第九十三話 無粋
翌日。
子供をベビーシッターに任せ、千佳伊の退院祝いで街へ出た。
弧見が弾む声をあげる。
「チカチカ、なに食べたい?」
「和食かな? あと脂っこいもの食べたいかも」
「病院食の反動か? それなら、天ぷらとかどうだ?」
仙に連れられて店を訪れ、カウンター席に三人で並んで座った。
「チカチカの退院を祝してかんぱ~~い!」
「か、乾杯!」
千佳伊は酒を恐る恐る口に運ぶ。
「にが!」
「ビールは苦手か? じゃあ大将、お任せコースで」
少し待つと、見た目にも華やかな天ぷらが出てきた。
SNS用の撮影タイム。
いざ食べようと天つゆにつけた瞬間、隣のセレブ客が口を開く。
「あーあー、なんもわかっちゃいないねー」
「え?」
戸惑う千佳伊を無視し、セレブ客が不機嫌そうな表情をする。
「写真を撮ってたら最高のタイミングで食べれんよ? それに天つゆって......」
セレブ客は呆れぎみに卓上の塩を指差す。
「せっかくのカウンター席なんだから塩でなきゃ。ね?」
「ご、ごめんなさい」
慌てて塩をふりかける千佳伊。
すると即座にダメ出しが飛んだ。
「うっわ! 天皿に塩をふるかフツー!? 冒涜だよそれは!」
──バン!
千佳伊が箸を落とすのと同時に、仙がテーブルを台パンした。
驚いた店主が声をかけてくる。
「黄泉さん、大きな音は困ります」
「大将、今日の天ぷらは食えたもんじゃねー。お勘定」
弧見も立ちあがり、千佳伊の腕をとった。
「さ、チカチカ。帰ろ」
「え? でも、まだコースの一品目なのに」
「いいからいいから」
二人は強引に千佳伊を連れ出した。
「さて、どうすっか?」
「ウチに考えがあるよ~」
弧見の提案はイオソのフードコート。
「お店は色々変わっちゃったけど、いくつかは面影あるでしょ?」
「この柱は同じだね。嬉しい。ありがと弧見」
街では表情の硬かった千佳伊にも笑顔が戻る。
仙が買い出しから戻ってきた。
「ほい。ジャンクだけど」
「ありがとう」
「でもチカチカが、ああいったのを毅然とあしらえないのは意外だったな~」
弧見の言葉に仙も頷く。
「千佳伊。相手の顔色なんかうかがわないで、ビシッと言えばいいんだぞ?」
おかしなことを言っていないか、常にビクビクしていた中学時代。
二人はその千佳伊が言葉にするのを、静かに待った。
「えっと、上手く言えないけど、天ぷらの食べ方指南は創作論に似てるね」
「どゆことチカチカ?」
「創作の在り方はさまざまなのに、あーしろこーしろで」
千佳伊が指折りつつ続けていく。
「こういうのは読まないだとか、このジャンルはこうあるべきとか!」
徐々にヒートアップする千佳伊を、無言で見つめる二人。
「ああいった人たちは、粋を気取って無粋を晒しているに過ぎません!」
千佳伊はフライドポテトをまとめてかじった。
やや遅れて弧見が爆笑する。
「チカチカはやっぱりチカチカだよ~」
「だな。魂はちゃんと根付いてるぜ」