、遥か遠くへ追いやられていく。
気が付けば周りの空気も薄い気がする。呼吸をしているのかすら実感が湧かない。
何度も呼吸しても酸素が口に入っては綿菓子の様にサッと溶けて行く。
その間にも雲の輪郭が、少しずつ滲むように消えていく。

「な、んで......」

ジョウ自身がおかしくなったのかと錯覚を起こすような情景。
大学の敷地全体が色身と音が失われ、まるで異世界に来たかのような感覚。
外に足が地に着いた瞬間。ジョウは絶望感に足を止める。

目の前にそれは『いた』

形容しがたい存在――。大型犬に近い大きさ。
カエルのような風貌に見えるがが、影に近い。
輪郭はあるが中身が闇のように見えない。
周囲の光を吸い込むように、その存在の周りだけが昏く淀んでいた。
四つん這いになったそれは、一体だけではなかった。
三つ、あるいは四つ。それがゆっくりと蠢いていた。

「なんだよ......これ」
「異形ですよ......この世界に居てはいけないモノです」

突然、無音の世界の筈の背後から靴音が聞こえ、振り返ると男一人そこに立っていた。大学の関係者だろうか?

「ふふ......いい声ですね。良い声というのは、探そうと思って見つかるものではございません。向こうから、勝手に転がり込んでくるものなのですよ?」

すると男は左手を上げ指を弾くや颯爽と姿を変えた。
一瞬で、何もかもが変わっていた。
目の前にいるのは、仮面で一部の顔を隠し黒いマントを纏った――何か、別の生物を彷彿とさせた。
頭が理解を拒んでいた。今見ているものが現実だと思いたくなかった。
これが本来の姿なのか、それとも別の何かへ変わったのか――
判断する余裕は、ジョウにはなかった。

「やっと見つけましたよ?鍵城ジョウくん?」
「......どうしてワシの名を知ってるんだ?」

ジョウの問いに男は平然と笑っていた。

「あら、敷地内の外に出たかったのですか?――残念ですがここはもう、『外』ではないですよ?」
(外じゃ......ないってどういう事なんだ?)

男はニタリと不気味にジョウに笑い返し、
その姿に背筋が冷たくなるのを感じたジョウは、
男の姿を視界に捉え二、三歩後退りしたジョウは再び走り出した。
キャンパスを必死に駆け抜ける。
講義棟の角を曲がり、中庭を突き抜けた。
走る間にも辺りは不自然に代わっていた。まだ大学の敷地内だと言うのに
誰一人とも遭遇していない。駆け出している足音と荒く続く吐息だけしか聞こえてこない鼓膜が何処かジョウを焦らせる。
どこへ向かっているのか、自分でも分からなかった。
ジョウの喉が激しく鳴る。自分の意志とは関係なしに何かが喉から出ようとする感覚がジョウを襲い、思わず喉を抑えるが喉は鳴り続ける。

(本当に何なんだよ......これ!)
「これはこれは......お疲れのご様子ですね。少々、お時間をいただけますか?」

背後から突然かけられた声に、背筋が凍り付く。
呼吸を荒くしたジョウがゆっくりと視界を変えた。
振り向くや仮面男はそこに居た。
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