ep127 価値観
昴を駿河家に案内し終えると、蒼は最短ルートで天音の元に戻ることにした。昴には流石によくないなと思った、細い道や、塀の上を器用に使い、行きの半分ぐらいの時間で天音の待つ駐車場へと到着した。
すぐに助手席の窓を叩くと、運転席から天音が扉を開けてくれる。
「早かったな」
「まぁな、天音さんが待ってる保証なかったし!」
蒼は車の助手席に乗り込みながら笑う。
「いや、ちゃんと待つからな、俺は」
「えー、だってほら、助けて惚れられた女性から逃げてるじゃん」
「ばっ――。なんで、それ知ってんだよ!?」
「いや、1週間前ぐらいに美苑に会ったときに聞いた」
「......お嬢様、経由かよ」
車のエンジンをかけながら天音は息を吐いた。蒼はその様子をニヤニヤと見る。
「チラッと見に行ったけど綺麗な人だったじゃん」
「容姿なんて関係ねぇ。俺は神庭会に命預けてるんだ。他に守るものを作る気もない」
「ふーん、そんなもんなんだ」
「珍しいな」
天音の答えを聞き、蒼は興味なさそうに呟くと窓の外へと視線を向ける。その様子を不思議に思ったようで、天音が運転しながらチラリと蒼を見た気配を感じる。
蒼は一瞬気付かなかったフリをしようかとも考えたが、すぐにやめた。
窓から天音に視線を移す。
「俺は、家が家だからさ、愛とか恋とかは分からないし、分かりたくないんだよね」
隣で天音が息をのむ音がする。蒼は少し考えてから、まあいいかと言葉を続けた。
「両親ってか、母親が異常でさ、ギャンブルで多額の借金作っててさ。ほら、この島別にギャンブル禁止でもないし、カジノもあるじゃん?」
天音は何も言わずに、ただ耳を傾けて蒼の言葉の続きを待つ。オーディオから流れてくるクラシックを聞きながら蒼は、言葉を選ぶ。
「いやな借金取りが家に何度も来て、両親は俺を置いて夜逃げした訳なんだけど」
「はぁ!?」
蒼が何気なく言った夜逃げという言葉に天音は過剰なまでに反応した。その様子が少し面白くて蒼は声を上げて笑う。
「あはは。別にそこはいいんだよ。俺、そもそも家族愛とかそういうのもよく分からないし。所詮感情だって模倣してたら身についただけで本物かと言われたら、即答できないしさ。それで、まぁ、借金は子供だからって俺に来るわけじゃん?まぁ、色々ツテを使って、返済してるからこのあたりは、まあいいんだけど」
「......いや、よくないだろ」
車を運転しながらも天音は舌打ちした。ハンドルを握る手は怒りからか震えている。顔の割に優しいんだよなと蒼は天音を分析する。しかし、気にしていないのに事実なのでそのまま続けた。
「ここからが、もう笑うしかなくてさっ。なんと、海外に夜逃げした両親はカジノで一山当てて借金返済できるくらいの額を稼いだって絵はがきが届いたんだよな。でも、借金の返済はよろしくだと。......我が親ながら。イカれてるだろ」
蒼は笑いながら話す。蒼にとっては借金返済は面倒だが正直どうでもいい話だ。両親の顔も見れば分かるだろうが覚えてすらいない。
狭い車内で天音が何て返答するか迷っている息づかいが微かに聞こえる。変な緊張感を天音だけが持っている。その事実は蒼を少し笑わせた。
「こんなんだから、ゆい以外の親戚は全員、嫌いだし、愛とか恋とか理解したいとも思わない。友愛も......もう諦めたから」
「......なんか、お前も大変な人生歩んでるんだな」
ちょうど赤信号で停車したタイミングで、天音は蒼の頭を帽子越しにポンポンと叩いた。
それが子供扱いされたようで、蒼は気に入らない。
「ガキ扱い、するなよ!」
「ガキ扱いって、そもそも中学生はまだガキだ」
天音は呆れたような、どこか慈愛のこもった瞳で蒼を見る。それが蒼には落ち着かない。思わず視線を天音から窓の外へと移す。
先程まで茜色に染まっていた世界はすでに、濃紺に包まれようとしている。そして、2人の間には沈黙が流れ、クラシック音楽と微かなエンジン音だけが静寂をかき消していた。
車はゆっくりと進み、車通りの少ない道へと入っていき、広大な土地に立つ日本家屋の横にある駐車場へと車は停まった。
天音が駐車を終えると、蒼は慣れたように車から降りる。
立派な門の前でとりあえず、天音が車を施錠してくるのを待った。普通に先に門をくぐってもいいのだが、何故か嫌な予感がしたからだ。
そんな蒼の様子を不審そうに見ながら、天音は立派な木で出来た門を開けた。
「おっかえりー!」
門の前で仁王立ちしている少女――神庭美苑は、神庭会組長――神庭道徳の孫娘だ。御年8歳の小学3年生だ。
「あっ、蒼だ! 私の勘は当たったね! 久しぶり、マイダーリン」
「美苑さ、俺は女だからな、一応」
「いや、お前自分で一応って言うのかよ......」
美苑と蒼の間にちょうど立つ形となった天音は呆れたように美苑と蒼を見比べる。
蒼は門をくぐりながら、美苑と距離を取る。
「あっ、天音ちゃんもおかえり」
「俺はついでですか、お嬢。というか、名前はいいとしてちゃん付けはやめてください」
「えー、可愛いからいいじゃない」
「天音ちゃん」
「こうやって、愉快犯が現れるんで、やめてください」
ケラケラと笑う蒼を指さしながら天音が言う。美苑は蒼に近付き腕にまとわりついた。
「天音ちゃん、可愛いよね、蒼」
「おう! 顔に似合わない感じが出てて俺は好きだ!」
「蒼が好きなら、そのまま継続しようかな?」
「お嬢。まずは俺の意見を聞いてくださいよ......」
天音のどこか諦めたような声が悲しく風に運ばれていった。