第八十八話 要求
アナウンスは壊れたラジオのように鳴り続ける。
『現在、犯人と交渉中です。席にお戻りになり、不用意な行動はお控えください』
慌てて仙にライン通話。
『おう千佳伊。どうした?』
座席後方から「ババババ!」という銃器らしき音が鳴った。
『おい!? 今のなんだ!? まだフライト中だよな!?』
無言で千佳伊はスマホの音量をゼロにし、座席の脇に隠す。
千佳伊の背後に近づく人影が、唾を吐き捨てた。
「ヘイ! ジャパニーズ! ハンズアップ! ドントムーブ!」
「ふむ。英語が母国語では無さそうだな」
「シャラップ!」
覆面の男が千佳伊のポニーテールを掴み、無理やり席を立たせた。
「痛いし、髪留めが壊れてしまう。弧見からのプレゼントなのに......」
呟いた瞬間。
冷たい銃口が千佳伊の後頭部にピタリと当たる。
「ラオダー! ジェーニュィダ、シャンブシャン!?」
「ア? ......シーター」
◆◇◆
「くそっ! こっちの声は一切届いてないっぽい!」
「チカチカ! 髪留めのことなんかいいから無事に帰ってきて!」
仙は髪をかきむしり、弧見は祈るように手を組む。
「CNNには送った。あとはBBCと、それから......」
音声データを報道や警察に流し、事態の改善を図ろうとする仙。
泣きじゃくる弧見が、仙の腕にすがりつく。
「チカチカは大丈夫だよね!? ね!?」
「......わかんねー。犯人の目的は千佳伊っぽいし、最悪殺されるかも」
「冗談でもそんなこと言わないで!」
弧見に胸倉を掴まれ、揺らされる仙。
「相手は恐らく中華系マフィア。NUのせいで海賊版が壊滅的だから」
「だから何!?」
「おちつけ。俺たちが出来るのはこの音声を、可能な限り拡散することだけだ」
弧見がハッと我に返り、スマホを再び握りしめた。
機内では客室乗務員が間に立って通訳を始めている。
犯人の要求は3つ。
NUの解散。損害賠償金。千佳伊の確保。
「最後の要求だけは呑めねー!」
「待ってダーリン。チカチカが何か言うみたい」
二人は声を静め、千佳伊の声に耳をすませる。
『狂人の戯言だな。NUにご都合ご都合と......どっちがと言いたくなる』
語り口からしてケンカ腰。
『そんなにご都合と騒ぎたいのなら、日曜にアワビさんやカク子ちゃんへご都合と騒いだらどうだ?』
犯人から通訳を要求されるも、困惑したCAは声すらだせない。
そのまま千佳伊が続ける。
『人の作品にご都合と難癖をつけるくらいなら、もっと読まれる努力をしろ!』
世界中の報道機関が、生放送で千佳伊の音声を繋ぐ。
『計画性のない〝私だって頑張っている〟という言い訳を──』