第40話 濁る群青
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行きつけの店の看板が見えてきた頃、ふと、空気が変わった。
街灯の光が届かない路地の先に、一人の男が立っている。
最初に気づいたのは、トウゴだった。
背の高い黒い外套。肩の落とし方。足を置く角度。
――何年経っても、見間違えるはずがなかった。
中学の頃、行き場のなかった自分を拾い、何も言わずに隣を走らせた人。
三年前、組織に何も告げず消えた。それきり、一度も連絡はなかった。
「......カガリさん?」
足が、勝手に前へ出ていた。
「知ってる人?」ジョウが小声で聞く。
「ごーさんの師匠だよ」ヨシの目が細くなった。「でも、あの人は組織に愛想を尽かして失踪したはずだ。封印派に付くような人じゃない」
「どもー、よっさん、お久しぶり★」
背後から声がした。少女が蛇のように身体を揺らしながら、
ヨシに薄気味悪い笑みを向けている。
「......澪」
ヨシの声から、余裕が消えた。
「誰だよ、あいつ」
「空音澪。封印派の若い幹部だ」
トウゴが男から目を離さないまま答える。
「なぜカガリさんが、あの女と」
言い終える前に、風を切る音がした。
勘だけで、鍵を盾にした。凄まじい衝撃が金属音とともに鍵を叩く。
防ぎきれなかった刃が、右頬を深く掠めた。赤い線が走り、血が床に滴る。
「......カガリさん?」
カガリの手には、トウゴのものと同じ群青の鍵が握られていた。
何年も待った再会のはずだった。
「久々の運命の再会っ! あはっ、感動ものだねー★」
棒読みの澪を、ヨシが睨む。いつの間にか、手には白銀の鍵があった。
「何を企んでいる」
「別にー。会いたいって言うから、連れて来ただけ」
カガリが、無言で距離を詰めた。トウゴは鍵で受ける。火花が散る。
だが打ち合うたび、師の群青が、少しずつ濁っていった。
「どうしてですか、カガリさん......!」
後退るトウゴの腹に、鍵の柄がめり込んだ。肺の空気が抜け、身体が床を転がる。
「ごーさん――っ!」
駆け出したジョウの足元の床が、見えない衝撃で抉れた。
「あれぇ? あんた達の相手は、私だよ?」
砂煙の向こうで、澪が鍵を構えて立っていた。
ファルセットの光が、不可視の刃となって空気を震わせる。
「麗しき師弟の再会に、外部の人間が邪魔しちゃ、だ・あ・めっ♪ 特にヨシ。同じ高音域のあんたには、用があるんだよね」
澪は二人を見比べて笑った。
「カガリさんね、堰さんが見つけてくれたの。ボロボロだったけど、いい鍵だったから、ちゃんと使ってあげてるの★」
「......堰が?」
ヨシの目が細くなる。
「B-ブロード、だっけ? 封印も解放も中途半端な寄せ集めで、よく『三声』なんて名乗れるよね。ミッドのあんたも、纏めて潰してあげる★」
ヨシとジョウは、釘付けにされた。トウゴの方へ行けない。
その間に、カガリが低い声を放った。
「――クローズ」
トウゴの術と、同じ音だった。
床に、どろりとした暗闇が滲み出す。影が伸び、トウゴの両足を捕らえた。
膝が折れる。身体が鉛のように重い。
視界の端から色が抜け、セピアに、そして黒に沈んでいく。
「まずい......ごーさんが、封印されかけてる......!」
「ごーさんっ! 起きてくれ、ごーさんっ!」
ジョウの叫びが、分厚いガラスの向こうのように遠のいていく。
トウゴの意識は、暗闇の底へ落ちた。