ep135 表か裏か、闇か光か
屋敷に帰ってきた昴は、自室に戻るとやっと一息つけた心地になった。
蒼の誘いに乗って、久しぶりに"サーカス"の、自分の居場所に戻った。元気そうな蓮に会えたのは嬉しかった。しかし、それ以上にノアズ計画に関して、そして自分を嵌めた人物について分かったのが思っていた以上にショックだった。
「まさか、春宮君が......。能力を把握するというのは、束縛するものだと無理強いしなかったのは良くなかった......?」
「へぇ、やっとその結論に達したんだ」
1人しかいなかったはずの部屋でこぼした独り言に返答があり、昴は肩をビクつかせながら、声のした扉の方を見る。
そこには、先程までいなかったはずの唯華が扉に背中を預けるようにして腕を組んでいた。
「――っ、いつから!?」
「今さっき。それにしても、鍵かけずに無防備すぎないか?」
「普通、ノックもなく中に入ってくる方はこの家にはいませんから」
警戒しながら唯華を見る。ここに連れてきてから1年以上、ほとんど無関心だった唯華がいきなり部屋を訪れたことに昴は内心混乱する。
"サーカス"に行ったことがバレたのかと警戒をする。吹雪の情報網ならそれぐらい朝飯前だろう。
「私以外にも、蒼はノックしないことが多いけどな。......まぁいい、久しぶりに古巣に戻った感想は?」
無表情で探るように唯華は昴を見た。やはり、バレていた。この家に来たときの条件を破ったことに対して、何かペナルティがあるのかもしれないと昴は内心、不安になる。
しかし、年下相手にそんな思考を出すことは昴の高くはないプライドでも許さなかった。
「感想と言われましても......。ノアズ計画、それがあなたが私を"サーカス"に合流させない理由ですか?」
「最終的にそうなったな。過激派の中の何人かが、禍月組と繋がっていたからな。今後利用するためにも"サーカス"にはそのあたりだけはクリーンでいてもらわないといけない。しばらく、様子見していたら特に禍月とどっぷりの奴が計画を練り始めたんだ、利用しない手はないだろ?」
唯華は、興味なさそうに続ける。
「こちらとしても、制御はできるだけしたいからな。この1年で君の制御の仕方は大体分かった。この件が片付いたら、勝手に"サーカス"に戻れば良い。......だが、"サーカス"に戻った場合は駿河家には近付くなよ?」
「......それは分かっています。"サーカス"は闇、裏側ですがここは暖かい光で表側の世界です。裏に戻るのにここにいたいと思うのは、虫のいい話です。だから、あなたも駿河家には不用意に近付かない。そうなんですよね?」
昴は少しだけ突っ込んだことを聞くことにした。唯華は露骨に嫌そうな顔をする。
「私の話は関係ないと思うけど? それにまだ選べはする。ここに残るのか、"サーカス"に戻るのか、最後に選ぶのは君だ。それに対して私は何か口を挟むつもりはない」
「......私は私の責任を果たさないといけないんです。"サーカス"は、私にとっては大切な居場所ですし、創始メンバーは家族だと思っています。ここのような暖かさとは違い、傷の舐め合いと言われるかもしれませんが......。今日、その一人が内通者だとも分かりましたが、それでも大切です。ここの皆さんは優しくて、第二の実家とは烏滸がましいかもしれませんが、そう思っています。それでもどちらかを選べと言われれば、私は"サーカス"を選びます。これだけは、変えようのない本心です」
昴は、まるで決意表明だなと内心で嘲笑う。自分より年下でありながら、越えてきた修羅場はきっと、負けるであろう唯華を昴はじっと正面から見つめた。
もしかしたら、唯華の目を見るのは初めてかもしれない。濁っている目をしていると勝手に決めつけていた。しかし、見つめた唯華の瞳は曇りは見えない。藤鼠色の瞳は澄んでいるとは言えないが、それでも強い意志を感じ取れた。
「勝手に、決意表明みたいに言われても、こっちの知ったことじゃないんだけど」
面倒くさそうに、唯華は呟いた。そのタイミングで、昴の部屋の扉がノックされる。
「昴さん、いる? 開けるよ?」
扉の外から理人の声がした。唯華は扉から背中を離すと横にずれた。家主の返事を待たずに開かれた扉の外側には理人が立っていた。理人は、唯華に視線を止めて驚いたように目を見開いている。
「ちょっと、ゆい。流石に男性の部屋に1人で入るのは良くないよ?」
「話があっただけ。それに、何かあっても武力行使で負けるとは思えないし」
「......うん、そうだね。なんで、ゆいといい蒼といい、面倒事は話術か武力で片そうってなるのかな」
理人は呆れたように息を吐くと、昴を見た。
「昴さんも押しかけられて大変だね。蒼よりもゆいの方が厄介で、鍵かけてても必要とあらばピッキングで開けるから気をつけてね?」
「......それは、どう気をつければ......?」
何でもないことのように言う理人に昴は言葉を失いかけた。
「それより、理人。何か用があったんじゃないの?」
「あっ、そうそう。夕食の時間だよ。ゆいも食べてくなら、美月ちゃんに伝えておくけど?」
「いい、日向昴に用があっただけで、もう終わったから戻る」
「そう、たまには食べてきなよ? 双子も喜ぶから」
優しく微笑む理人に断りを入れて、唯華は昴を振り返ることもなく部屋から出て行った。
「あらら、行っちゃった。......昴さん、ゆいに変なこと言われなかった? 気にしなくても良いからね。昔っから本心は語らず理屈と正論の暴力で殴りつけてくるからさ、根本的に人が信用できないみたい」
理人は笑いながら、昴を食堂へと誘う。昴は、理人の発言に思うところがあったが、言葉を飲み込んで後に続いた。