第五十九話 方言
仙と弧見は、千佳伊の病室を訪れた。
「まさか帝王切開になるとはな」
「チカチカ、名前は決めたの?」
我が子を抱き、千佳伊が目を細める。
「私から一字とって黄泉多伊奈にしたいと思う」
「いや、千佳伊は旧姓に戻ってるだろ?」
「甘いな仙よ。お前の父親に直談判して、養子にしてもらっているぞ!」
痛恨の一撃のカミングアウトに、数歩あとずさる仙。
「バ、バカな......」
「ふん。名字は作者が思っているほど読者に浸透していないことが多い」
力なく仙は地球へと突っ伏した。
「久しぶりの姓名がコッソリ変わっていても誤字報告すら出せねー!」
「そんなんどうでもいいよ。多伊奈ちゃ~ん可愛いでちゅね~」
弧見が赤子に語りかける横で、千佳伊がフンスと鼻息を荒くする。
「私はこの子のためにより高みを目指そう!」
千佳伊が元気だったので、退院予定日を待たずに家に戻った。
ほとんどの育児を弧見が行う日が続く。
「は~い、よちよちいいこでちゅね~。あ、チカチカおっぱいおっぱい!」
「いい加減、その言葉づかいをやめろ」
「え~? なんででちゅか~?」
いくつもの青筋が千佳伊の顔に浮かぶ。
「文で見たとき、頭が悪そうで敵わん!」
多伊奈を奪い取り、千佳伊が母乳を与える。
「口に物を入れているとき、怪我してまともに喋れないときの表現も同様だ」
「たいなちゃ~ん。ママはわがままでちゅね~」
「誰がお前のママなものか! 毎晩毎晩さかりおって!」
「だってだってウチも欲しいし!」
多伊奈が飲み終えた瞬間、弧見が奪い返す。
「と~っても、うみゃ~うみゃ~でちたね~」
「弧見よ......方言も分かりづらいのだぞ?」
「え!? うみゃ~って方言だったの!?」
目を白黒させた弧見。
いたずらっ子の笑みを浮かべた千佳伊が、問題を出す。
「はげー! しかまっからぬーしーやーは。ぬーだっかぬー! 分かるか?」
「トヨタ議員?」
「違うわ! 奄美の方言だ。奄美はいくつかの方言が混在するので難問だぞ」
弧見は呆れぎみに肩を竦める。
「ママはめんどっちぃ~でちゅね~。ウチにゃわかんないよ~」
「一人称や二人称も危険だぞ。リアリティを出し過ぎると読者には伝わらん」
「たとえば?」
多伊奈を取り返そうとするも、かわされ続ける千佳伊。
「......関西での〝自分〟とかだな。実際の使われ方は、文だと混乱するぞ」
話題に飽きたのか、弧見がテレビをつける。
すると、最近知り合った顔が映っていた。
『沙村号地護さん! ゴーストライターを使っていたんですか!?』
しばらく二人も固まる。
「そこから嘘だったんかい!」
「ま、AIに作曲させている人もいるし、契約前で良かったよ~」