ep111 合流
駿河家から出ると、蒼は細い路地を曲がった。駿河家は富裕層の住む区画にあるが、土地の整備が杜撰だったのか、この区画にはたくさんの細い路地がある。
そして、迷路のように入り組んでおり、必要な人しか通らない。
「蒼さん、待ってください」
慣れた道だったから早歩きで歩いていた蒼は、背後からの声に立ち止まる。振り向くと昴が少し離れた位置を歩いていた。
「どーした、すーさん」
「いえ、なんでこんなに足場が悪い道をそんなに早く歩けるんですか」
昴の言葉に蒼は地面を見る。確かに整備されておらず、風に飛ばされてきたと思われるゴミがところかしこに落ちている。
蒼としては歩き慣れている道だが、確かに慣れていない人には歩きづらいかもしれない。
そして、迷路のように入り組んでいることを考えると蒼がいつものペースで歩くと、昴を置き去りにして、迷子にさせる可能性がある。
そっちの方が面倒だなと蒼は歩くペースを落とすことにした。
昴が蒼の元に辿り着くのを待って、また歩き出す。
「あの、待ち合わせしている方は本当に危険じゃないんですか?」
少し歩くと、昴が控えめに尋ねた。蒼は振り返りながら首を傾げる。
「んー? 天音さんはまあ顔は強面だけど、危険じゃないよ。それに、俺の方が強いし」
「それでも、極道の、裏社会の人間なんですよね?」
「あはは。裏稼業が全部怖いって、極論だよ。それに、"サーカス"も裏社会の住人じゃないのか? "サーカス"の人間は危険?」
昴を探るような瞳で蒼は見つめる。蒼の声は周りのコンクリートの塀に反響する。
昴はハッとしたように目を見開いた。
「......そうですね。勝手に枠に嵌めて決めつける。私がされて嫌なことを無意識にしていました」
「かったいなぁ、すーさん」
どこか反省した面持ちの昴に蒼は思わず笑ってしまう。
「普通に、知らない人だから気にしたでいいじゃん。気にしすぎたよ」
「......しかし」
「しかしじゃないって。それに多分、天音さんの顔見たら警戒するなってのが無理だからさ!」
蒼はケラケラと笑う。もうすぐ、天音との集合場所に着く。
天音の顔を見た昴の反応が面白そうだと蒼は内心で笑いながら、路地を抜けた。
路地の先には、ひらけた大通りがあり、小さなパーキングがある。そこに1台の黒塗りのワゴン車が停まっていた。
蒼は迷わずに、そのワゴン車に近付き助手席の窓ガラスを軽く叩く。
するとすぐに助手席の窓ガラスが下へと下がる。
「おー、来たか。蒼」
「やっほー、天音さん」
運転席から声をかけてきたのは、金髪に大量のピアスをつけた強面の青年だった。瞳の眼光も強く、見るものを萎縮させる恐ろしさがある。
そのためか、蒼の後ろを歩いていた昴が息を飲み、一歩後ろに下がる気配を感じた。
「ああ?」
昴が後退りしたのを見て天音が明らかに不機嫌そうに威嚇する。蒼は思わず、間に入った。
「天音さん、縄張り入られた猫じゃないんだから、威嚇とか、ダセェ」
「おい、ゴラァ。蒼、どーいうことだ?」
「えっ? そのまんまの意味だけど?」
「車出してもらう奴の態度か、それは」
「ふーん、あの件、オヤジさんに伝えてもいいってこと?」
2人の間にバチバチと火花が飛び交う。一触即発の状態に、昴が思わずと言った形で声をかけた。
「あっ、あの!」
「ん? どうした、すーさん?」
蒼は振り返りながら、笑う。
昴を見る蒼は普段通りだ。さっきまでの緊張感は微塵もない。その様子を見てか、昴が大きく息を呑んだ。
蒼は不思議に思い、首を傾げると後ろから、吹き出す声が聞こえた。
蒼がもう一度天音の方を振り向くと、そこには口を押さえて肩を振るわせている天音がいた。
明らかに笑いを堪えている。何がそんなにツボに入ったんだと思いながらも、天音の威嚇した態度がなくなったことに、蒼は小さく安堵する。
これから車に乗るのに威嚇状態だったら、昴が萎縮して話にならなかったからだ。
とりあえず、場の雰囲気が和んだだろうということで、蒼はお互いを紹介することにした。
「すーさん、こっちが今回車を出してくれた天童天音。で、こっちが日向昴!」
「昴クンね、どうも」
「......本日はよろしくお願いします」
「ふーん、真面目クンか」
ジロジロと天音が昴を値踏みするように見る。昴は居心地が悪そうに体を縮こませるもの視線を逸らすことはしなかった。
「へえ、肝は据わってるのか」
値踏みを終えた、天音が指で後部座席を指差した。
「とりあえず、乗れ。目的地まで運んでやる。ついでに、蒼」
後部座席に乗り込んだ蒼に、天音は楽しそうに声をかける。その笑顔を見て、蒼は嫌な予感を覚えた。
「今回の件、俺もかませろ」
「......えー」
先に乗り込んだ昴が座ったのを確認して、扉を閉めながら蒼は面倒そうに声を出した。
「今回はどっかに侵入するんだろ? 俺の能力が役に立つんじゃないか?」
「あー......あっ、確かに。天音さん、隠密にはちょうどいい能力だったな!」
「......待ってください、能力者? そんなに簡単に明かしていいんですか?」
日常会話のように紡がれる2人の会話に昴は驚いたような声を出す。天音はニヤリと笑ってミラー越しに昴を見ていた。
「問題ないぜ。だって、あんたも能力者だろ? "サーカス"の創始者様?」
「――っ!?」
まあ、知ってるよなと蒼は気にも留めなかったが、昴は驚いたように口を何度か開口している。
「一応、俺も裏社会の人間だ。知らないわけがないだろう?」
その様子を天音は楽しげにニヤニヤと眺めていた。趣味が悪いなと蒼はため息をつきながら、様子を伺うことにした。