第八十九話 無駄
『言い訳をするな!』
地中海の遥か上空。
時速九百㎞の飛行機と千佳伊の音声が飛ぶ。
『努力とは実力を伸ばすため、計画的に行うもの。ただの〝頑張る〟とは違う』
両手を高く掲げたまま、千佳伊の演説は続く。
『計画性も無くやみくもに時間を使う〝頑張る〟は、〝無駄〟というものだ!』
『シャラップ! ダマッテクダサイ! コロス!』
『そっちこそ黙れ! 努力をしているというのならキャリアプランをだせ!』
仙と弧見は頭を抱える。
「刺激すんなよ」
「生き延びる努力をしてよチカチカ!」
弧見は動揺し、すでに涙声。励まそうと手を握る仙。
だが、仙の手も震えていた。
「......おいおい、さすがに脅しだろ?」
CAの叫び声から、犯人との会話内容を読み取る。
非常口を開ける要求が行われ、開けられないとの応酬が続く。
「ダーリン、テレビ!」
弧見がテレビを指差す。
イタリアからの映像で、ハイジャック便が見える位置まで高度をさげていた。
突如、スマホから壊れたような音が鳴り響く。
仙たちは不安に押しつぶされそうになっていた。
◆◇◆
「風がうるさくて敵わん」
「チカイ! コレ!」
高度二千メートルまで下がった飛行機。
その非常口が開いていた。
ハイジャック犯に差し出されたパラシュートを着こむ千佳伊。
「着たぞ。次は何をする? そこのブロンドCA。訳せ」
CAの声を聞きながら、千佳伊は考えこむ。
犯人たちに殺す意志はない。千佳伊はそう結論づけた。
「ならばせいぜい煽って目的を聞き出してやるとするか」
「チカイ! ダマッテクダサイ! コロス!」
「語彙力が低すぎるな。文は分かりやすくが基本だぞ。推敲くらいしろ」
馬鹿にしているのが伝わったのか、犯人の一人は顔を真っ赤にした。
「ビャオズ!」
「小説の最低限が出来ていないと頭に入って来ない。日本語を勉強して出直せ」
「ツァオラニー!」
「勢いで乗り切ろうとするな。コントロールしないと読者はついてこないぞ?」
──パン!
◆◇◆
一つの銃声。乗客たちの悲鳴。
そして千佳伊のうめき声。
仙と弧見の顔は真っ青になった。
「嘘だろ?」
「嫌ぁぁぁあ! チカチカ!」
二人の異様な雰囲気につられ、多伊奈がハイハイでにじり寄る。
「マァマ! ママ!」
「ほら! チカチカ! 多伊奈ちゃんが呼んでるから帰ってきて!」
「千佳伊! 帰ってこい!」
仙が続けざまに叫ぶ。
「帰ってくるなら、再婚でもなんでもしてやる! だから帰ってこい!」
「チカチカが帰ってくるなら、ウチ、それでもいい!」
弧見が言い終えた瞬間、途切れ途切れだった音が急にクリアになる。
『そろそろ言質は取れたか? 遡って改稿など認めぬぞ! では飛ぶ!』
CAの絶叫。犯人たちの怒号。
テレビ中継に映る一つの人影が、飛行機から飛び降りた。