第九十二話 千差
「俺そんなこと言ったっけ?」
「うん。仙が『変なのは悪くないから全部物語にして吐き出せ』って」
千佳伊の言葉で仙も思い出した。
絶世の美少女だった中学時代の千佳伊。
男子からの告白や女子からのやっかみが日常化していた。
そして、陰湿なイジメへと繋がっていく。
「そっか。俺が小説を書くように勧めたんだったな」
「先週借りた小説もまだ読み終わってなくて......あっ!」
20年前に貸し借りした小説。
千佳伊の時間はそこで止まっている。
「私、ちゃんと返したのかな?」
「あぁ。思えばマニアックな本ばかり貸してたな」
俯く千佳伊を励ますように仙が笑う。
屋上にも懐かしさを感じる風が吹く。
「二人でよく読書をしたよな」
「風に栞を飛ばされたこともあったね」
仙の中に忘れていた風景が蘇る。
「そっか。あの口調は......当時の俺のモノマネから始まったんだな」
塞ぎ込んでいた千佳伊を元気づけたくて、自信を持つようにアドバイスもした。
そのすべてが現在の千佳伊に繋がっていると知り、仙は空を仰いだ。
「ガチの想いだったんだな」
意味が分からないといった感じで首を傾げる千佳伊。
「えっと、ネットにあがっている書き込みなんだけど、これ本当に私が?」
エゴサを覚えた千佳伊は、色々と過去の発言をあさっていた。
漏れなく炎上していることに困惑の色をみせる。
「こんな奇人・変人、中々いないよ?」
「ハハハ! 録音して千佳伊に聞かせてやりてーな」
「アンガーマネジメント、10秒待つだったよね? 仙?」
「あ~、20年後の今は6秒って言われてんだわ、それ」
仙が視線を空から戻すと、泣き出しそうな千佳伊の顔が目に入った。
「千佳伊?」
「やっぱり仙は、私より未来の私の方がいいの?」
「今の小説と昔の小説のどっちが良いか。よく千佳伊も言ってたな」
軽快に笑う仙。
「時代ごとにトレンドも常に変化していくし、そのたびに『答えろ!』ってさ」
「どう......答えたの?」
俯いたまま顔を上げない千佳伊の問い。
仙は「俺は」と切り出し、溜めてから言い直した。
「俺は全部好きだ。どの時代の小説も、真剣に生み出された魂そのもの」
千佳伊の顔が上がる。
それを待っていたように仙が笑う。
「魂をあざ笑う権利は誰にもない。どの時代であっても。そうだろう?」
顔をくしゃくしゃにする千佳伊が、涙声で尋ねた。
「もし、私が仙を愛してると言ったら......返事はどうなりますか?」
「二度目、だな」
仙が顔を引き締めたそのとき、強い風が屋上を吹き抜けた。