ep110 改造銃
約束の時間の少し前に、昴は控えめなノックと共に蒼の部屋にやってきた。
「おはようございます、蒼さん」
「おはよ! すーさん、扉閉めて!」
朝の挨拶を終え、扉を閉めるように促すと昴は大人しく従った。
忍び込むと伝えてあったからか、昴は黒系の衣服を身に纏っている。
「おお、すーさん。気合い入ってるな!」
「いえ、目立つのはまずいと思いまして」
「あははっ、確かに」
蒼は笑いながら、昴に茶髪のウィッグとカラコンの入ったケースを差し出す。
「その髪色は目立つもんな。とりあえず、これつけて。カラコン大丈夫? 無理なら色つきメガネとかもあるけど」
「いえ、コンタクトで大丈夫ですよ。眼鏡の方が視野が狭くなるので苦手でして」
「へー、そうなんだ」
昴は蒼からまずウィッグを受け取ると被る。普段の白髪が隠れて、おもろしいなと蒼は思った。それからコンタクトを受け取った昴が周りを見回す。
蒼はデスクの引き出しに入っているコンパクトミラーを取り出して、昴に渡した。
「ありがとうございます。机、お借りしますね」
「おう」
デスクの上に鏡を置き、昴はまず、ウィッグの調整をしている。そして、箱からカラコンを取り出して慣れた手つきで入れている。
ベッドに座ってその様子を見ていた蒼は、へーと声を漏らす。
「なんか、慣れてるな」
「まあ、昔はこの髪や瞳が人と違うことに対して思うこともあり、染めたり、コンタクトを入れたりして隠していましたからね」
「そうなんだ。なんか、意外」
鏡でウィッグの再調整をしている昴を見ながら、蒼は足をバタバタと動かした。
鏡に映る昴が少し見える。髪と瞳の色が変わっただけだが、だいぶ印象が変わる。顔は整っているが、白髪の時のどこか浮世離れをした印象が薄くなり、どこにでもいる青年にも見える。
「すーさんは、そういう周りの目は気にしないタイプだと思ってた」
「今はそうですが、昔は違いましたよ。この髪色が不気味だと捨てられて、孤児院でも遠巻きにされていました。徐々に精神が摩耗していき、気付いたら気にしなくなってきました」
まるで何かの設定を読むかのように昴は淡々と話す。それだけで、昴の苦労は想像できる。
普通の人だったら、何か気の利いた言葉でも言うのだろうかと蒼はぼんやり考える。
「ふーん」
「すみません。つまらない話でしたよね」
「そーいうわけじゃないけど。これ、俺も何か語らなきゃいけないパターンか? って思って」
「......別に必要ないですよ」
「だよな」
蒼は少し笑ってからベッドから勢いよく立ち上がる。そして昴の横を通り、机の上に置いてあるアタッシュケースを手に取ると昴に差し出した。
昴は不思議そうに蒼とアタッシュケースを交互に見る。
「これ、ゆい御用達の店の改造銃でさー」
「はい!?」
昴が受け取ろうと伸ばした腕が固まる。しかし、蒼は気にしない。
「すーさんが荒事ってイメージなくてさ。で、これ麻酔銃な。ゆい曰く、殺傷能力はないけど、滅茶苦茶痛い仕様らしい。依頼したゆいもだけど、作ったやつもどうかしてるよな」
「えっと......。それを私に持っていろということですか?」
「一応な。荒事にはならないようにする予定だけど、何があるかわかんないし」
蒼は笑いながらアタッシュケースを昴に押し付ける。
「それ、俺も一回だけ使ったんだけどさ、改造銃だからか安全装置はなし。構えて引き金を引くだけで撃てる優れもの」
「いえ、私にはこんなもの必要ありません」
押し付けられたアタッシュケースを昴は蒼に返してくる。戻されたそれを蒼はキョトンと見つめた。
昴は険しい表情で蒼を見ている。
「たとえ、殺傷能力がないとしても私は仲間に銃を向けることは出来ません」
覚悟を決めた顔で昴はしっかりと蒼を見る。
「私は自分の欲のために、人を傷つけることはしたくありません」
「......」
「だから、これは必要ありません」
しばらく無言でお互いを見つめ合う。先に折れたのは蒼だった。
「わかった。とりあえず俺が持ってる。でも、状況によっては渡すからな? これは傷つけるためじゃなくて、すーさんの身を守るためのものだから」
「......わかりました」
アタッシュケースを受け取り、中身を取り出しながら蒼は告げる。そして、銃と一緒に入っていたガンホルダーを腰に巻き付けて、銃を入れる。
「じゃ、行くか! 足は呼んであるからさ!」
少し不服そうな昴に蒼は笑いかける。
「......足ですか?」
「流石に、遠そうだからさ。知り合いに車の運転頼んだんだ」
「そうですか、家の前に?」
「うんや、少し離れた場所に待機してもらってる。......極道の下っ端だからさ」
「......は? 待ってください。危険じゃないんですか!?」
極道という言葉を聞き、昴は目を見開いた。あきらかに動揺した様子に"サーカス"はそっちとは繋がりがなかったんだと蒼は悟った。
警戒をしている昴を安心させるために、蒼は簡単に説明することにした。
「そこの娘を助けたら気に入られてさ、極道って言っても比較的真っ当な方だぜ? ゆいの方が悪どいし」
「いや、それはそれでどうなんですか......」
「ゆい......吹雪はある意味でこの島の必要悪で、抑止力だからな。裏社会のバランスを取ってるから、悪どくないといけないしな!」
戸惑う昴に蒼は笑いかける。そして、時間を確認する。
「そろそろ約束の時間になるから行こっか!」
蒼は満面の笑みを浮かべて、部屋の扉へと向かう。昴が戸惑いながらついてくる気配を感じ、振り向くこともなく、扉を開いた。