第九十四話 犯人
食事を終え、千佳伊が小さく零す。
「クレープ屋さんが無くなったのは悲しいな」
すぐに弧見が反応した。
「え? まだあるよ? ほらあそこ」
「場所が違うし、お店の雰囲気が全然違う......」
「20年前と同じとこ探す方が難しいだろ。さ、帰ろうぜ」
仙の笑顔につられて、千佳伊も笑った。
そうして久しぶりに千佳伊が帰宅。
ハイハイの暴君である多伊奈が玄関に近寄る。
「マァマ!」
フリーズした千佳伊の顔を覗き込む弧見。
「チカチカ大丈夫?」
落としたプリンみたくプルプル震えていた千佳伊が、激しくガッツポーズ。
「私! 勝ち組でした!」
「何が何でそうなったし!?」
◆◇◆
賑やかな日常が帰ってきて数日。
千佳伊は積極的に執筆活動に取り組んだ。
「どうかな仙?」
「初心者特有のミスが多いな。〝てにをは〟に気を付けて、それから......」
ダメ出しをされているのに、百花繚乱の千佳伊の笑み。
「じゃあ直してくるね。次は期待してて!」
「おう」
千佳伊が部屋から出ていく。
柱の影から〝家政婦は見た〟をしていた弧見が、呪いの声を放つ。
「あま~~~~い!」
「どうした弧見? 晩飯のリクエストか?」
「違うし! 何、あの雰囲気!?」
仙が肩を竦める。
「さぁ?」
「病院で二人きりのとき、なに話したのか白状してよダーリン!」
「だから説明したじゃん。告白されたけど断ったって」
病院の屋上での千佳伊からの告白。
仙は泣かせないよう気を付けながら「弧見と結婚してるから」と断っていた。
しかし弧見は、校正チェックの眼差しを向ける。
「怪しいし、フラれた後の反応じゃないし。一字一句全部説明して!」
ボス形態と化した弧見には逆らえず、仙は詳細を語った。
弧見の殺意の波動が部屋に充満していく。
「悲しき執筆モンスターに変えたのはお前かー!? ダーーリンンン!」
「は?」
弧見との婚姻を前置きした後、仙は20年前と同じ励まし方をしていた。
曰く、「小説家なんだから上手くいかないことがあっても、小説で吐き出せよ。お前が書いてくるのは全部読むからさ」と。
さらに──。
千佳伊からの「いつまで?」の問いに、「無期限。永遠に待つから!」と。
「チカチカが完全に拗れたのダーリンのせいだった! うわぁぁん!」
──それから数ヶ月。
謎の三角関係が日常として溶け込んでいた頃に、飛び込む朗報。
『千佳伊さん、やりましたね! 書籍化ですよ!』
「嬉しい! ありがとうございます!」
凄腕の担当編集からの電話に、頭を下げながら応対する千佳伊。
話し終えたタイミングで仙も祝福する。
「やったな千佳伊。今回の恋愛小説は最高だったぜ」
その言葉を聞いた瞬間、千佳伊が盛大に倒れた。