第六十八話 抜粋
久々の休暇の夜。
自宅の外ではサイレンが鳴り響き、千佳伊が呟く。
「またパトカーか。警察も大変そうだな」
「んなことより自分の部屋で寛げよ!」
仙の部屋に家族全員が集まっていて、人口密度が高い。
「は~い、多伊奈ちゃ~ん。たべれまちゅか~?」
弧見が離乳食を口元へ運ぶも、イヤイヤをされて辺りにボタボタと零す。
「おい! ベッドの上はやめろ!」
「チカチカ、多伊奈ちゃんはおっぱいの方がいいみたい」
「弧見よ。ら抜きは警察が湧くからやめろ」
弧見が千佳伊の服をたくしあげ、勝手に母乳を与え始める。
「多伊奈ちゃ~ん、おいちいでちゅか~?」
「左の方が張っているから、左にして欲しかったが......それよりも」
されるがままの千佳伊がノートパソコンを取りだす。
「い抜きは別として、ら抜きは取り締まるべきとは思わんか?」
「〝寝れない〟や〝逃げれない〟の否定形では良く見かけるな」
「百歩譲ってセリフまでだな。地の文では認めん」
千佳伊が強めに言い切ると、直後にスマホが鳴った。
「私だ。古室か?」
『やぁ、曲は納品したから。これで前金分は終わったかな?』
「追加入金はした。明日確認しておけ」
『これからも良いパートナーで頼むよ』
すぐに電話は切れてしまう。
仙が不安そうな声をだした。
「おい、騙されてないか? 金額と曲数がさすがに見合ってない気が......」
「うるさいな。雑音はやめてもらおう」
千佳伊が新しいパワポをノートパソコンに表示した。
「環境音について。定型文や慣用句も良いのだが、理解していない者が多い」
「話、すり替えんなよ」
多伊奈がゲップをしたので、千佳伊も服を正す。
「ざわめき、どよめきの使い分け。ついでに、さえずり、せせらぎも」
頭上に〝|?《ハテナ》〟が浮かぶ仙。
「間違う使い方なんてあんのかよ?」
「私が見た間違いでは『川のさえずり』ってのがあったな」
一瞬で仙は〝一話目の作画崩壊〟を目撃した顔に。
その横で、千佳伊は赤子を寝かしつけていく。
「しかも匿名で誤字報告をしたら、逆ギレのメッセージが返ってきた」
「マジかよ? やべーなそいつ!」
二人のやり取りに、どこかバツの悪そうな弧見。
「どうした弧見?」
「それ......ウチの別垢......」
真面目な顔をした仙が、弧見の肩に手を置く。
「マイハニー、複垢は規約違反だぞ」
「つい出来心でした~! もう消してるし、二度としません~!」
「仙。書類送検でもしておけ」
数日後。
世間が騒がしくなり、黄泉法律事務所も慌ただしくなった。
「やっぱりこうなったじゃねーかよ! どうするんだ千佳伊!?」
ニュース速報や新聞の一面には次の言葉が躍る。
──〝音楽プロデューサーの古室が失踪〟と。