第五十六話 韻律
沙村号地護との打ち合わせに指定されたのは鎌倉。
千佳伊がしんどそうに体を起こす。
「ふむ、1時間半くらいか?」
「鎌倉は遠いし、家で待ってろ」
「ほら、チカチカ。お水」
諭す仙と、かいがいしく世話をする弧見。
納得いかない様子の千佳伊。
「病人扱いするな」
「もうかなりお腹も大きいんだし、無理しないでチカチカ~」
来月に千佳伊の出産予定日が迫り、二人は過保護になっている。
千佳伊も呆れぎみにソファーへ座り直した。
「そこまで言うのなら従うが、歌詞については私がやる。そこは譲れん」
「分かった分かった。安静にしてろ」
「お土産買ってくるからね!」
──鎌倉へ向かう電車の中。
仙に肩を預けた弧見が、ポツリと零す。
「なんでチカチカってあんなに歌詞にこだわるんだろ?」
「昔、ピアノをやっていたからかもな」
弧見がバッと体を起こす。
「ウチ、初耳だし!」
「そうか? あいつの作品......地の文も韻を踏んだり、リズム重視が多いしな」
再び弧見が肩を預け直す。
「そういやウチ、韻文とか散文って良く分かってなくて。散文ってダメなの?」
「んなこたねーよ。小説ってのは、散文で物語を書くもんだろ?」
納得していない様子の弧見。
仙が優しく微笑む。
「まぁ文芸家気取りな奴が他を叩くのに〝散文的〟を用いるのは良くあるな」
「その〝散文的〟ってどんなの?」
弧見の問いに、仙は傾向を指折り数えていく。
文末時制が全て〝た〟になっている。
語感やリズムを一切考慮していない。
装飾や語彙が乏しく、話の流れだけ。
「大まかなのは3つ。純文学作家が、単に大衆文学を下に見るのにも使うけど」
「なるほど~。だとするとチカチカは語感重視ってこと?」
「そう。文脈や慣用句を無視して、音の響きだけで選んでる」
分かりづらさを自覚しながらも曲げないのが千佳伊。
二人は同時に思い出し笑いをする。
「朗報を届けなきゃだね」
「だな」
電車を降り、小町通りを歩いた。
外れにある地ビールのお店へ。
「ギョウザ風だって、食べてみたいよね~」
「地ビールもうまそうだが、終わった後だな」
「お待たせしました。黄泉さんでしょうか?」
背後から声をかけられ、仙が振り向く。
そこにはネットでよく見る沙村号地が立っていた。
「あ、本日はよろしくお願いします!」
「私は耳が聞こえないので、スマホでの筆談で良いでしょうか?」
「そうでした! すみません気が利かなくて」
仙が挨拶をしていると、横から弧見が袖を引く。
「どうしたマイハニー?」
「......この人、本当に聞こえないのかなぁ?」