第八十七話 荷物
「では、行ってくる」
「チカチカ、忘れ物ない?」
ジャパンエキスポに招待され、旅立つ千佳伊が玄関先に立つ。
弧見が三回目の所持品確認をする中、仙が扉を背もたれにした。
「ついていけないけど、今回は暴言すんなよ」
「うむ。私もフランスでは常連なのだ。大統領とも旧知の仲だしな」
「ただの知り合い程度なのに図々しいな。マジで余計なことを言うなよ?」
仙が特大の釘を刺し、それをバットで打ち返さんばかりの千佳伊の笑み。
「当然だ! 先月の創作論にもすでに書いているぞ」
呆れた表情をした仙が、スマホでWEBの創作論を開く。
「なんだこりゃ? 〝どれだけ書かないか、見せないか〟理論?」
「そう。小説とは──いかに読者へ、妄想する機会を提供するか否かだ」
千佳伊がゾウ並みの鼻息で続ける。
「期待させ、想像の羽を広げる手伝いをし、すべては描かない」
「説明を書くのが嫌いな千佳伊らしいな」
「分かりやすさは必須だが、伝えすぎは良くない。だが......」
謎のスタイリッシュポーズを決める千佳伊。
「〝書いていないことは伝わらない厨〟が、すべてを書けとウルサイのだ」
「今度はパンツも見せんなよ。あとギャングスターはイタリアだ」
「はい。チカチカ確認終わったよ~。いってらっしゃい!」
大きなキャリーバッグを引き、背を向けたまま千佳伊が手を振った。
ほどなく成田空港へ着き、持ち物検査に並ぶ。
「早くしてほしいものだ。何かトラブルか?」
前の搭乗客が金属探知機に引っ掛かり、スタッフと口論をしている。
「俺は怪我で体内にボルトが埋まっている。不正はない! 疑うな!」
「そう言われても規則ですので」
ふと千佳伊が振り返ると、後ろには長蛇の列が伸びていた。
ソッコーで仙に電話する。
『どうした? フライトには早いよな?』
「AI使用チェックの項目と自己申告の危うさについて語ろうか!」
『間に合ってます』
秒で電話は切られた。
「ふふっ。仙のやつ、私と話すのが嬉しいくせに照れていて可愛いな」
ぱあぁっと千佳伊の背景に花が咲き、一瞬で枯れてしおしおになる。
「弧見には二人目のリードを許してしまったし、隙をみて私も!」
二人目を宿した弧見への対抗意識を燃やし、少女漫画の花はメラメラと燃えた。
長く待たされた割に、千佳伊は強い足取りで機内へ向かう。
「良い旅を」
「うむ。ありがとう」
◆◇◆
上空一万メートルの大空。
眼下に死海が広がる中、千佳伊は異変を感じとった。
「何やら後方が騒がしいな?」
ワイングラスをテーブルに置いた瞬間、機内放送が鳴る。
『お客様にお伝えします。本便はハイジャックされています。繰り返します──』